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目が覚めたら檻の中

 乾燥が必要な薬草は軒下と室内に分けて吊るしてきたし、逆に乾燥させてはいけない薬草はしっかりと瓶詰にした。種類によって干す場所も干し方も違うと教えてくれたのは母だ。ルクフィールがもっと小さいころには祖母もいて、やはり教えてくれたそうだがあまり記憶にはない。祖母が亡くなったのが4歳の頃なので小さすぎて記憶に残っていないだけだろう。

 畑の整理もしていたらあっという間に昼前になってしまった。これ以上遅れるとまた文句を言われると、今までの態度から予想できるため慌てて荷物をまとめた木箱を一つ持って家を出た。

 ルクフィールの家から村長の家までは徒歩で20分ほどかかる。村長というだけありその家は村の中でも一番立地のいい場所に立っているのと、ルクフィールの家が村外れにあるためだ。

 踏み固められた道とはいえ、木箱を抱えて歩くのはルクフィールの体格ではなかなかに大変だ。だけど手ぶらで歩いていては誰かにあった時に不審がられてしまうため、最低限の荷物は必要なのだった。


 村の中を歩けば、どうしたって人目に付く。

 普段からほとんど交流はないが、それでも小さな村だからこそルクフィールのことは誰もが知っていた。

 足早に通り過ぎる村人からは汚物を見るような視線をもらい、聞こえてくる声はルクフィールを蔑む言葉ばかり。


 まだ変わらない……いつまで村に……父なしの……ふしだらな親が……


 いつでも変わらない視線と声は何度聞いても、何年たっても慣れることはない。むしろ月日が経つごとにルクフィールの視線を足元へと俯かせるだけだった。


 母が誰とも知らぬ男と関係を持ちルクフィールを身籠ったことは全ての村人が知っている。

 そして未婚の娘のふしだらな行動は、そのまま娘であるルクフィールの評価になった。

 国外れの閉鎖的で不変を嫌う村だけに、あっという間に母とルクフィールは疎外されることになった。それまで普通に村の中で暮らしてきた祖母も、そんな娘に育てたという責任を負わされたようだった。こちらも心中様々な思いがあっただろうがルクフィールが覚えている限りはとても優しい人だった。

 ちなみに母に父のことを聞いたところ「優しくてかっこいい騎士のような人よ」と言われたが、名前も知らない相手のどこを見て騎士のようだというのだろうと、子供心に疑問に思ったものだ。




 村長の家は村の中心にあってかなり背の高い塀でぐるりと敷地を囲んでいる。防犯の意味もあるのだろうが、どうにも隠し事をしているようでルクフィールはあまりこの塀が好きではなかった。

 今日もうんざりとするような気分で塀の外側を回り、裏口に近い質素な門へと向かう。ルクフィール達を嫌う村長から、表側の入り口を使うことを昔から禁じられているのだ。

 門が見えるとルクフィールは周囲をうかがい人気がないことを確認する。そうしてすぐそばの藪に入り持っていた木箱とそっと下した。

 自分の足元に影ができていることを確認して、しゃがみながらその影へと手を伸ばす。そのまま地面に触れるはずの手はしかし、何の抵抗もなくとぷりと影の中に入り込み目的のものを引っ張り出した。

 影の中から出された木箱は今まで持っていたのと同じ大きさで、中には小瓶に詰められた薬がみっちりと詰められている。もちろん瓶同士が触れて割れないように、肉厚の葉でくるむことも忘れていない。

 二つの箱を重ねて持ち上げるとズシリと重い。ルクフィールは特別非力というわけではないが、液体の入った瓶は見た目よりも重いのだ。

(こんなもの二つも抱えて運べないって)

 何もない手ぶらで歩いていれば逆に目を引くため一つは手持ちで運ぶ必要がある。だけどさすがに二つは無理なためのちょっとした手抜きの方法だけど、人目のある場所では使えない。

 ルクフィールだって自分の影に収納できるなど普通でないと母に何度も言われたため、誤魔化すのにも気を使っているのだ。


 そうして何食わぬ顔で藪から出たルクフィールは、二つの箱を持ったまま村長宅の裏門をくぐったのだった。



*****



 ガタガタと耳に響く音と共に体が何度も打ち付けられる痛みを感じて、ルクフィールはゆっくりと瞼を開いた。ついでにお自分のお腹からもきゅるきゅると音がする。どこか霞がかった視界と同じように、思考もぼんやりとまとまらない。

(ここ、どこ……)

 周囲をうかがうようにと頭を動かした瞬間、床が大きくはねて浮かしかけた頭をガツンと打ち付けて意識がはっきりした。痛い。絶対にコブができた。

 痛みにうっすらと涙を浮かせながら改めて周囲を見回せば、板張りの床と鉄製の柵と布の壁が見える。耳をすませば動物らしき足音も聞こえるし、ガタガタと激しく揺れるのと合わせてここが荷台だと気づく。さらになぜか自分は柵に囲まれた木箱、つまり檻に入れられているようだと見当がついた。


 すぐ横にはいくつかの箱があって壁のように囲まれていて薄暗い。振動でも動かないということは木箱にはかなり荷物が入っているのだろう。とりあえず檻のおかげで潰されることはなさそうだと、場違いながらなんとなくホッとした。

 



 さて、なんで自分は檻に入れられているのだろうか。

 なんとか体を起こしてみるとギリギリ頭が付かないくらいの高さはあったので、柵に寄りかかりながら眠る前のことを思い出してみる。

 ちなみに両手は縄で結ばれていて、起き上がるときに随分と苦労した。使い古されたような麻縄はひどく毛羽立っていてチクチクとする。そんな手首と檻を見て思うのは一つだけだ。

「売られた、のかなぁ……」

 一番可能性が高くて、一番ありえそうで、あまり考えたくなかった事だ。

 今年は夏の暑さが長い反面雨が少なく、村の畑での収穫が落ちたと聞いたような気がする。ほとんど交流が無いのでどのくらいの違いがあったのは分からないが。

 ルクフィールが立ち入る森にはほどほどの実りはあったが、村の人が収穫に入るよりも奥だったので気付いていなかったのかもしれない。それに収穫が落ちれば家畜のエサも減るため維持も大変だったのかもしれない。出稼ぎに出ている人もいたはずだけど、それがどの程度かなんてことも当然知らないままだ。

 つまり、村が不作で、冬越えの資金が足りなくて、手っ取り早い換金方法として、人買いに売られた。

 もちろん他の可能性もあるけど、どう考えたってそれ以外の理由が浮かばない。ついでに長年嫌われているルクフィールを追い出すのにも都合が良かったのかもしれない。

 思えば村長に頼まれていた薬が例年の倍量だったのも、ルクフィールを売るための準備だったと思えば納得できる。なにせ村からルクフィールがいなくなって困るのは当面の薬くらいだろうから。

(どう考えても多かったし、その割に特に説明もなかったもんなぁ)

 いつだって横柄で偉そうでルクフィールを見下して命令していたから、あまり深く考えず単なる嫌がらせだろうと思って作ったのがいけなかった。






読んでいただきありがとうございます。

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