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平原で知る借金

 秋の終わりを感じさせる乾いた風が吹き抜ける街道を、一頭の馬がのんびり歩を進めている。黒く輝くその馬上にいるのは青年と少女の二人組だ。

 手綱を握る青年はなんだか疲れたような顔で、前方に続く道の先を見ていた。今夜の宿泊地でも考えているのかもしれない。一つに結ばれた赤い髪が馬のしっぽと同じようにゆっくり左右に揺れていた。

 前方に座る少女はひどくご機嫌な様子で鼻歌まで流れてきた。小さな手すりにつかまっている姿はあまり馬に慣れているとは言い難いが、落ちてしまわないようにさり気なく青年が気がけているのが分かる。

 街道の両側はゆったりと広がる平原で、少し先の林まではとても見通しがいい。まだ街を出て間もないので大型魔獣もでてはこないだろう。農村に向かうのか大きな荷物を載せた馬車をのんびりと追い越しながら、ジェイドはご機嫌なルクフィールの頭上から話しかけた。


「なあ。あれは本当に必要なものだったのか」

 この問いも何度目になるだろうか。無駄だとは知りつつも、どうしても聞き直して「実は違いました」という返答が欲しい。

 なんで自分はあれほどの種類の薬材を買ってやったのか。商魂たくましい店主のセールストークと、期待に満ちた眼差しのルクフィールに逆らえなかった自分が恨めしくなる。

「必要です! むしろあんなに種類があったなんて知らなくて驚きました。できるなら黒炭胃も欲しかったのに残念です」

「いやいやいや。さすがにソレは必要ないって!」

「そうですかねえ? でもなかなか作れないって言ってたからきっと貴重ですよね……」

 薬所の店主から聞いた黒炭胃の製造方法はひどくシンプルで簡単だった。何しろ黄砂トカゲを丸々一匹焼き尽くして、ごくまれに黒炭化する胃のことだという。どんな原理なのか胃だけを焼いても作れず、出来上がる個体の特徴も運となると、もう本当に奇跡に近い代物だろう。ちなみに売値も高かった。

「黒炭胃で作る増毛剤。きっとすごく効きますよね」

 そうなのだ。貴重だと言われる黒炭胃で作る薬が増毛剤。素材が高価な上に量産が難しいとあって、その増毛剤はかなりいい値段で取引されている。

(トカゲ焼き尽くしたカスで作る増毛剤……)

 普通に考えれば詐欺に近いような素材だが、長年作られているのだから実績もあるのだろう。そして熱烈な購買者がいることも店主の話で知った。

 もちろんその薬を必要とする者がいるのは否定しないし、もしかしてアイツがと思い当たる人物もいる。しかし薬の材料という新たな事実を知ったジェイドは、この先自分が使うような事態にならないことだけを祈りたくなったのも仕方がない。

 ついでにルクフィールのような少女が薄毛を気にする相手のために増毛剤を作る姿もあまり想像したくなかったので、この先も黒炭胃は買わないようにしようとなんとなく決意した。

 今はもうやたらと機嫌のいいルクフィールに、気の利く土産を買ったのだということにして意識を切り替えることにしよう。

 


 

 街を出発したのが昼過ぎと、旅に出るにはだいぶ遅かったため、今夜はこの先の林で野宿の予定だと話を変える。

「林よりもここみたいな平原の方が安全じゃないんですか?」

 隣町まで続くという街道は、その道中の大半が平原だが林も二カ所ほど通過するらしい。

 旅などしたことのない素人考えだが、林の中よりも見晴らしがよくて安全ではないのだろうか。ルクフィールは何度か森で夜を越したことがあるが、その際は視界の悪い中でどこから獣が来るのか分からずに不安だった記憶がある。

「確かに見晴らしだけなら平原の方がいいんだけど、それって逆に言えば襲う方も獲物を見つけやすいってことなんだよ」

「それは、確かにそうですね」

 平原のような見晴らしのいい場所だと、こちらが逃げる際も隠れる場所がないということに今気が付いた。

「まあ、大所帯だと見晴らしがいいほうが守りやすいってのはあるから、一概にダメとも言えないけどな」

 そうか人数でも変わってくるのか。ふんふんと頷くルクフィールの頭を見下ろしてジェイドは続ける。

「俺らの場合は森とか林とかの方が動きやすいんだよ」

 俺ら?と不思議に思い上を向くと、ジェイドがニヤリと笑って「ガレムとか」と告げる。

 そう言えばすっかり忘れていたが、ジェイドには従魔がいたのだった。まだ別れてから半日ほどしか経っていないが、あの大きな獣の存在感を忘れていたとルクフィールはびっくりした。

 でも確かにガレムがいれば弱い魔獣や獣は襲ってこないだろう。野生の生き物は自分よりも強い存在に無暗に襲い掛かったりしないのだ。

 逆を言えば弱い存在には躊躇なく襲い掛かって来る。そのためルクフィールが森に入るときはできる限りの自衛手段と獣除けを用意していた。

「それに障害物が多いほど俺には有利なんだ」

「そう、なんですか……?」

 ルクフィールはしっかりと見えてはいなかったが、そういえば森の中を走った時は何か攻撃をしていたなと思い出す。何しろ抱えられたまま疾走していたので、流れ去る後ろの景色しか見えていなかったのだ。

 障害物が多いということは、そこにできる影も多くなる。ジェイドの攻撃は影を利用したり不意打ちを得意としているため、よほどの場合でなければ森や町中といった場所の方が都合がいいのだ。もちろん平原のように見晴らしがいい場所でも戦い様はあるが、一言で言えばめんどくさいので、どちらかと言えばあまり好きではないというくらいだが。



「そういえば、黒妖種(この子)もジェイドさんの従魔になったんですか?」

 カポカポと歩みを進める漆黒の馬を見ながらルクフィールが確認する。

 足に障害があるということだったので、まだ様子見であまり速度も出さない常歩という速度らしい。馬屋の主人があまり無理に駆けさせないようにと注意していたのをルクフィールも聞いていた。

「いや? コイツは嬢ちゃんに付いていく気満々で俺にガン飛ばしてたぞ」

 初耳だ。

 びっくりして後ろを振り返ると、危ないからと顔をグイッと前に戻された。

「え、なんで、わたしに??」

「なんでかは知らん。それこそ野生の勘とかそういう類のモンじゃねーの? たまにあるんだよなー。そういう勘で寄ってくるしつこい奴が」

「しつこいのは受け入れるの?」

「んあ? んなの全部やってたらキリがねーよ。今回は分かんねーけど事情がありそうだから特別な。そういうわけだからコイツのことは嬢ちゃんに任せるわ」

 どんな事情があって何が特別なのかはルクフィールにだってわからない。そもそも生き物の言葉なんて聞いたこともないのだから理解のしようがないではないか。

「任せるって……」

 急に主導権を渡されても困ってしまう。第一この黒妖種を買ったのはジェイドではないか。

「お金を払ったのはジェイドさんですよ?」

「そこは出世払いな」

 所有権はそっちにあると主張してみるが、そこは一蹴された。しかも知らないうちに借金にされた。

 あの時馬屋の主人にいくら渡したのかは知らないが、主人が驚くくらいには高値だったのではなかったか。

(え……いくら? 私いくらの借金……?)

 頭の中で昼間に握らされた銀貨が蘇る。大銀貨3枚あれば家族4人が一月を慎ましく暮らしていけると聞いたが、あの布袋の中にはもっと入っていなかったか。もしかしてすべて銅貨だったのだろうかと少しばかり考えて、でもそんなわけないよなと否定する。

 さっきまでのうきうきとした気分が嘘のように、ルクフィールは突然背負わされた借金に震え、事の重大さに落ち込むことになった。








そういえば、この二人が出会ってからまだ一日しか経ってないんですよね・・・

話の進みが遅いせいですでに数日経ってる気分でした。

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