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黄砂トカゲを買おう

 黄砂トカゲは乾いた砂地と比較的暖かい土地を好み、逆に湿地や寒冷地には生息していない。卵からかえった幼体は約3メセルほどだが、成体は約50メセル・体重3クムほどまで成長する。

 砂地を掘り地中に巣をつくることから発見しづらく、気づいた頃には大量の黄砂トカゲが発生していることも少なくない。しかし視力が弱く捕らえることは簡単だ。細かい目の網を砂地に広げて薄く砂を掛け、その中央にエサとなるものを置いておけば容易に罠にかかる。エサとして好まれるのは甘みの強い果物がいいとされる。

 黄砂トカゲは草食のため肉に臭みはなく、内臓を取り皮をはげばすぐに食べられる。その際に取り出した内臓はのうち胃の一部は、加工を加えることで薬の材料となる。

 黄砂トカゲの胃は二つに分かれていて、消化するための器官と摂取した食物の成分をためておく機関に分かれている。なぜそのような進化を遂げたのかはいまだに不明であるが、おそらく砂地で生きていく上でエサを十分に得られないことでの対応策だったと予測する。(グンムニエル薬物辞典「生物からの薬」黄砂トカゲの章より抜粋)




 ルクフィールの母は一度だけ黄砂トカゲの胃を手にすることがあり、その時に薬を作ったと聞いたことがある。そのため薬物辞典に乗っていない特徴や、母が気づいた注意点なども教えてもらっていた。

 だけど村の周囲に黄砂トカゲの生息地はなく、たまにやって来る行商人が持っていることもなかった。いつだれが買うのか分からない品を持ち歩いてくるほど商人だって余裕はない。自分で頼むにしても、そもそも商人と話すことが難しかったしお金も足りなかっただろう。

 書物で知識を得て、母から教えてもらい、だけど今まで手にすることができなかった素材がすぐそばにあるかもしれない。それはなんという誘惑だろうか。

 こういう時、自分が根っからの薬師であると自覚できて、ルクフィールはちょっとだけ誇らしい気分になるのだ。


 それはともかくとして、現状お金を持っていないルクフィールでは、話に出た薬所で買い物をすることはほぼ不可能だ。

 ジェイドに靴や食事は買ってもらっているが、それはあくまで必要なものだからだし、今後できるだけ返していきたいと思っている。

 だけど黄砂トカゲの素材は今すぐに必要な品ではない。

(わかってる。わかってるけどっ!)

 手の届く位置にあるかもしれないその素材を、一度でいいから使ってみたいのだ。

「なあ、さっきから何考えてんだ? もう一個パン食うか?」

 ぐぬぐぬと悩み続けるルクフィールだが、声には出さなかた分がしっかりと顔に出ていたらしい。不審な表情のジェイドから、空いていた手に肉を挟んだパンを乗せられて条件反射でかぶりつく。ちなみにこれは二個目だ。一個目は空腹の音と共に即座に口の中に消えた。

 ジェイドにはルクフィールが空腹を我慢しているように見えたのだろう。パンを出す手に迷いがなかったのがちょっとむなしい。そして出会ってからの短い時間で確実にルクフィールの空腹に対応できるようになっていることに二人とも気付いていない。

 これは言ってもいいことなのか。面倒な子供の世話だけではなく、わがまままで言って困らせてはいけないという自責が重なってますます言葉が沈んでいく。

 人に頼みごとをするという経験がほとんどなかったルクフィールには、そうした判断もまた難しいのだった。


「よくわからんが」

 今までの様子を見ていたジェイドが、特に気にした素振りもなく話しかける。

「言いたいことは言っておいた方がいいぞ。言わずにする後悔なら言ってからする後悔のほうが次回に生かせる。もちろん相手と内容は選ぶべきだがな」

「……ほんとうに?」

「だいたいの場合に当てはまるな」

 そうなのだろうか。そう思ってジェイドを見上げてみると、ニヤリと意地の悪い顔をしてこちらを見下ろしていた。

「……っ! 面白がってる!」

「ガキは素直なほうがいいぞー」

 確かに素直ではないかもしれないが、ルクフィールなりに自分の立場とジェイドとの距離感を考えているのだ。だけど面白がっているのならば多少のわがままは笑って流してくれるだろう、と思わせる空気なのも確かだ。

 そう考えたルクフィールは、手にしていたパンを急いで食べると、しっかりとジェイドを見上げて言ってみた。

「さっき言っていた黄砂トカゲの加工品が欲しいんです」

「なんだそんなことか。んじゃ今から見に行くか」

 しかしかなりの決意を込めた発言は、なんでもなかったかのようにあっさりと認められてしまった。

 これにはルクフィールの方が驚いた。

 出会ったばかりの拾い子のわがままをそんんあにあっさりと受け入れていいのか?

(もしかしてこの人、あんまり考えてないのかしら……)

 なんならちょっとばかり失礼なことも思い浮かんだけど、ほら行くぞと歩き出したジェイドを追いかけることを優先する。

 そしてその思い付きは、割と近い場所にあった店内に入ると共にあっさりと消えてしまうのであった。




「これっ、斑甲虫(まだらこうちゅう)の乾燥したやつ! こんなにきれいな形で乾燥してるなんてすごい! こっちは大白茸(おおしろたけ)? ここまで大きいものは珍しい……やだ、鋼蛍(はがねほたる)の粉末まである……初めて見たわ。なんて綺麗なの……」

 薬所とは主に薬師が使う材料を扱う店だ。生物から鉱物まで、あらゆるものを材料とする薬師にとってその材料をそろえることは個人では難しい場合が多い。そのため薬師の材料を一手に扱う店が、大体どの街にも一軒は存在しているのだ。またごく一部の珍味好きな食通からの支持も高い。

 ただ扱っている品が一般的に見てかなり特殊なものも多く、薬師としての知識がない人から見るととんでもなく怪しい店だという認識もある。

 そんな店内で子供が興奮して店中を見回していたら他人からはどう映るのか。

(予想以上にやべぇガキだった)

 さっきからぶつぶつと呟きながら店内を歩き回り、何かを見つけてはじっと見入る。時には頬を染めて憧れの眼差しで見つめる姿は、ルクフィールの外見と相まって非常に気持ち悪い。

 これが可愛らしい雑貨やお菓子の並ぶ店内ならば全く違和感もなかっただろう。

 だけど今ルクフィールが見つめているのは、瓶に入った六つ足ヤモリの燻製だ。間違っても幼さの残る少女がため息をつきながら見つめるものではない。

 若干引き気味にその様子を見ていたジェイドの中で、ルクフィールの危険度がちょっとだけ上がった瞬間だった。


 そうこうしているうちに、やっと本来の目的を思い出した二人が示し合わせたように視線を合わせ、互いに少々気まずい気分を味わう頃。面白い二人組が来たと見物していた店主から声がかかった。

「どうも。熱心に見ていたようだが、何かお探しですかな?」

 この店にいわゆる「まとも」な客が来ることは少ない。ここに来るのは薬師としてのプライドを持った人物か、薬物研究に没頭するような研究肌か、もしくはお使いを頼まれて恐々と腰の引けた人物が大半だ。ちなみにごく一部の珍味好きはウキウキとしながら入って来るのですぐに分かる。

 ルクフィールとジェイドの二人組も、店主から見れば十分に許容範囲の客だ。薬物に興味を持つにしては少々幼い気もするが、あれだけ熱心に素材を見つめられたら悪い気はしない。何しろこの店の品物は店主が自信を持って並べているものばかりなのだから。

 ではそんな2人が何を探しているかと言えば、なんていうことはないありふれた素材だ。

「黄砂トカゲの胃の加工品が欲しいんですっ」

 まだ興奮が収まらないのか、キラキラした目で見上げてきた少女に、店主は丁寧に商品の説明を始めるのだった。












1メセル=1cm、1クム=1kg

って感じです。なので成体黄砂トカゲは50センチ3キロくらいの大きさですね。

ここでは出てませんが、1コルム=1g、もあります。

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