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お金の勉強

 ルクフィールの知るお金は、小さな丸い銅貨とそれよりも大きい丸い銅貨。この2種類だけだ。

 村ではほとんど買い物をしたことがないし、たまの買い物では大きな銅貨を要求されるだけでそれ以外の硬貨を見たこともない。

(お金の形と模様は多分一緒。でも知らない種類があるんだ)

 小さな村の中では貨幣の価値はそれほど高くはない。村人同士だって硬貨を使わずに物々交換で済ませることもあったくらいだ。それにほとんど村を出ない人にとっては、使う機会の少ない貨幣はあまり重要ではなかったのかもしれない。

 だけどここは村ではないし、知らないことはきちんと知っておきたい。

 ルクフィールは食べ終わった串を握りしめたまま、ジェイドを見上げて尋ねてみた。

「あの。お金のことを教えてください」

「へ? 金?」

「あんまりお金って使ったことなくて……。さっき見たことのないお金があったから、きちんと知っておきたいと思ったんです」

「そりゃ構わないけど。なに、嬢ちゃんがいた所って金使わないの?」

「使いました。けど小さい銅貨と大きい銅貨だけで、銀色のは見たことが無かったんです」

 正直に伝えてみれば、信じられないという顔をされたあとで、何やら小声でぶつぶつと喋り出した。だけど今ルクフィールはジェイドの腕に座るように抱き上げられているため、しっかりとその声は聞こえている。

「嘘だろ……銅貨だけとかさすがに田舎すぎねぇ……いや、そもそもそこまで高価なもんが無いだけじゃ……」

 とりあえず失礼な感想を言われているのだけは分かったけれど事実なのだから仕方がない。

 そうかやっぱり自分のいた村は貧しかったんだなあ、と再確認するに留めた。

「えーとだな。この小銅貨が1ゼルってのは知ってるんだよな?」

 すぐに復活したジェイドが、手品のように小さな丸い銅貨を指先に挟んで見せてくれたのでコクリと頷く。

「で、このデカいほうが大銅貨で10ゼル」

 小銅貨をルクフィールの手に落として次に大銅貨を乗せる。ここまではルクフィールもよく知る銅貨だ。

 さらに小さな丸い銀貨を取り出して大銅貨の上に乗せた。

「この小銀貨が100ゼル。つまり小銅貨100枚ってことだ。ここまではいいか?」

「うん。そうすると、大銅貨10枚でも小銀貨1枚?」

「そういうこった」

 なるほど。大銅貨よりも枚数が多いものが銀貨なのか。

 村で見かけたことが無かったのは、そこまで高価なものをルクフィールが買えなかっただけかもしれない。

 その後に出されたのは細長い半銀貨で500ゼル。大銀貨が1000ゼルだと教えられる。

「まあ、ここまででほとんど足りるからこれだけ覚えておけばいいんじゃねえの」

「他にもあるんですか?」

 せっかくなので知っておきたいと思い聞いてみれば、案の定銀貨よりも高価な貨幣があるのだと言われた。

「この上は小金貨と大金貨があるが庶民は滅多に使わねえな。桁が多すぎて使う時も嫌がられるんだよ」

 理由を聞いてみればしごく当然で、金貨を出すと釣りの銀貨が用意できないのだという。確かに何十枚もの銀貨を用意するのは大変だろうとルクフィールでも想像ができた。

 それに迂闊に金貨を持っていることを周囲に知らせることで、物取りに狙われる機会も増えると教えられれば、ルクフィールだって理由もなく持とうとは思わなかった。

 ちなみにちらりと見せてくれた小金貨は小さな丸で、大金貨は八角形の形をしていた。


「じゃあ問題な」

 一通りの貨幣の説明が終わると、ジェイドが楽しそうにルクフィールに例題を出してきた。

「150ゼルだったらどの硬貨を出す?」

 100ゼルは小銀貨で10ゼルは大銅貨だった。ならば。

「小銀貨1枚と大銅貨5枚です」

「正解。ちゃんと計算はできるんだな。じゃあもう一つ。パンが3ゼルと飲み物が4ゼル。それに服を37ゼル。合わせていくらでどの硬貨を出す?」

 単純な計算問題だ。これくらいルクフィールにとっては全く難しくはないが、そこに貨幣の変換が入るとちょっと考え込むことになる。

「えっと……44ゼルだから、大銅貨4枚と小銅貨4枚です」

「せいかーい。ついでにもしその合計金額で小銀貨を出した場合、釣りはどうなる?」

「お釣りは56ゼルだから、大銅貨5枚と小銅貨6枚です」

「おー。ちゃんと引き算もできるんだな」

 ルクフィールは貨幣の存在と換算が不明だっただけで計算はきちんとできるのだ。計算が出来なければ薬がきちんと作れないので、そこはみっちりと母に教えられている。

 偉い偉いと頭を撫でられるのは子ども扱いされているようで恥ずかしいが、素直に褒められたことはただ嬉しかった。


 その後は実地訓練だと屋台の前で下ろされたルクフィールが支払いをすることになった。ぽいと渡された革袋には大小沢山の胴かと銀貨が入っていて、その中から必要な枚数を取り出すのが仕事だ。

 新たに取り出したカゴにポイポイと山盛りにパンを詰め込み、びっくりする売り子のお姉さんが告げた金額をルクフィールがせっせと数えて渡すのだ。

 子供の買い物練習だと思われているのだろう。手間取りながら硬貨を探すルクフィールの姿に、お姉さんは急かすことなく待っていてくれた。

 さらにカゴを入れ替えて干し肉、果物、焼き菓子、酒、と次々に見せと屋台を回り支払いをするうちに、ルクフィールも段々と硬貨を取り出すのに慣れてきた。枚数が足りなければ上位の硬貨を出し釣りを確認することも忘れなかった。


 そうして最初に買ったカゴが全て食料で埋まると、ルクフィールとジェイドは再び煤けた色の屋台へと戻ってきた。

 さっき注文をした男性が屋台の前に立つジェイドをちらりと見て「焼けてるぞ」と告げる。どうやら頼んだ分の串焼きは焼きあがっているようだ。

 油紙に包まれた塊を受け取ったジェイドは、その量ににんまりと笑みを浮かべた。

「あんがとー。随分おまけしてくれたじゃん」

「バカを言うな。ちゃんと適正だ。ここらは黄砂トカゲが良く取れるんで他の町より安いんだよ」

「へーそうなのか。そりゃ良いこと聞いたわ。もしかして薬所でも加工品がある?」

「さあどうだかな。こっちの専門外のことまでは知らんぞ」

 そりゃそうか、と笑うジェイドを見上げてルクフィールは物言いたげに両手をワキワキさせた。

 薬所と聞いて思い出したのだ。黄砂トカゲを材料として作れる薬があるということを。

(村では手に入らなかったから忘れてたけど、本に書いてあった!)

 母が持っていた本は全て暗記するほどに読み込んだけど、森で採れない素材を元にした薬は作ったことが無かったのだ。行商人から買おうにもお金はなく、そもそも行商人と交渉させてもらえるほど買い物をしたこともない。そのため家の周囲の森で手に入らない材料については諦めていたし、そのせいで思い出すのに時間もかかってしまった。

 だけどもし売っているのなら手に入れたいし、作ったことのない薬を試してみたい。

 けれど現実問題としてルクフィールはお金を持っていないのだ。

(欲しい。買いたい。でもお金がないし値段も分からない……)

 薬師としてのジレンマに悶える姿が、なんだか変な動きをする子供だとみられていることに気づかないまま、ルクフィールのお腹が鳴るまでの暫しの時間が過ぎるのだった。
























1ゼル=100円くらいで換算しています。

1000円=10ゼル=小銅貨10枚=小銀貨1枚、って感じですね。


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