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串焼きを買おう


 再び戻ってきた広場。先ほどと変わらず人の流れは多いが、昼の時間帯を過ぎたからか食事をしている人は少なかった。休憩中の札が建てられた店では、夕飯に向けて仕込みをしているのかもしれない。

「さて、まずは何か入れ物が欲しいな」

 すでに何を買うのかを決めているらしいジェイドが、食品を扱う一角から離れて日用品のあたりを見回している。

 ルクフィールはいまだに抱き上げられたままだけど、人込みを歩くのが苦手な上にジェイドよりも歩くのが遅いと自覚しているだけに、大人しく腕の中に納まっていた。

 だけどそれは外見だけで、内心では羞恥と困惑に耐えているのだが。

「お、みっけ」

 そうこうしているうちに、どうやらジェイドは目的のものを見つけたらしい。

 青いテントが張られた店の前に行くと、周囲に置かれているカゴをざっと見まわしてから一つを取り上げた。

「なあ、これと同じやつっていくつある? できれば5~6個欲しいんだけど」

 ジェイドが取り上げたのは、中央に持ち手が付いた大き目のカゴだ。しっかりと編まれていて丈夫で使い勝手がよさそうに見える。

 店番にいた女性が抱かれているルクフィールをちらりと見つつ、ジェイドの持つカゴと同じものを探してくれた。さすがに抱かれているのが恥ずかしくなった。

「同じものは4個ならあります。あとは似たようなので良ければ、一回り小さいのと、ちょっと深めのがありますよ」

「ならコレ4個と、そっちの小さいやつ2個頂戴」

「ありがとうございます! うちのは頑丈に作ってるから長持ちしますよ」

 大量購入の客だとわかると非常にいい笑顔で会計して、さらにおまけだと言い子供用らしい小さなかごをルクフィールに持たせてくれた。

 今すぐに使う当てはないが、女性の気持ちが嬉しかったのでルクフィールも笑顔でお礼を言えた。


 村にいた時は新しく買うこともできず、家にあったカゴを修理して使っていたので綺麗なかごが嬉しい。自分でも作ってみようとしたのだけど、ルクフィールの技術がなかったせいで不格好なものしか作れなかったのだ。

 もらったかごは縁まで丁寧に編んであるしきれいな楕円型で安定もいい。持ち手の部分も滑らかで手が痛くなることもないだろう。

 大事そうにカゴを抱えるルクフィールを見下ろして、ジェイドは金を支払いカゴを受け取った。




 カゴを買った後はまた食品を扱うエリアに来た。

「さて、何から買うかな」

 ジェイドと同じように周囲を見回したルクフィールは、漂ってくる香ばしい匂いに鼻をひくひくと動かした。匂いに刺激されてお腹も鳴ったが、小さい音だったので気付かれていないだろう。

「いい匂い……」

「お、いいねえ」

 ルクフィールの視線を追ったジェイドも、その匂いの元を確認し素早く足を向かわせた。

 二人が来たのは串焼き肉を売る屋台だ。昼過ぎのこの時間は夕飯のおかずとして売り込むためなのか、山盛りの肉をどんどんと焼いている。

「らっしゃい! 草原豚と赤目鳥の串焼きだ。タレと塩が選べるぜ」

「草原豚のタレと赤目鳥の塩を20本ずつ包んでくれ。砂ネズミはないのか?」

「はいよ! 砂ネズミなら向こうの角の屋台だな。ウチは庶民向けなんだがあっちは珍味をメインで焼いてるんだ」

「へえ。珍しいな。もしかして三つ目蛇もあったりするか?」

「どうだろうなあ。仕入れ次第じゃねえか」

「もっともだな。ついでに1本だけ今すぐ食うから鳥のタレ追加で」

 威勢のいい親父はしゃべりながらも次々に肉を焼いていく。ジェイドが注文した串焼きも、手早くタレを付け直してもう一度炙ってから包んでくれた。自分の店を自慢しつつも他の店を勧めるあたり商売も上手いのだろう。

 追加で頼んだ1本は、お腹を鳴らすルクフィールの手にひょいと渡された。さっきの音をしっかりと聞かれていたようだ。

 恥ずかしさに小さくお礼を言ってから早速かじり付くと、柔らかい肉とこってりとしたタレの味が絶妙だった。その美味しさが顔に出ていたのだろう、店の親父が満足そうに笑って胸を張っていた。

 ジェイドは包まれた串焼きを受け取り支払いを済ませると、先ほど買ったばかりのカゴに入れる。40本の串焼きで半分ほどが埋まってしまった。なるほど、買ったものを入れるためにカゴが必要だったのか。

 もぐもぐと口を忙しくしながらジェイドの手元を観察していたルクフィールは、しかしその腕にカゴが一つしかないことにも気が付いていた。

「んく。あれ、他のカゴは……」

 さっきまでは腕にたくさんのカゴを掛けていたはずなのに。

「んあ? 邪魔だから仕舞ったぞ」

「しまったって、どこに……」

 不思議に思ったルクフィールだが、最後まで言い切る前に思い出した。そういえばジェイドは影に収納することができるのだ。

 ルクフィールが言いたいことが分かったのか、ジェイドが自慢ありげに胸を張る。

「そうだぞー。何でも仕舞えるから荷物が邪魔にならなくていいだろ」

 確かに自分で持たなくていい収納は、どれだけ荷物が増えても困らない。

 だけど足元にしまい込む様子は一度もなかったはずだ。ルクフィールを腕に乗せるように抱えているから、少しでもしゃがみ込めば気づかないはずがない。

「いつのまに?」

「さて、いつでしょー?」

 すぐに答えを教えてくれるわけではないらしい。

 軽い口調に少しばかりムッとするが、今は手に持ったままの串焼きの方が大事だ。半分まで食べ進めて串の先が見えてきたので次は横からかじらないと、ともたついているうちに次の屋台に着いたようだった。




 煤けた色の屋台は使い込まれて年季が入っているように見える。そんな屋台の中では頭髪の薄い男性が、これから火をおこそうと準備をしているところだった。

「旨いやつとお勧めのやつってどれ?」

 まだ準備中なのにも関わらず、ジェイドは屋台を覗き込んで男性に話しかけた。いつでも自分のペースを崩さないというのはある意味すごいことなのかもしれない。そんな風にちょっとだけ考えて、ルクフィールは最後の一欠けらを飲み込んだ。

「まだ準備中だってのに、気が利かねえ客もいたもんだ」

「聞く分にはタダっしょ。砂ネズミか三つ目蛇があるといいんだけど、どう?」

「どっちもある。三つ目蛇が好きなら黄砂トカゲと根無しモグラなんかどうだ。珍味だがお勧めだ」

「おお! どっちもあるのか。ならこれで買える分全部焼いてくれ」

 どうやらジェイドが気に入る珍味が合ったようだ。機嫌のいい声で注文をすると、丸い銀貨を一枚渡して「焼けた頃に取りに来る」とその場を離れた。焼けるまで待つことはしないようだ。


 それよりもルクフィールはジェイドが渡した硬貨が気になっていた。

 初めて見る丸い銀貨。屋台の男性も特に驚いていなかったので、ごく普通の硬貨なのだろう。だけどルクフィールが知る硬貨とは色が違ったのだ。

 次の目的地を目指して進むジェイドを見上げて、ルクフィールは硬貨のことを聞いてみようと思った。









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