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馬屋へ行こう

 ルクフィールは冒険者ギルドの受付を挟んで、ジェイドと職員がやりとりをしているのをじっと見ていた。

 

 ジェイドが金色のカードを渡し、受け取った職員が何か四角い箱の中に入れて操作をしている。

「査定後のお支払いは全てこちらへの入金でよろしいですか?」

「そうしといて」

「明細はどうされますか?」

「簡易でいいから紐付けといて」

「了解しました。査定に時間がかかるときはその旨も紐付けしておきますね」

「よろしくー」

 何度かのやりとりが終わると、職員がカードを返し、ジェイドがそれを上着の内側にしまい込んだ。

 慣れた様子のやりとりは、こういったことが日常的なのだとわかる。見ているだけのルクフィールには不明な点ばかりだけど、さっき出した荷物を売ったお金がカードを通して支払われるということだろう。

(同じようにしたら、持ってる薬や薬草も売れるかしら)

 もしそれが可能ならばお金を手にすることができる。

 なにしろ村ではお金を使う必要もなかったし、薬の代金を貰ったこともないため、ルクフィールの中にお金を持つという考えがすっぽり抜けていたのだ。

 だけどご飯を買うにしろ靴を買うにしろお金が必要だと気が付いた。それにいつまでもジェイドに頼ってはいられない。

 まずは自分でもギルドに売りに行けるかを確かめなければいけない。


 そう意気込んだルクフィールは、用事が終わったジェイドに連れられて外に出てからその事を尋ねてみた。

「冒険者ギルドではものを売ったりできるんですか?」

「ん? 冒険者なら誰でもできるぞ」

 ギルドで聞いた馬屋を目指しながら歩くジェイドが、ルクフィールの質問に答えながら視線を下げてきた。

 歩幅の違いのせいでちょっと早歩きになるが、会話をするには支障はない速度だ。

「なに。何か売れるもんでもあった?」

 ルクフィールが何も持っていないことは知っているだろうに、ちょっと楽しそうに聞いてくるのがからかわれている気分になる。

「いえ、薬を作ったら売れるのかと思って」

「薬なら薬師ギルドでもいいけどな。嬢ちゃんちっせーのにどんな薬が作れるんだ」

「ポーションは一通りと、傷や手荒れの軟膏とか風邪薬が作れます。あとは毒消しと腰痛の薬とか、湿布とかっ。ご、ごめんなさい」

 会話に気を取られてすれ違う人とぶつかってしまった。混雑はしていないが、昼過ぎという時間はかなり人通りが多かった。

 ぶつかった人にペコリと頭を下げてジェイドに向き直ると、彼はじっとルクフィールのことを見ていた。

「今言った薬って本当に作れんの?」

「え、と、はい。材料と道具があれば……」

 今すぐにはさすがに無理でも、作れないものをわざわざ言う意味がないでしょう。そう思って首を傾げてみれば、ジェイドは面白そうににんまりと笑ってルクフィールを抱き上げた。

「うひゃっ」

 突然のことに変な声が出たが、体は反射的にジェイドの頭を掴んだのですぐに体勢は安定する。森の中を走り抜けた時の経験がこんなにすぐに役立つとは思わなかった。

「そうかー、それは楽しみだ」

「何が、ですか?」

「こっちのこと。それよりもさ、(ホーム)に着いたらいろいろ作ってみてよ。材料も道具も用意するからさ」

「それは、はい。構いませんけど」

 何故だか急に機嫌の良くなったジェイドを不思議に思ったが、薬を作れと言われたことは嫌ではない。むしろきちんと作り上げて収入にしたいのだ。

 最低限の薬と材料は持ってはいるけど、さすがに道具までは用意していない。ルクフィールが影の中に持てる荷物の量はそれほど多くないのだ。しかしそのことを伝えていない現状では、材料も道具も用意してもらえるのはとても助かる申し出だった。

 もちろん材料費や道具の使用料などは作った薬を売って返していく。そのためにも薬を売れる場所が大事なのだ。

「それならさっさと馬を買って帰るかー。走駆種か翼種がいればいいけどなー」

「あ、あの、下ろしてくださいっ」

 機嫌よく歩き出すジェイドは、ルクフィールを抱き上げたままだ。

 裸足だった時とは違いちゃんと靴を買ってもらったのだから、きちんと歩かせてほしい。いつまでも抱き上げられたままなのは子ども扱いだと分かっていても恥ずかしいのだ。

「後でなー。嬢ちゃん歩くの遅いし人込み苦手だろ」

 確かにジェイドと比べればルクフィールは歩くのが遅いかもしれない。だけど身長差を考えれば仕方がないだろう。背の高いジェイドと、そのお腹あたりの身長のルクフィールではどう頑張ったって歩幅が違うのだから。

 それに人込みを歩くのが苦手というのも間違ってはいない。村にいた時は常に避けられていたし、村から出たこともないため避けるというスキルが皆無なだけだ。

 けれど今までの倍以上の速さで歩くジェイドを見れば、ルクフィールに合わせて速度を落としてくれていたのがよくわかるだけに、それ以上何も言わずに大人しく腕の中に納まるしかなかった。




「なんでこんなに馬がいねーのっ!」

 ジェイドの叫びに馬屋の男は面倒な客が来たという顔を隠さない。

「だから言った通りです。隊商の馬が食あたりになったとかで大量に買われちまったんですよ」

「なんで! このタイミングでっ!」

 うがあっと再び叫んだジェイドの後ろに立つルクフィールは、そっと逸らした先で面倒な客に困る馬屋の男と視線が合った。

(ジェイドさんをどうにかしてくれって言われてる気がする……)

 さすがに子供に対して面と向かっては言ってこないが、視線は雄弁に語っている。確かに無いものを嘆くだけの客は迷惑以外の何物でもないだろう。

 そもそもこの馬屋に馬がいない理由はさっき聞いた通りだ。

 急ぎの荷物を運ぶ隊商の馬のエサに間違って薬草が入り込んでいたらしい。薬草といってもいろいろあるが、その時のは牧草によく似たダージナ草だったらし。

 ダージナ草は他の薬草と合わせて調剤すればちょうどいい便秘や腹痛の薬になるが、それだけで食べると効能が強すぎるのだ。つまり腹痛で転げまわってトイレから出られない状態になる。

 それを馬が食べたというのだから結果は考えるまでもない。今頃馬は腹痛にイラつき止まらない便意に糞をまき散らしていることだろう。

(ダージナ草って間違えやすいんだよねぇ。私もよく怒られたっけ)

 森での薬草摘みの時に何度も間違え、母にものすごく怒られた記憶がよみがえる。ついでに効能を体現するために食べさせられたこともある。思い出したくない記憶の一つだ。

 普段はのんびりとしている母だが薬師として教えてくるときは情けが無かったなと、ちょっと遠い目で空を見上げた。


 そんなわけで現状この馬屋にジェイドが求める馬はいないらしい。そして追加の馬が牧場から届くのは明後日だという。

 馬屋からもこのまま明後日まで待つか、いっそ牧場の方へ行って選んではどうかと提案されるのを聞いていたルクフィールは、不意にマントを引っ張られて倒れ込んだ。

「ぐぇっ。っ痛ぁ」

 思いっきり首が締まったし、引っ張られたことで後ろ向きに倒れたせいでお尻が痛い。

 何事かと振り返ってみれば、そこに真っ黒な馬がいて未だにマントの端をくわえている。

(なんで? どうして? 馬はいないんじゃないの??)

 疑問が多すぎて言葉が出ないでいると、騒ぎに気付いたジェイドが馬を見て驚いた。

「めっずらしい。黒妖種じゃんか。なぁおっさん、こいつも売り物?」

「おっさん言うな。そいつは前の主人が傷をつけたのを押し付けられたもんで、到底売れやしないやつだ。左目が見えないのと右後ろに傷があって長く走れないんだ。せいぜい子供を産ませるくらいしか使い道もないよ」

「黒妖種に傷って。アホな奴が主人だったんだな」

「そうとも。きちんと世話をすりゃ魔獣も蹴散らす足を持ってるのに、懐かんからと抑えつけて切り捨てたそうだ」

 こくようしゅ、というのは分からないが、話を聞く限りではなんだかすごい特技がある馬らしい。なのに飼い主の扱いで一生残るケガを負わされるなんてあまりに酷い。

「君も大変なんだね……」

 ルクフィールだって父がいて普通の外見で育っていれば村に受け入れられていたかもしれないのに、自分ではどうしようもないことで搾取されていたのだ。

 厳密には違うことだが、一方的な悪意を受けたという点では似たようなものだと思えばわずかに同情心も沸く。

 もしかしたらこの馬もルクフィールに似たものを感じて構ってほしかったのかもしれない。

 そんなことを思いながら立ち上がろうとして、引っ張られたままのマントにつんのめって再び転んだのだった。





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