冒険者ギルドにて
食事を終えたジェイドとルクフィールは、次に冒険者ギルドを目指すことにした。
ルクフィールを手に入れた挙句に魔獣に襲われた男共のことを一応報告しておく必要があるからだった。
「別に義務ってわけじゃないんだが、手配されてる奴だと報奨金も出るしな」
奴隷を扱う奴隷商という商人もいるが、そういった人物は逆に訴えられることを避けるためにきちんとした身分を持つものが多いという。中には子供を専門に扱う商人もいるが、それだって表向きはきちんとした売買契約が成されているため、よほどのことが無ければ捕まることもない。
それとは別に奴隷商に売りつけるために詐欺に近い金額や人攫いをする輩もいて、そういった場合は手配を受けている場合が多いという。
「旨みの方がでかいからな。繰り返す奴が指名手配されるようになる」
上手く攫ってしまえば元手がかからず金になるのだ。良心など捨ててしまえばなんとも簡単に金を手にすることができる。
ルクフィールの場合も、貧村であることと厄介払いの意味からほとんど金にはなっていないだろうが、まともな商人であるという可能性の方が低い。
それにジェイドから見てどうにも気になる品がいくつかあったのだ。
(なんっか盗品ぽいんだよなぁ)
荷台は破損していたが周囲に落ちていた品物のうち、いくつかは明らかに荷馬車の格に不釣り合いな品物だった。人買いよろしくどこかで盗みもしていたのだろう、というのがジェイドの見立てだ。
そんなわけで厄介なものをいつまでも持っている気はなく、さっさと放り出してしまいたいというのがジェイドの本音だった。
屋台広場からしばらく歩き、大きな通りに出るとすぐにその建物は見つかった。
ジェイド曰く「だいたいデカい通りに面してる」という通りに、大きな両開きの扉を有する二階建ての建物がこの街の冒険者ギルドだ。
扉の上にはクマが斧を持つデザインの看板があった。これがこの国における冒険者ギルドのマークなのだという。
(なんでクマに斧??)
不思議なマークに首を傾げつつも、先に扉を開けたジェイドの後についていく。
入ってすぐは大きなホールになっていてたくさんの人がいた。一番多いのは武器を身に着けた冒険者と見られる人たちだが、中には町中で見かける平民服を着た人物や商人らしき身なりも人もいる。
辺りを見回してみればカウンターに並び何かを話していたり、大きな台に品物を出していたり、壁際で固まって話していたりと随分賑やかな空気に満ちている。
「ふわぁぁ」
このホールだけで村の全員が入ってしまうのではないだろうか。それくらいの広さと人の多さにルクフィール口はぱかんと開いたままきょろきょろ視線を動かした。
「おいこっちだ」
周りを気にしているうちにジェイドとの距離が空いてしまったようだ。端の方のカウンター前でジェイドに呼ばれたルクフィールは、慌ててそちらに走っていった。
「お前簡単に迷子になりそうだな」
「う、ごめんなさい……」
見知らぬ場所が珍しいだけではなく、単純に人の集まる場に慣れていないのだろう。そんな雰囲気を感じてジェイドは子連れの認識をちょっとだけ改めた。
ジェイドが来たのは総合対応のカウンターだった。素材の買取や依頼の受付に含まれない様々なことに対応するための場所で、冒険者への苦情から各地の魔獣発生情報までなんでも受け付けてくれる。
「人買いらしき二人連れが魔獣襲われていたのを発見した。二人は死亡、荷物に不審物あり」
「報告ありがとうございます。詳しい発見場所と荷物の提供をお願いできますか」
さして珍しい報告でもないのだろう。対応してくれる職員は慣れた様子でメモを取りながら、空いているスペースを指した。そこに荷物を出せということだろうが生憎とここに出せるサイズではない。
「場所はベルフィルグの森の西側。街道からは外れてたな。襲ったのはフォレストタイガー。荷物はデカいから裏庭でもいいか?」
「そうですか森の西側……あのあたりはフォレストタイガーの縄張りが多いのですから、よほど腕に自信があるか後ろ暗い方たちだったのでしょう」
整備されている街道があるというのにそちらを通らなかったという点だけで、すでに職員にとってまともな人種ではないという判断のようだ。
危険を冒してまで安全な道を外れて移動するということは、腕っぷしに自信があり突っ込む人種か、人に見られたくない問われたくない疑われたくないという疚しいことをしている人種のどちらかがほとんどだ。もちろんそれらに含まれない場合もあるが、長年そう言ったことに携わる職員にとって、問題事を起こしているという時点ですでにまともな人種に割り振られない。
「あちらの扉から裏に出られますので、そちらでお願いします」
「ああ」
簡単なやりとりを終えると、職員の指示で建物の裏手に案内される。
(何か出すものあったっけ?)
ジェイドの後について扉をくぐったルクフィールは、ジェイドが出すであろうモノを想像して首を傾げた。
ジェイドの見た目はとても身軽で荷物すら持ってる様子がない。せいぜいが腰にポーチを下げているくらいだ。丈の長い上着だっていくつかポケットはあるだろうが、大きなものが入っているとは思えない。
そういえば森で食事をしたときのカップなどはどこにしまったのだろうか。
ルクフィールがわたわたとマントに苦戦している間にいつの間にか片付けられていたので、気にするタイミングがなかったことに今更ながら気が付いた。
盛大に疑問符を浮かべているうちに着いた裏庭はほどほどの広さがあり、荷馬車が数台は置けるだろうと思えた。
「こちらで大丈夫ですか?」
「おっけー。んじゃ出すね」
そう言いいながら地面に手をついたジェイドは、そのまま手首までを地面に埋め込み「よっ」と軽い口調と共に馬車の荷台部分を引っ張り出した。
(っ!?!?)
まるでルクフィールが自身の影から荷物を取り出すのと同じように現れた荷台に、びっくりして思わずジェイドの上着を掴んだ。
取り出す大きさは桁違いだが、まさかこんなにすぐ自分と似通った力を使う人に出会えるなんて。実は隠しておくほど珍しいことではないのではないか。でも母は隠しておくようにと言っていたし。
そんな考えをぐるぐると浮かべながら、ルクフィールは馬車の荷台と自分の足元とジェイドをぐるぐると見回すのだった。
一方、日頃から様々な現象を見慣れている職員は淡々と仕事を進めていく。
「まあ。素晴らしい影繰りですね」
「まーね」
特殊能力に分類される影能力者はそれほど多くないが、そのことに特に驚くことなく冷静に判断した職員はなかなか仕事ができるようだ。
ジェイドの影から出された荷台の周囲をざっと調べると、内側を覗き込みジェイドを振り返る。物言いたげな視線はそれだけで中身を判断したのだと分かった。
あえて口に出さないのは子供に配慮したのだろう。
「ソレが多分持ち主。荷物も拾える分はそこに突っ込んだから、そっちで判断してくれる?」
「わかりました。判定に時間をいただきますがどうされますか?」
「荷物は要らねえ。懸賞金があるなら他の査定と一緒に振り込んどいて」
荷台の中には雑多に積まれた荷物と死体が二つ。犯罪者の判定や、荷物の査定や盗品検査など最終的に結果が出るには時間がかかるだろう。
「了解しました。カードをお預かりしますので受付に参りましょう」
時間を惜しむ冒険者が呑気に長時間の査定を待つことは多くない。この街に滞在している冒険者ならば日を改めて受け取りに来たりもするが、移動を優先する場合はギルドカードへの振り込みで終えることもある。どうやら今回は後者のようだ。
「おい、戻るぞ」
建物内に戻る途中で手の空いている職員に手伝いを頼む姿を追いながら、ジェイドはいまだに何かを考えている様子のルクフィールの手を引いた。




