空腹と寒さで目を覚ます
超が付くほど久々の連載です。
のんびり完結を目指しますので、気が向きましたらお付き合いよろしくお願いします。
ルクフィールは空腹と寒さに目を覚まし、毛布の中でふるりと震えた。
昨日よりも冷え込みが厳しくなってきたようで、そろそろ使い古した毛布だけでは耐えきれなくなってきた。だけどこの家には今掛けている毛布以上に暖かなものはないので、今夜からは服を着こんで寝ることになりそうだ。
「それはそれで面倒よね…」
そもそもルクフィールの持っている服は数枚で、そのどれもが防寒に適しているとは言えない薄物ばかりだ。去年までは暖かい布団があったのに、と無いものを想像するのもむなしいし、空腹がまたそのむなしさを増加させた。
大きなため息をつきながらベッドから降りて、とりあえず空腹を誤魔化すように冷え切った水を飲んだ。水を温めるための薪がもったいないし、凍ってないだけマシだろう。お腹の中から冷えてむなしさの他にやるせなさが追加された。
まだ眠い目を擦りながら寝間着を着替えるも、あくびはなかなか抜けそうにない。先週村長から頼まれた薬を用意するのに昨日までかかってしまった。あまり遅らせるとまた文句を言われてしまうので、ここ最近はかなり夜更かしをして頑張った結果だ。
まだまだ空腹を訴えるお腹を誤魔化すために、残り少ない固焼きパンを水で流し込む。お腹の中で多少なりとも膨らんでくれるだろう。
それから必要なものを持って玄関を開けると、ちょうど朝日が昇るところだった。
家の裏手にある畑を見に行き、獣に荒らされていないことを確認する。もっとも敷地をぐるりと囲む柵の根元には獣除けの薬草がびっしりと生えているため、めったなことでは獣はやってこないのだが。
昨夜は雨が降ったらしく地面がうっすらと湿っている。これならば水まきの必要はないだろう。ルクフィールの体格では水まきはなかなかに重労働なので、夜中の雨はとても助かるのだ。
「雨が降ったなら、もしかしたらアガリ茸が生えているかも」
雨上がりにしか傘を広げないアガリ茸は貴重な薬剤になるのだが、なにしろ見つけにくいことで有名だ。チャンスがあるなら探して採っておきたい。ルクフィールは急いで採取用のカゴを背負うとしっかりと戸締りをしてから森に出かけた。
ルクフィールの家は村の外れにあり森の入り口に接している。そのため森への採取は小さなころから日常の一つだった。
小さな足で雨上がりのぬかるみに気をつけながら、それでも勝手知ったるとばかりに森の中を進んでいく。特に目印を付けなくても、見知った風景に迷うことはない。
「チグリ草は傷薬、葉裏のシマに気をつけろ。アルギラ草は上半分、手のひらよりも小さいものを。ミミサガリの枝は二股の、細い枝だけ持ち帰る」
歩きながら口にするのは母から教わった薬草の見分け方を歌にしたもので、小さな子供でも覚えやすいようにと、草花の特徴や採取の仕方を簡単にまとめてある母の自作歌だった。
物心つく前から子守唄代わりに聞いていたため、今でも採取の時には無意識に口ずさんでしまう。歌の合間には採ったばかりのキュルの実を口に入れて空腹を紛らわせた。
そうしているうちにかごの中は薬草やキノコでいっぱいになり、運がいいことにアガリ茸もいくつか見つけることができた。小ぶりだが美味しそうな黄林檎も採ることができたので、帰ったら昨夜の残りのスープとともに剥いて食べよう。
その後は薬草を分けて下処理をしなければいけないし、いくつか仕掛けた罠も見に行かなければ。成功率は低いが肉は貴重な食糧なのだ。畑から今日使う分の野菜を収穫しておきたいし、赤芋と秋大根はそろそろ収穫終わりになるから畑を整理しなければいけない。代わりに植える予定の冬野菜のコロッコリーの苗もそろそろちょうどいいサイズになっている。
そうしてやらなければいけない仕事を考えているうちに、ルクフィールは自宅の扉に手をかけ、鍵が壊されていることに気づいて身構えた。
そろそろと玄関を開けてそっと中を覗き込む。自分の家なのになぜこんなに警戒しなくてはならないのか。
悔しさに眉間にしわを刻みながら室内を見れば、そこには嫌というほどに見慣れた人物が我が物顔で椅子に座ってこちらを見ていた。
「よう、遅かったじゃないか。あんまり遅いから不味いスープを片付けて待っててやったぜ」
「ガルイース……なんで勝手に入ってるのよ」
「お前はこの寒い中客人を外で待たせるのか? それとも化け物のお前にはそれが常識だったりするのか?」
何を言っても無駄だと分かっているのに、思わず言い返してしまった。それにガルイースを始め、村人が勝手に家に入ってくるのは今に始まったことじゃない。母が亡くなった半年前からルクフィールの人権など無いに等しいのだ。
母が残した数少ない装飾品も家具も、最低限を残して全て取り上げられた。布団だって冬用の一番暖かな綿掛けは真っ先に持っていかれたため、ルクフィールは明日からの寒さに耐えなければいけないのだ
それにガルイースは村長の息子だ。わがままで横柄なのは昔から変わらない。
「それで何の用なの」
「おいおい、それが待ってた客人に向かって言う言葉か?」
何を言っても何をしても気に食わないと言う相手の質問に答える気はなく、ルクフィールはただ自分の返事を待つ。
きっとそんな態度も気に入らないのだろう。ガルイースは手にしていた椀を投げ捨てると大股で玄関に歩み寄りルクフィールを見下ろした。
「親父殿が頼んでいた薬を昼前に持ってこい。一週間も待ったんだ当然できているんだろう」
そう言い捨てて玄関前に立つルクフィールを手で払い飛ばしながら出ていった。
「やっぱり薬のことか」
そろそろ何か言ってくるだろうなとは思っていたが、予想した通りだった。
背負っていたカゴを玄関脇に下ろし、投げ捨てられた椀を拾う。中に少し残っていた汁が床を汚しているので掃除の手間が増えた。そのまま鍋を覗いてみるがやはり中身はない。どうやら朝食用に残しておいたスープは全て食べられてしまったようだ。
「あーあ、せっかく残しておいたのにな…」
昨日は珍しくウサギが取れたので、骨から出汁を取りほんの少し肉も入れた豪勢なものだっただけに一気に気分が落ち込んだ。ついでにお腹もきゅるりと鳴ってより一層空腹感が増した。
ちなみに残りの肉は非常食としてきちんと干し肉に加工して食糧庫の中にある。これから冬にかけて食料は少しでも備蓄しておきたいのだ。
嘆いていてもしかたがない。文句を言っている暇があったら急いで掃除をしないとこの後の予定が終わらない。きゅるきゅると切ない音を鳴らすお腹を採ってきたばかりのカミンの実を食べて誤魔化しながら、いつも以上に急いで薬草の仕分けをするのだった。