アルカディアの森歩き
今日は早起きして、朝食の用意や掃除、洗濯を済ませる。
パンは、今日は木の家の分だけだ。
朝食の残りの半分は、森歩きに持っていくつもり。
「そろそろ行こうか!」
学舎の鐘の音が鳴り終わった頃に、木の家を出発する。
今日は、学舎は欠席だ。たまに、他の子も師匠や親と森に行く日は休んでいる。
「あのう、アリエル師匠は何も持っていないけど、大丈夫なのですか?」
蜂の巣を持って帰るのではないのかな? 肩からポシェットをぶら下げているだけだ。
「ああ、アリエルなら大丈夫だよ」
ふうん、まぁ良いや。
アルカディアの外に出るのは2回目だ。
前はひまわりの種を撒きに出たのだ。
「もう蕾がついているね! ミクが柵の内側から成長させてくれているのかな?」
あまり効率的ではないんだよね。
「近くで、育てておきます」
師匠に断って、ひまわりの側に行き、土に手をついて「大きくなぁれ!」と唱えておく。
「うん、やはりここで掛けた方がよく効く気がする」
アリエル師匠が聞いて、笑う。
「ミクは、守護魔法の中から外のひまわりを育てようとしたのね。なかなかやるじゃない!」
ああっ、そうか! だからなかなか育たなかったのだ。
「守護魔法は、基本的には物理攻撃からアルカディアを護っている。でも、魔法攻撃からも護っている筈なんだけどな。内からの魔法は防いでないのかな?」
オリビィエ師匠が首を傾げていたが、薬草を見つけた。
「ほら、ミク、見てごらん! あれが下級薬草だよ」
言われなければ、雑草だと見逃しちゃいそうな普通の草に見えた。
「これがですか?」
料理スキルで、食べれるものは分かるけど、これには反応しなかった。不味いのかも?
「根っこから引き抜いちゃ駄目だよ。増えないからね」
師匠に言われたから、ナイフで葉っぱを切る。
「これを栽培できないのでしょうか?」
いちいち森に採りに来るより、楽じゃないかな?
「ううん? これまで成功していないけど、ミクは植物育成スキルを持っているから、できるかもね?」
次の下級薬草は根っこから掘り返して採取する。
私とオリビィエ師匠は、あちこちで薬草を見つけながらだから、ゆっくりと森を進むけど、アリエル師匠とサリーは蜂の巣の場所へと急いで行く。
「ミクは、蜂の捕獲を見学したいかい?」
「はい!」と答えたら「なら、行こう!」と木の上に飛び上がった。
やはり速いよ! 私はいきなりは高い枝には飛び上がれないから、下の枝から、次の木のもう少し高い枝と飛び移る。
少し待って貰いながら、何とか追いついて、アリエル師匠とサリーがいる地点に着いた。
「上から見ていようか? それとも下に降りるか?」
邪魔してはいけないから、上から見る事にする。
「あそこだ! 見えるか?」
かなり遠くに巨大な蜂の巣があった。
「あんなに大きいのですか?」
あれをアルカディアの中で飼っても良いものなのか?
何か気づいたのか、ブンブン興奮して飛び回っている。
「師匠、あれは駄目なのでは? それに蜜はどこで集めるのですか?」
腕を組んで考えていたオリビィエ師匠が、少し首を傾げる。
「アリエルなら大丈夫だが、サリーには少し早いかもしれない。だが、アリエルができると判断したのだろう」
どうやって捕獲するのか? それと、どうやってアルカディアに連れて帰るのか?
「刺されたら死ぬと聞きましたけど……」
やはり無理じゃないの?
「刺されなきゃ良いだけだ。今、アルカディアにいる幼い子は、ミクとサリーとリュミエールぐらいだろう? なら、大丈夫だよ。それに、結界の外で飼えば良いのさ」
えっ、結界の外? 養蜂箱が置いてあるのは、鶏小屋の横だけど? 後で外に出すのかな?
それにしても、リュミエールが聞いたら怒りそうだな。
私とサリーを「おチビちゃん」と呼んでいるけど、師匠には同じ幼い子に纏められているよ。
「ほら、アリエルが巣ごと持ち上げるぞ」
えっ、透明なボールに入ったように、巣が持ち上がる。
「まさか巣ごと持って帰るのですか?」
ちょっと大きすぎるし、蜂も多すぎるよ。
巣を持ち上げられて、怒ってブンブン飛び回っている蜂で真っ黒に見える。
「うん、あれは多過ぎるだろう。半分に分けて、女王蜂を連れていけば良いんじゃないかな? 後のは討伐して、ハチミツを取ろう」
えっ、かなり酷い事をさらりと言ったね。
でも、蜂は狩人の村でも見つけたら討伐していた。
空気ボールが半分に割れる。
「こちらに女王蜂がいるわね。サリー、こちらをキープしておくのよ」
サリーが半分に割れたボールを保とうと集中している。
段々と半球だったのが、半分の大きさの空気のボールになった。
「サリー、凄いわ!」
頑張って修行しているのだ。私も頑張らなきゃ!
「あちらの空気を抜いて、蜂を討伐するのだろう」
ああ、飛び回っていた蜂が空気のボールの下に落ちていく。
見て可哀想だと思っていたのに、ハチミツの回収になると、一緒に手をベタベタにしながら手伝った。
「この壺に入れるんだよ!」
そんなに大きくない壺なのに、入らないよ! と思ったのに、幾らでも入る。
「あっ、この壺は!」
覗き込んだら、大きな空間が広がっていた。
「ふふふ、オリビィエの空間魔法は本当に便利よね」
荷馬車ぐらいの大きさの巣に溜まっていたハチミツが小さな壺に全て収まった。
「アリエル師匠? 壺なんか持って来ていなかったでしょう?」
アリエル師匠は、ほぼ手ぶらだったよね?
「ふふふ、オリビィエにこのポシェットを貰ったから」
あっ、マジックバッグだ! ラノベで読んだよ。
私は馬鹿だ。木の家は空間魔法を使ってある。
壺だって、バッグだって空間魔法で作れるよ。
「ミクにも教えてあげるよ。私は空間魔法は得意だけど、バッグを縫うのは苦手なんだ」
いや、いや、バッグを縫える人は多いけど、空間魔法を使える人はアルカディアでも少ないのでは?
「やっとオリビィエが弟子を持って、長老会もホッとしているでしょう」
アリエル師匠に揶揄われて、オリビィエ師匠が言い返す。
「それを言うならアリエルも弟子を取れ! と何度も長老会で言われていただろう」
アリエル師匠は、古竜を倒したドラゴンスレイヤーなのだ。そりゃ、弟子になりたい子もいただろうね。
「何故、私達を弟子にしてくれたのですか?」
アルカディアにも才能のある子はいたと思う。
「神父さんに話を聞いて、ピンときたからよ。それに、そろそろ弟子を取らないと、育てる前に死んじゃいそうだもの。そういうお年頃になったって事なのよ」
私は亡くなったセナ婆さんを思い出した。
「えっ、死んじゃうなんて言わないで!」
泣きだした私をオリビィエ師匠が抱きしめてくれた。
「アリエルも私も、あと100年やそこらは生きるつもりだから、そんなに泣かなくても大丈夫だ」
えっ! 100年!
「森の人は80歳ぐらいが寿命だと聞きましたけど?」
涙を袖で拭いて質問する。
「まさか! えっ、狩人の村の森の人は80歳しか生きないのか? それは、成長の魔法を大人になったら使わないって事かい?」
サリーは、やっと空気ボールをアリエル師匠に代わって貰って質問する。
「アルカディアでは違うのですか?」
横で聞いていたサリーも疑問に思ったみたい。
「赤ん坊から成長の魔法を使うのは一緒だよ。ある程度、成長してからは、日々、若々しさをキープする為の成長魔法を掛けるのだ」
それは、ワンナ婆さんにも聞いたよ。森の人は、70ぐらいまでは老けないけど、人間は30歳ぐらいから老けていくってね。
成長魔法を掛けているとは言わなかったけどさ。
「でも、バンズ村では70歳ぐらいから急に老けて、80歳ぐらいには亡くなるわ」
師匠達は知らなかったみたい。
「アルカディアでは、70歳ぐらいから意識的に成長の魔法を使うのだ。日々、成長させて、若さをキープするのさ。長老会は100歳から入るが、上手く魔法を使えば300歳まで生きる。メンター・マグスなんか320歳だが、まだまだ達者だ」
それ、狩人の村では失われてしまっている森の人の技術だ。
「今度、長老会で話してみよう。技術が失われるのは早いのだな」
ああ、エンダー村の村長さんが言っていた事を思い出すよ。
「何か変わるでしょうか?」
師匠達は難しい顔をしている。
「狩人の村の住人は頑固だからな。それに、あまり交流もない。成長の魔法を掛ける遣り方が失われて、どのくらい経つのかも分からない。成長の魔法は、光の魔法なんだよ」
それは、難しいかも? 私もまだ感じる程度なんだもん。
「森の人は基本的に誰もが光の魔法をもっているのよ。だから赤ちゃんも早く成長するでしょう」
そうだよね! 狩人の村の森の人も早く成長する。つまり光の魔法を持っているのだ。
使い方を知らないまま使っている。だけど、それでは寿命は延びない。
「だから、学舎で光の魔法をよく実習するのですね!」
サリー! その通りだよ! 私も頑張ろう! 長生きしたいもの。




