学舎
「メンター・マグス、この子達も頼む。赤毛の子がアリエルの弟子のサリー。金髪の子が私の弟子のミクだ」
メンター・マグスは、白髪の森の人だった。かなりの年寄りに見える。灰色の服の上から黒のマントを着ていて、厳しそうだ。
「オリビィエ、やっと弟子を取ったのだな。2人は引き受ける」
「じゃあ、勉強をしっかりするんだよ」と、オリビィエ師匠は帰る。
「自己紹介をしなさい」
えっ、こちらから? まぁ、転校生の場合はそうなのかな?
「アリエル師匠の弟子のサリーです。よろしく」
真似しよう!
「オリビィエ師匠の弟子のミクです。よろしく」
メンター・マグスはそこにいる子達にも自己紹介をさせる。
もう15歳ぐらいに見える子が立った。金髪を伸ばして、後ろでくくっている。
「私は、ルシウス師匠の弟子のガリウスだ。もうすぐ学舎を卒業する」
ああ、リュミエールが言っていた子ども達のリーダーだね。
次はすらりとしたグリーン髪の美人だ。
「私はカイキアス師匠の弟子のエレグレースよ。サリーは同じ風の魔法を使うのね。よろしく」
サリーがペコリと頭を下げた。ガリウスが卒業したら、エレグレースがリーダーになりそう。
次は、赤毛の女の子だ。
「イグニアス師匠の弟子のマリエールよ。よろしく」
ニコッと笑うと片頬にエクボがでて、少し色っぽい雰囲気のある子だ。多分8歳ぐらいかな?
「私はヘプトス! ポルトス師匠の弟子だ。木の家の近くだから、何か困ったら来い!」
森の人にしてはがっちりした身体、濃い茶色の髪のヘプトスは、初めは私達を無視して学舎に入ったけど、親切なのかな?
「もう2人は知っているだろうけど、私はリグワード師匠の弟子のリュミエールだ! 分からないことは、何でも聞いてくれて!」
年齢が上のガリウスとエレグレースが「リュミエールより、私達に聞いた方が良い」と横から口を挟んだ。
リュミエールは、不満そうに唇を突き出している。
「2人は文字と簡単な計算はできると神父さんから聞いている。一番前の席につきなさい」
おお、学校だよ! バンズ村の集会場で読み書き計算を教えたのとは違う。
前世の学校と違うのは、木の上だって事と、床に座る事だね。昔の武士が座るような丸く編んだ円座が置いてある。
低いテーブルが何個か並べてあって、二列ずつだから、私達の横はリュミエールだ。
「隣だね! 分からない事があったら聞いてね」
頼もしいのかな?
「ほら、皆は昨日の続きを読んでおきなさい。サリーとミクは、この本だ。読めるかな?」
メンター・マグスが薄い本を私とサリーに渡した。
「サリー、読んでごらん」
ちょっとサリーには難しいかも? 単語をポツポツ読んでいる。
「では、ミク読んでごらん」
私は、少しつっかえる所もあったけど、だいたい読めた。
「サリーはこの1の巻だね。ミクは2の巻を勉強しよう。分からない単語は、石板に書き出すのだよ。後で説明してあげるから」
私に、本棚から少し厚い本を持って来た。
これは教科書みたい。国語、算数、簡単な地理、魔法について書いてある。
1の巻から勉強したかったな! サリーのを貸してもらおう!
学舎は、複式学級だ。私達が本を読んでいる間に、メンター・マグスはリュミエールの席の前に座って、どうやら算数をやらしている。
そして、今度は2列目に移動して、マリエールとヘプトスに地理を教えている。
「魔の森の外の人間の国を覚えなさい」
つい興味があるから、後ろを向いてしまう。
「ミク、自分の勉強に集中しなさい」
叱られちゃった!
3列目のガリウスとエレグレースが習っているのは、かなり難しい算数みたい。私は、前世では学校はあまり通えていない。家でママやパパから習ったけど、中学生の算数は少しだけやっただけ。
「頑張ろう!」
サリーも「うん!」と頷く。
真面目に本を読んで、分からない単語を石板に書き出していると、メンター・マグスが回って来た。
「サリーとミクも真面目にしているね」
分からなかった単語を説明すると、今度は算数だ。
「サリー、足し算はできるが、引き算はもう少しだね。ここから勉強しておきなさい」
私の2の巻は掛け算と割り算だ。
「ミクは、算数はこの終わりの問題を解いてみなさい」
簡単に解いているのが分かったみたい。
2の巻の最後の算数問題を解いた。
「算数は3の巻だね。でも、知らない単語が多いし、地理とか、歴史は全く知らないみたいだし……2の巻と3の巻で勉強しよう」
3の巻は、もっと分厚かった。
「ええ、ミクはもう3の巻なの? 私は、やっとこの前3の巻になったのに!」
横のリュミエールが文句を言って、メンター・マグスに叱られた。
「なら、ちゃんと宿題をして来なさい!」
宿題もあるんだね! サリーと顔を見合わせる。
時計は無いけど、ほぼ1時間勉強をしたら、休憩だ。
メンター・マグスは、隅に置いてある机と椅子に座って、お茶を飲んでいる。
「水筒を持ってくれば良かったね」
他の子も水を飲んだりしているけど、まだ春だから、そんなに喉は渇かない。
「サリーとミクは水筒を持って来なかったの? メンター・マグス、この子達にお茶をあげて下さい」
エレグレースがメンター・マグスから、茶器に入ったお茶を貰ってくれた。
「ありがとう!」
エレグレースは「良いのよ」と笑ったけど、他の人は「やっぱりね」と肩を竦めている。
それって、どういう意味なんだろう? 私達が狩人の村の子だから、水筒も持っていないと馬鹿にしているの?
それとも、変人だと言われている師匠を馬鹿にしたの?
「こら! お前らは目上の人を馬鹿にする態度を改めないといけない。お茶を飲んだら、魔法の勉強だ」
メンター・マグスがガツンと叱ってくれたけど、狩人の村の子を馬鹿にしたのでは無かったのかな?
魔法の勉強は、机を片付けて、丸い円に座って行われた。
「自分が貰った魔法以外を勉強して身につけるのだよ」
私とサリーが驚いていたら、メンター・マグスは笑った。
「人間のほとんどはスキルを貰えない。でも、努力して、魔法を使ったり、武器の鍛錬をしているのだよ。森の人もできる筈だ」
それぞれ、得意な魔法なら簡単なんだろうけど、苦手な魔法の練習は嫌みたい。
「エルグレースとリュミエールは、土の魔法をガリウスから習いなさい。マリエールとヘプトスは、こちらでサリーとミクと一緒に光の魔法の練習だよ」
二つに分かれて輪になって座る。
「あのう、私は薬師と植物育成と料理のスキルで、魔法使いではないのです」
サリーは風の魔法使いのスキルだけど、私のは薬師以外は微妙なんだよね。まぁ、生活には役に立つけどさ。
「ミク、植物育成スキルは、土の魔法の一部だよ。普通に魔法は使っているのだから、頑張ろう!」
サリーも不安そうだ。
「私は、風の魔法の使い方もよく分かっていないのです」
メンター・マグスは、ポンとサリーの肩を叩くと「大丈夫!」と笑う。
「光の魔法は、習得するのが難しいと言われているが、本来、森の人は持っている魔法なんだよ。それを使える様にするのが目標だ」
何をするのかな? と思ったけど、輪になって手を繋ぐ。
「光の魔法を送るから、感じ取るのだ」
ええ! それってできるのかな?
初心者の私とサリーがメンター・マグスの横だ。そして、マリエールとヘプトスとそれぞれ手を繋ぐ。
ううん? 何とはなく、手が暖かい気がする。
「片手から受け取った光の魔法を、もう片手に流すのだよ」
左手で受け取った、何か暖かい物を、右手からマリエールに流す。
「流れているのか、わかりません」
マリエールも、よく分からないみたいだから、流れていないのかも?
「では、ミクとマリエールは場所を変わりなさい」
マリエールは、メンター・マグスからは受け取れるけど、私には渡せない。
サリーも同じだった。
「今日は、ここまでにしよう。光の魔法を覚えたら、治療師にもなれるし、守護魔法も使える様になるから、頑張りなさい。特に、サリーは風の魔法でも治療ができるが、光の魔法を少しでも習得すると、より高度な治療ができるぞ」
サリーは、それを聞いてやる気になったみたいだけど、私は才能がないんじゃ無いかな。
宿題を出されて、サリーととぼとぼと木の家に帰る。
学舎、初日は、何だかとても疲れた。
そうか、入学した当日に半日とはいえ授業を受けたんだからね。




