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一匹狼な美少女、デレた時の破壊力は結構強いっぽい

作者: ユキオ。


「私はそういうのいいから」

 

 俺は同じクラスの野々瀬 真衣(ののせ まい)を、今度の学祭の打ち上げに誘ったが、返事はやはりそっけなかった。


「だから言ったろ。どうせ来ねーって」

「ほんと協調性がねえよな」

「もったいねえよなあ、可愛いのに」


 クラスメイトからそう声が漏れるのも無理はない。


 野々瀬は色白の細身で、顔も非常に整っており入学直後は男女問わず彼女の話で持ちきりになるほどだった。

 しかし、無口でそっけない態度をとる彼女に我先にとアプローチした男子たちは撃沈。

 男子だけでなく女子にも距離を置いているみたいで、周りもそんな雰囲気を察してか徐々に彼女の周りからは人がいなくなっていった。

 そして、高校入学後半年がたった今。

 それぞれ気が合う友人を見つけグループができている中で、野々瀬だけがクラス内で孤立していた。

 俺はそんな彼女を気にかけて、ちょくちょく話しかけているが今日も全く相手にされず。


 やはり、迷惑がられているのだろうか。


 *


 それから数日後の放課後。

 俺が帰ろうとしたところ、下駄箱前でポツンと(たたず)んでいる野々瀬が目に入った。

 こんなところで何をしてるんだろうと一瞬思ったが、すぐに理解した。

 天気は雨、そして外をじっと見つめている野々瀬。

 おそらく、傘を忘れたのだろう。


「これ、よかったら貸そうか」


 俺は野々瀬に自分の傘を差し出した。


青井(あおい)……?」


 彼女はいきなり現れた俺に驚いたのか目を少しだけ見開いたが、またすぐにいつもの無表情へと戻った。


「それ貸しちゃうと、青井が濡れるじゃん」

「大丈夫。駅までなら走ればなんとかなるし」

「風邪でもひかれたらこっちも引きずるし……」


 野々瀬は顎に手を当てて、一瞬何かを考えた素振りを見せて……


「青井の傘に、お邪魔しちゃおっかな」

「……はい?」


 ……ということで野々瀬との相合い傘。

 

 お互い雨に濡れないようにギリギリまで身を寄せ合っているから4、5歩歩くたびに肩と肩が触れ合い、時折甘くいい香りが鼻をかすめる。

 

「野々瀬は徒歩通学なんだ」

「うん。私自転車乗れないから」

「へえ意外」

「……」

「……月曜だから、雨強いよな」

「曜日は関係ないんじゃない?」

「あっはっは……」

「……」

「……」


 そして沈黙が流れる。

 ダメだ。会話が続かない。

 普段ならもう少し話せるんだけど、こういう状況だとどうしても緊張してしまう。

 何か話題はないか……


「青井って変わってるよね」

「えっ」


 急に野々瀬の方から話をふられたので、思わず気の抜けた声をあげてしまった。

 横目でチラリと彼女を見ると、目が合った。

 俺と違って、落ち着いた様子でジッと俺を見つめていた。


「そ、そうかね?」

「うん。なんで私みたいなつまんない奴を相手にするんだろうって思う。他の男と違って下心があるってわけでもなさそうだし」


 確かに彼女からしてみれば俺は変な奴かもしれない。

 でも俺はどうしても気にかけてしまう理由があった。


「……俺中学の時友達いなくてさ、ずっと一人で過ごしてたんだよね」

「君が? 意外じゃん」


 今までの自分を変えるべく高校では明るく振る舞ってはいるが、中学時代は根暗で誰からも相手にされなかった。

 本当に苦しくて、二度と戻りたくない過去だ。

 

「友達が欲しくても出来なかった俺と、一人でいることをよしとする野々瀬とは違うかもしれないけど、でも昔の自分を見てるみたいでさ」

「要するにお人好しってこと?」

「そうかもな……やっぱ迷惑だったりするか?」

「迷惑な相手と相合い傘なんてするわけないじゃん」

「そっか。よかった」


 てっきり嫌われてるのかもと思っていたが、どうやらそうじゃないっぽいのに一安心。

 ただ俺としてはもう少し仲良くなりたいって気持ちはあるけどな……


「あ」

「どした?」


 急に野々瀬が何かを見つけたらしく遠くを見つめたので、俺も彼女につられるように前方を注視した。


「お姉ちゃーーん!!」


 すると、何やら小学校高学年くらいの女の子が手を振りながらこちらに走ってきて、俺たちの前で立ち止まった。


莉乃(りの)? どうしたの?」

「お姉ちゃん、今日傘忘れたでしょ! 学校まで持ってったげようと思って……でも必要なかったね」


 女の子はニヤニヤしながら野々瀬と俺を交互に見る。

 

「なーに勘違いしてんのあんたは」

「えー? べっつにー?」

 

 野々瀬はわしゃわしゃと女の子の頭を撫でる。

 女の子のお姉ちゃん呼び、そして野々瀬がここまで友好的な態度を見せるってことは……


「えっと、妹さん?」

「あ、うん。妹の莉乃」

「はじめましてー! 莉乃です! えっと、お兄さんは?」

「俺は青井 拓人(たくと)。お姉さんのクラスメイトだよ」

「えー、相合い傘してたから、てっきり彼氏さんかと思っちゃった」


 莉乃ちゃんはニシシと幼い笑顔を見せる。

 性格や表情こそ違えど、姉妹だけあって顔は似ている。


「ごめんね青井。この子こういう冗談言う子だから」

「あはは、仲良さそうだな」


 その後は野々瀬と莉乃ちゃんの会話に時折俺が入る形で、駅まで3人で帰った。

 その間、終始明るく笑顔だった野々瀬が新鮮で印象的だった。


 *


「おはよう青井」

「おはよ、野々瀬」


 あの雨の日以来、野々瀬の方から俺に話しかけてくれるようになった。

 たまにだけど一緒にお昼も食べたりするし、二人で一緒に帰る事も増えてきた。

 特に大きな出来事があるわけでもない静かな日常。

 その日常の中で、野々瀬は少しずつ俺に歩み寄るようになってくれた。

 前と変わらずクラスでは無愛想でほとんど人を寄せ付けないけど、俺といる時は明るくて笑顔もよく見せるようになった。

 それが莉乃ちゃん相手のように、俺にも心を許してくれているみたいで嬉しかった。

 他の友達と話したり、バカやって遊んだりするのも楽しい。

 それでも野々瀬と過ごす時間は俺の中で特別になりつつあった。

 どこで思うようになったかはわからないけど、俺はいつの間にか野々瀬にただの友達ではない、何か別の感情を持つようになっていた。

 野々瀬に嫌われたくない、もっと好かれたい。


 俺は異性として、野々瀬が好きなんだろうなと理解した。


 しかし根は臆病で小心者の俺が気持ちを伝えられるはずもなく、気づけば2学期の終業式がやってきた。

 

 *


 教室に入ると、何やらみんなざわざわしている。

 普段とは違う、ただならぬ空気を感じた。


「おーっす青井! お前にさ、ちょっと聞きたいことがあんだけど〜」


 近くにいた友人に何かあったのか聞こうとしたところ、急にクラスメイトの島田に話しかけられた。


「お前ってさ、野々瀬と付き合ってんの?」


 野々瀬と俺が仲のいいことは、クラスの全員が知っているだろう。

 いつかはこういうことも聞かれると思っていた。

 特に島田はかつて野々瀬にアタックしていた男の一人だ。

 その時は全く相手にされていなかったが、今も変わらず野々瀬に好意を持っていてもおかしくない。

 だから俺と野々瀬の関係が気になった。

 そういうことだろう。


「いや、付き合ってないよ」


 好きかどうか聞かれてるわけではないし、嘘をつく必要もないことだ。

 

「ほーん、ならこれ見せても問題ねえか」


 島田はニヤニヤしながらスマホの画面を俺に見せてきた。


「っ……な、何だよこれ……」


 そこに映っていたのは身なりのいい40代くらいの男と手を繋いで歩いている野々瀬の姿だった。


「何って、援交だよ! え・ん・こ・う!」


 島田はクラス全員に聞こえるようにハッキリとそう言った。

 その事実を認めたくないかのように、俺の頭はフリーズした。

 

「い、いや、親父さんとかだろ……」

「いやー、また別のおっさんと歩いてるところを見た奴もいるらしいぜ?」


 否定したかったが、言葉が出なかった。

 この画像を見せられて、どう反論していいかわからなかった。


「あれ……もしかして青井さ、野々瀬のこと好きだったのか? あー、それはショックだろうな。でもまあよかったんじゃね? 付き合う前にこういう女だって知れてさ」


 島田が俺の肩をぽんほと叩いた。

 ちょうどその時渦中の人物、野々瀬が教室へと入ってきた。


「野々瀬……」

「おっはよー青井。何してんの?」


 声をかけてきた野々瀬の視線はすぐに俺から、島田の持っているスマホの画面に移ってしまった。

 笑顔だった野々瀬の顔は一瞬にして強ばり、そして……


「っ……!」


 その場から逃げ去るように教室を出て行った。

 その行動があの画像が事実であり、野々瀬に後ろめたいものがあるのだと俺に確信させた。


「野々瀬!」


 俺はショックを受けて混乱しながらも本能的に野々瀬の後を追った。

 ここで追わなかったら野々瀬との間に深い溝ができてしまう、そんな気がした。


 そして階段の踊り場で追いつき、野々瀬の手を掴んだ。


「…………」


 追いついたはいいものの何て声をかけていいかわからなかった。


 何であんなことをしたのか?

 一体あの男と何をしたのか?


 何を言っても野々瀬を傷つけてしまう気がした。


 そもそも家族でもなければ恋人でもない俺が何を言ったとしても、野々瀬にとっては余計なお世話としか思えないだろう。


「……」

「……」


 状況はまるで違うが、あの雨の日のような沈黙が流れる。

 そして、野々瀬が口を開いた。


「……あの画像の通りだよ。他の奴らには何を言われたっていい。だけど青井にだけはバレたくなかった……何でだろうね……?」


 囁くような小さな声。

 掴んでいた野々瀬の手は少しだけ震えている。

 顔は俯いていてよく見えないが、鼻をすする音がする。

 手を離せば倒れてしまいそうな危うさを感じた。


「幻滅した?」


 ……こういう時、気の利いた一言でも言えれば野々瀬を救えるのかもしれないが、そんな言葉は俺には思いつかない。

 

 それでも野々瀬には笑っていてほしい。


 そう思って俺は——


「野々瀬、デートしよう……今から」


 とんでもなく空気の読めない言葉を口にした。


「は……? はああ!? な、な、何言ってんの!?」


 野々瀬が顔を上げて、驚きと呆れが入り混じったような表情で俺を見つめる。


「いいから……行こう」

 

 そのまま野々瀬の手を引いて、歩き出す。


 確かにさっきまではショックだった。

 でも、例え何があろうとも野々瀬は野々瀬だ。

 俺の友達で、俺の大好きな人に変わりはない。

 あんな画像ごときでこの気持ちが変わってたまるかよ。


「ちょ、ちょっと! 終業式出なくていいの? 優等生の君が」

「学校サボって遊びに行くの、やってみたかったんだよな」

「私を巻き込むなぁ!」


 そう言いつつも、野々瀬は俺の手を振りほどこうとせずに足を止めることなくついてきてくれる。

 野々瀬の手を引く形で歩いていたが、いつの間にか俺たちは二人並んで歩いていた。


「青井……やっぱ君は変わってるよ」


 そう呟く野々瀬の顔は、いつものあの笑顔に戻っていた。


 *


 どこに行くかも決めずにただ歩き、面白そうな所を見つければ入ってみる。

 そんな何の計画性もないデートだ。

 カラオケ、ゲーセン、不気味な骨董品を扱う謎の店。

 どこへ行っても全力で楽しむ野々瀬はいつも以上に可愛く、魅力的に見えた。

 こんな時間がいつまでも続けばいいと思った。

 しかし、なぜだろうか。

 いつも楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

 気がつけば、もう辺りは薄暗くなっていた。


「映画、面白かったね」


 駅へと向かう帰り道。

 さっき見た恋愛映画の感想を語り合う俺たち。

 

「うん、特にヒロインがイルミネーションの下で主人公に告白されるシーン! ああいうの……憧れるなぁ」


 そう楽しそうに語る野々瀬。


 ……これはもしかして、告白待ちのサインってやつじゃないのか?


 ドクン。


 自分の心臓が高鳴る音が聞こえた。


 言おう、今日。


 だが、今じゃない。

 こんな殺風景な場所で告白するのは違う。

 うん。駅前ならイルミネーションもあって綺麗だ。


 そんなことを考えていると、いつの間にか駅に着いていた。


「青井、すっごい楽しかったよ。ありがとね」

「あ、ああ……」


 今だ。言うなら今しかない。


 俺の心臓は先程とは比べものにならないほど早く、大きく高鳴っていた。


 そして俺は、俺とは別の改札口へと進んでいこうとする野々瀬を引き止めた。


「な、なあ野々瀬」

「ん? なに?」


 野々瀬は立ち止まって振り返り、俺をジッと見つめる。

 

 俺は……目を逸らしてしまった。


「……いや、何でもない……」

「あはは、何それ」


 また言えなかった。


 そして、野々瀬の姿が見えなくなると同時に俺はその場にしゃがみ込んだ。


「は〜〜〜……」


 肝心なところでヘタレすぎんだろ俺。

 これじゃ、中学の時と何も変わってないじゃないか。

 

 落ち込みながら帰宅すると、野々瀬からメッセージが来ていた。


『信じてもらえるかはわからないけど、やっぱ青井にだけは言っておきたい。朝のあの画像、あれ以上のことは私してないから』


 あれ以上ってことは、手を繋ぐ以上のことはしてないってことか。


『信じるよ』


 いや、別に何をしようが野々瀬を嫌いになることはない。

 それでも身体を許していないというのを知って嬉しくなり、野々瀬への気持ちは益々強くなった。


 野々瀬はクリスマスや年末年始は家族で過ごすって言ってたし、次会えるのは年明けの新学期か。

 

 早く新学期始まんねえかな……


 そう思いながら俺は年末年始を過ごした。


 しかし、待ち望んだ新学期がやってきて俺は絶望することになる。


 *


「突然なんだが、この冬休みの間に野々瀬が自主退学した」


 年明けの新学期。

 始業式前のホームルームで担任の先生から、クラス全員にそう告げられた。


 は……?


 俺は頭の中が真っ白になった。


 なんで?

 あいつ辞めるなんて一言も言ってなかっただろ?

 やっぱりあの画像が原因で?

 俺があいつの支えになれなかったから?


 次から次へと、止めどなく疑問が浮かんでくる。


 俺は疑問の答えを知るために、ホームルームを終えて教室を出て行った先生の後を追った。


「先生、野々瀬に一体何があったんですか?」

「ん? ああ、それはすまんが言えない。事情は教えないでほしいと本人の強い希望があってな。青井、特にお前にはな」


 何だよそれ。

 何で何も言ってくれないんだよ。

 野々瀬にとって俺は、他の奴らと変わらない程度の存在だったのかよ。


「だから、あまり詮索してやるな」


 そう言い残して去っていく先生。


 教室に戻ると、クラスのみんなが集まって何やら話していた。


「あいつ、もしかして妊娠したんじゃね?」


 その中心にいる島田がニヤニヤしながらそんなことを言う。

 俺の身体がピクリと反応した。


「援交してるようなビッチだし、貞操観念もアソコもガバガバじゃん? 病気持ってるって噂だし」


 そうか、こいつは野々瀬に相手にされなかった逆恨みで、なんの根拠もない虚言を吐いているんだ。

 俺の中でふつふつと島田に対する怒りが湧き上がってきた。


「てか襲われたら病気うつされそうだし、辞めてくれてよかったよな」


 そして島田のその言葉を聞いて、俺の我慢は限界を迎えた。


 真っ直ぐに島田のところへ向かっていき、思いっきり島田の顔面を殴った。


「うぐああぁぁ!?」

 

 悲鳴をあげて周りの机を巻き込みながら、床へと倒れ伏す島田。


「きゃーーーーー!!」

「お、おい何してんだよ青井!?」

「だ、誰か先生呼んできて!!」


 教室中が一瞬にしてパニックに陥る。


「いでえ……! いでぇよお……!」


 その中で俺だけが、ただ冷静に鼻血と涙でぐちゃぐちゃになった島田の顔を見下ろしていた。

 島田の歯が当たったのか、俺の拳からも血が流れていて痛みが走る。


 生まれて初めて誰かを本気で殴った。

 それほどまでに、野々瀬が俺の中で大きな存在なんだと感じた。


 その後駆けつけた先生によって島田は保健室、俺は職員室へと連れていかれた。

 呼び出された俺の母さんと島田の母親の前で俺は友達を馬鹿にされたから殴ったと説明したが、客観的に見ればどう考えてもやりすぎだ。

 母さんは怒鳴り散らす島田の母親に必死に謝罪していた。

 その姿を見て俺は胸が痛んだ。

 これ以上親に迷惑をかけたくなかったので、島田を殴ったことに後悔はしていなかったが俺も形だけは謝罪をした。

 俺は二週間の停学処分となり、後日改めて島田の家に謝罪に行くということでその場は何とか収まった。

 

 その後荷物を取りに教室に戻ると、クラスメイトたちが俺を見てヒソヒソと話す。

 

「やっぱ青井と野々瀬ってできてたんじゃね?」

「ひょっとして、あいつも野々瀬の援交相手だったり……」

「うそー青井くんが? ショック……」

「何かもうあんま関わんない方がよさそう……」


 クラスメイトの俺に対する印象が180度変わったのだろう。

 そんな声が聞こえてきた。


 妙な噂だけでなく、こんな暴力事件まで起こしたんだ。

 二度と戻りたくなかったあの中学時代のように、もう俺に関わろうする奴はいなくなるだろう。

 でも、そんなことはどうだっていい。

 誰に嫌われたっていい、ただ野々瀬がいなくなったということが俺には何よりも辛かった。


 *


 停学になり一週間後の早朝。

 目を覚ましてスマホを確認するが今日も野々瀬からの返信はない。


「行くか……」


 着替えを済ませて外に出る。

 冬の冷たい風を全身に感じる。


 俺は停学中にも関わらず、野々瀬に会いたくて毎日外をぶらついていた。

 

 闇雲に探したって会えるわけがない。

 それでも家でじっとしているよりは、こうして彷徨っていればいつか会えるんじゃないかという僅かながらの期待が俺を動かした。


 返信はないし野々瀬から避けられていることは明白だ。

 もしかしたら何かがきっかけで嫌われているのかもしれない。

 でも会いたい。

 会って今度こそ、好きだと伝えたい。

 それでダメならスパッと諦める。

 

「いなくなってようやく告白する決心がつくなんて、バカだよなホント……」


 そして今日も駅前や学校周辺、デートに行った繁華街も探してみたがやはり見つからない。


 さすがに毎日一日中歩き回っていると疲れが出てくる。

 俺は通りがかった公園のベンチに腰を下ろした。

 いつの間にか薄暗くなっていて、雪も降り始めていた。

 

 ……このままもう二度と会えないのだろうか。


 嫌でもそんな考えが頭をよぎる。


 そして俺は泣いた。

 高校生の男が公園のベンチで俯き、涙を流している。

 側から見ればなんて滑稽だろうか。


「あの……」


 ふと、誰かに声をかけられた。


 マズい。

 クラスの奴か? だとしたら、停学中に外出しているのを知られる。

 まあいいか、もうどうなっても……

 俺は涙を拭いて、顔を上げた。


「…………莉乃ちゃん?」


 何と声をかけてきたのは野々瀬の妹、莉乃ちゃんだった。


「はい、お久しぶりです。拓人さん……」


 莉乃ちゃんは驚いて固まる俺の横に座った。

 

「すみません。さっき歩いてたの見つけて後をつけてました」

「いや……うん」


 チラリと見た莉乃ちゃんの表情は初めて会った時とはまるで別人のように暗かった。


「お姉ちゃんのことですよね……?」

「えっ……ああ」


 俺が頷くと、莉乃ちゃんの目には涙が溜まった。


「あの……や、やっぱり私は……お姉ちゃんには……幸せになってほしいんです……!」


 そして、大粒の涙をこぼした。


「だ、大丈夫!?」


 俺は莉乃ちゃんの背中をさすって、何とか落ち着かせようとした。


「もう大丈夫です……ありがとうございます」


 しばらくして、落ち着いた莉乃ちゃんは


「あの、お姉ちゃんは……」


 何があったのかを語り始めた。


 *


「じゃあお母さん。また来るね」

「真衣……ホントにごめんね? 私のせいで……」

「だから謝んないでよ。お母さんのおかげで私も莉乃もここまで幸せに暮らせているんだから」


 お母さんに精一杯の笑顔を向けて、私は病室を後にした。


 私がまだ小学生の頃、お父さんが事故で亡くなった。

 元から裕福とはいえず、頼れる親戚もいない私の家はさらに苦しくなった。

 それでもお母さんは私と莉乃を養うために、早朝から夜遅くまで懸命に働いた。

 お母さんは私たちの前では元気に振る舞っていたが、明らかに無理をしているのは小学生の私でもわかった。

 そんなお母さんの力になりたくて私も何かできないか一生懸命考えたが、小学生なので当然働くこともできない。

 そして精々ちょっとした家事くらいしかできない自分に情けなさを感じていた中学3年生の夏、私は一人の男に声をかけられた。

 

「お嬢ちゃん可愛いねえ。お金あげるからおじさんと一緒に遊ばない?」


 その言葉にお母さんを助けたいという一心で乗ってしまった。

 一緒に食事をして話を聞いただけで、なんと一万円もの大金を渡された。

 私は大喜びしながらこの一万円をお母さんに渡した時、事情を聞かれたので


「優しいおじさんとご飯食べたらもらえた」


 と説明したら、いつも優しいお母さんに初めて本気で怒られた。

 この時、これが褒められたものではないことを知った。


 そして中学校の卒業が近づいてきた。

 私は高校なんて行かずに働きたいとお母さんに言ったが


「私は家の事情で高校に行けなかったから、せめて娘たちには楽しい高校生活を送って欲しい」


 と許してもらえなかった。


 高校に入ると学費を払わなくてはいけないため、当然家は苦しくなる。

 さらに仕事を増やすお母さんを見て、私は追い詰められていた。

 普通のバイトなんかじゃ大したお金にはならない。


 もっと稼げるものじゃないと……!


 その時あの中学3年の夏、一万円を貰ったことを思い出した。


 そうだ、あれなら……


 そうして私は再び、ダメだと知りつつもあれを始めることとなった。

 一緒に食事をしたり遊んだり、時には手を繋ごうと言われる事もあった。

 初めは拒否していたが大金に釣られて、心を無にして手を差し出した。

 お母さんにはバイト先が友達のお店でバイト代を弾んでくれると嘘を吐いた。

 しかし、お母さんは相変わらず仕事を減らさない。

 今思えば、私のしていることがバレていたのだろう。

 そしてそんな事を続けているうちにキスや身体を要求されるようになってきたが、それだけは全力で拒否した。

 怒鳴られたりして怖い思いもしたが、まだどこかに女としての心が残っていたのかもしれない。


 高校生活においては、お母さんの思いとは裏腹に青春とは無縁だった。

 もし汚い行為でお金を稼いでいる事を知られたら、きっとみんな私から離れていく。

 そう思うと友達なんて作る気も起きず、ただひたすらに他者を避けた。

 案の定、私に話しかける人もいなくなった……ただ一人を除いて。


「おはよう、野々瀬」


 青井 拓人。


 この男だけはいくら私が気に障る態度をとっても、話しかけてくる。

 多くの男と話してきて相手に下心があるのかどうか薄々感じれるようになってきたが、青井にはそれを感じなかった。

 そして、ある雨の日。

 一緒に帰った時に青井がどういう気持ちかを知った。

 本当に優しくて、いい奴だった。

 友達なんて作ったって傷つくだけ。

 それでも私は青井だけは遠ざけることができず、むしろ私から青井に話しかけるようになった。


 思えばこの時から、私は青井に惹かれ始めていたのかもしれない。


 そして2学期の終業式。

 私のしていることが青井に知られた。

 何も言うことができず逃げ出してしまった私を追いかけてきた青井は、何故かデートをしようと提案してきた。

 驚いたがこれが青井なりの優しさなんだと感じた。

 こんな汚い私を見捨てずに、手を差し伸べてくれる。

 繋がれた青井の手はとても暖かい。


 やっぱり私、青井のことが好きだったんだ。


 そう思うと同時に胸が痛んだ。


 青井には私なんかよりももっと素敵な人が似合う。

 私といたって幸せにはなれない。

 きっと別の男の影がチラついてしまう。


 そんな思いが心の奥深くにあったからだ。


 それでもまだ青井に嫌われたくないという思いもあり、自分の身体は許していないとメッセージも送った。


 青井とは一緒にいてはいけないという気持ちと、青井のことが好きだという気持ちで私の心はぐちゃぐちゃになっていた。

 自分でも本当にめんどくさい女だと思う。


 そして冬休みに入って、とうとう恐れていたことが起きてしまった。

 お母さんが過労によって倒れてしまったのだ。

 私は高校を辞めて、今度こそ真っ当に働く事に決めた。

 お母さんは泣いて私に謝っていたが、そもそも無理をさせてしまったのは私のせいだ。

 これからは私がお母さんと莉乃を支える。


 青井とはもう会わない。


 私と一緒にいる事が知られると、青井にも変な噂がたってしまう。

 それに汚い手段でお金を稼いでいた私よりも、青井にはしっかりとした子と青春してほしい。


 そうさせる事が私の最後に出来ることだった。


「これで、よかったんだ……」


 ありがとう、青井。

 さようなら、私の大好きだった人。



「寒い……」


 病院から出ると、今年最初の雪が全身に降り注ぐ。

 道には少しだけ雪が積もっている。


「あ……あれ……?」


 雪ではない別の冷たいもの、涙が頬を伝う。


 何で私、泣いてるんだろう。


 もう会わないって決めたはずなのに。

 

 もう覚悟を決めたのに。


 それなのに何で……


「あいつの顔が浮かんでくるんだよ……」


 ……そっか。

 やっぱり私、あいつのことが好きなんだ……どうしようもないくらいに。

 他の子と付き合ってなんかほしくない。

 ずっとずっと一緒にいたい。

 また一緒に笑い合いたい。

 だから……


「会いたい……会いたいよぉ……」

「会いたいって、もしかして俺だったりする?」


 ……え?


 聞き覚えのある声がした。

 その声のした方向、雪の積もった道の先。

 そこに一つの人影が見えた。

 

「え……何で……?」


 その人影 ——


「何でって……そんなの決まってるよ」


 私の大好きな人……青井は真っ直ぐと私を見つめていた。


 *


 俺の大好きな人……野々瀬が目を大きく開いて俺を見つめる。


「野々瀬に伝えたい事があるからだよ。一つだけ」


 本当はもっと言いたい事はたくさんある。

 それでも野々瀬の顔を見たら他の事はどうでもよくなった。


 そして、俺はポツンと佇んでいる野々瀬の元へ駆け寄ろうと走り出したーー


「うおぁ!?」


 はいいものの、雪で滑って盛大に尻餅をついてしまった。


「ちょっ!? だ、大丈夫!?」


 野々瀬が慌てて、俺に駆け寄ってくる。


「な、何でこんな汗かいてんの……」


 俺の側にしゃがみ込んで、ハンカチで俺の汗を拭ってくれる。

 本当に優しい。

 それに比べて俺は……


「あはは、せっかくの告白だっていうのに格好つかないな」

「え……告白って……」


 野々瀬の白い顔が赤くなっていくが、それでも潤んだ瞳でジッと俺を見つめる。

 俺もその目を見つめる。

 

「野々瀬のことが好きだ」


 今度こそ目を逸らさない。


「好きだから側にいたいし、側にいてほしい。俺はダメなところもたくさんあるけど、誰よりも野々瀬を幸せにするし誰よりも幸せになると誓うよ」


 あぁ……やっと言えた。


 見つめている野々瀬の目からは涙が溢れている。


「何で……私なんかを……」

「野々瀬は俺のこと嫌いか?」

「好き……好きに決まってんじゃん……! 嫌いになんて、なれるわけないよ……」

「そっか、よかった」


 俺たちは、まだ子供だ。

 一人で背負いこまずに、もっとバカになって生きてもいいんだ。

 苦しみを抱えているのなら助けを求めればいいし、助けたいなら助ければいい。

 好きなら好きって言えばいいし、一緒にいたいならいればいい。

 結局のところ自分に正直になるのが、幸せへの一番の近道なんだ。


「本当に私でいいの……? 汚い手段でお金を稼いでたような女だよ? めんどくさいし、重いし、付き合ったら絶対後悔するよ……?」

「しないし、させないよ」


 野々瀬は止めどなく溢れていた涙を拭いて、ようやく少しだけ笑みを見せた。


「……尻餅ついたまま何言ってんの……ほんと」

「嫌か? こんな告白のされ方は」

「……立って」


 そう促されて、俺はズボンの雪を払いながら野々瀬と共に立ち上がった。


 そして野々瀬は俺の胸へと飛び込んだ。


「座ったままだと抱きつきにくいじゃん……バカ……」


 顔を真っ赤にさせて囁く野々瀬を俺も優しく抱きしめた。


 雪の降る寒空の下だったが、その時間はとても暖かく感じた。


 *


 あれから1ヶ月が過ぎた。


 野々瀬……真衣のお母さんはその後順調に回復して、無事に退院できた。

 まだしばらくは安静にしていないとダメだが、莉乃ちゃんが家事を手伝ってくれているから何とかやっていけてるそうだ。

 真衣は家の近くのファーストフード店で働きだし、俺もそこでバイトを始めた。

 高校では会えない分、少しでも真衣といれる時間を作りたかったからだ。

 稼いだバイト代は真衣に渡そうとしたが、それは俺が稼いだものだからと受け取ってもらえなかった。

 なので二人の将来のために貯めておこうと思う。


 そして、今日。

 二人とも休日ということで、真衣が初めて俺の部屋にやってきている。


「どうよー高校は?」

「まあ、それなりに楽しくやってるよ」


 停学になってからは、俺に話しかけてくる奴は随分と減った。

 それでも元から友達だったうちの数人は、今でも変わらず接してくれる。

 本当にいい友達に巡り会えたと思う。


「そっか……ホントは高校辞めたのちょっとだけ後悔してんだよね。拓人と一緒にもっと高校生活送りたかったなって」


 そう言いながら、真衣は俺のベッドに座った。


「……だからその分さ、たくさん思い出作らせてね」

「ああ」


 真衣がトントンと自分の横のスペースを叩いたので、俺はそこに座る。


 ちなみに今日は父さんも母さんも夜まで帰ってこないので、今は俺たち二人きりだ。


「あ……あのさ、前に私さ、あの画像以上のことはしてないって言ったじゃん……?」

「あ、ああ」


 横目でチラリと真衣を見る。

 顔は耳まで赤く、何やらそわそわとしている。

 

「それがホントかどうか……確かめてみてよ……」

「え? それってどういう……」

「っ〜〜〜〜!! それを私に言わせる気かよ!?」


 真衣は枕でぺしぺしと俺を叩く。

 

「えっと、よろしくお願いします」


 と俺がいうのと同時に、俺たちは自然とベッドへと倒れ込んだ。


「拓人……好きすぎて気持ち抑えられないかもだけど……引かないでね……?」


 真衣と付き合い始めて気づいたことがある。

 人前ではクールな彼女は俺の前では明るくて、笑顔をよく見せる。

 そしてデレた時の破壊力は結構……いや、かなり強いっぽい。


 そんな彼女を一生かけて幸せにすると、俺は改めて心に誓った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 素直なストーリー。 読後に短編としての満足感がありました。 [一言] 控え目に言って好きです。
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