8-14-2
「ところでさ?」
グラスの中身を一気に飲み込み、マツに問いかける。
結局近くにあった酒場に入ることにした。
戦いの前に酔っていいものか…まあいいだろう。
「なんだよ?今更闘技場をキャンセルなんて無理だぞ?」
「いや、そんなこと言わないよ。」
「ならいいけど。結構多いらしいからな。ビビッて逃げるやつ」
「気持ちはわからなくもない」
正直、闘技場への参加は僕の中で優先順位が下がっていた。
特に戦いが好きなわけではないし、外に出る口実というか景気づけのような気持だった。
「で?なんだっけ?」
「さっきの子…名前聞けなかったけど。あの子が言ってた"船長の加護"って何?」
「知らないんだったか。ほんとに箱入りというかなんというか。世間に触れてきたのか?」
「それはそれだろ。世間には触れてきてるつもりだけど」
マツはグラスを飲み干し、店員におかわりを求めると大げさに天を仰いだ。
「トラソーンの構成からもっかい話してやるよ」
トラソーンは4つの地域を束ねてできている。
地域によるが、主にマヒトとアジンの2種族混合で生活圏を形成している。
出身にもよるが、ハルみたいな環境はある意味特殊ってわけだ。
一つ目の地域が"ガラムア"。まあ言うまでもないな。
ガラムアの特徴は住人が100%マヒトであること。
それ以外特にないが、マヒトにとっては住みやすい場所だな。
そうは言っても富裕層が強いことは当たり前だし、俺らみたいなやつらは結局闘技場で一発あてるしかないわけだ。
二つ目の地域が"マフマロイド"さっきの女の子が言ってた地域。
この闘技場を中心として、北東に位置する地域だな。
言わずもがな魔法が発達した場所でもある。アジンの割合が多いことも特徴かな。
で、船長ってのがこのマフマロイドで魔法を生み出した始祖と言われる人のことだ。
絶対的な力をも持ち、今もこの世界のどこかに暮らしている。
その証拠に、今でもこの辺の店に売られている魔法具は船長が作ったものが多いんだ。
まあ、本当は普通の魔法使いなのかもしれないけど、存在が幻過ぎて信仰の対象になっている。それが船長だな。
かくいう俺も船長の魔道ゴーレムにはよく金を使ったよ…。
そこまで話すと、マツは一息ついて目の前の料理を口に運ぶ。
「話すと疲れるわ。そもそもどこまで話せばお前の穴を埋められるのかわからん」
「そんな全部言わなくても。船長か。会ってみたいな」
「よくよく考えたらさ、もうお前は外に出たんだから全部行けばいいんだよ。頭だけじゃ景色は見えないんだから」
「それもそうだね。気づきってやつ」
魔法の始祖、船長か。今回、闘技場に挑戦するわけだが正直なぜ魔法が蔓延るこの国でアナログな戦いが流行るのかがわからない。
先ほどの少女から貰ったお守りもそうだが、この国には僕の知らない技術が多くある。
しかし、人々は本能的な刺激を求めなければ生きていけないのかもしれない。
「これから、どうしていこうかな」
「とりあえず今日の試合に勝ってから考えんだよ」
試合まで残すところ二時間ほどあった。
そろそろ闘技場に向かおうと腰を浮かせようとする僕をマツが手で制した。
「なんだよ。もう出た方がいいだろ」
「あいつらが見えなくなるまで待っとけ」
マツが酒場の外をじっと見つめていた。自然と僕の視線もそっちに向く。
そこには黒いローブに身を包んだ集団が歩いていた。
様々な年齢層が混ざっているように見えるがよくわからない。というのも各々が金もしくは銀のマスクをつけている。
首からは青く輝く宝石をぶら下げていた。集団が通る道の周りを皆が避け、下を向いていた。
「誰なんだあいつら」
「あぁ、さっき説明しとけばよかったな。あいつらは…」
マツが答えを言おうとするのとほぼ同時、酒場の外で怒声が響いた。
「ダレだ!この俺様にぶつかるクソガキは!ブッ飛ばすぞ!」
さっきの集団の中でも比較的若い金髪の青年が怒鳴り散らしていた。
金のモノクルをつけ、首の宝石はぶら下げていないが右手の指に大きな青い宝石の指輪をつけている。
目の前で子供がへたり込んでいた。
「おいおい、誰か止めてやれよ。行くぞ!マツ!」
「あっ、おい!待てよハル!」
マツの静止も間に合わず、金髪の青年の前に僕は飛び出した。
「おい!子供相手だろ!やめてやれ!」
「ダレだぁ?お前?…新参者だな?」
「誰でもいいだろ。怪我したわけでもないんだしやめろよ」
金髪の青年が僕をじっと見つめる。間近で見るとかなり若い、明らかに年下だった。
こいつも子供じゃないか。どうして誰も止めてあげないんだ。
金髪の青年は頭を掻き、大きくため息をついた。
「アホくさ」
「は?」
「アホくさって言ったわけ。お前のことは報告するし顔も覚えた。さっさとどっか行ってくれ。」
「とりあえずこの子に謝るくらいは…っ」
後ろから伸びてきたマツの手に続く言葉を遮られる。じたばたと暴れるがマツは真剣な表情だ。
「すいませんね。俺らもそろそろ行きますんで。」
「アンタ、そいつの連れ?ちゃんと教育しなきゃさ。ダメだよ」
「今日初めて出たもんで、よく言っときますよ」
穏便に済ませようとするマツの姿勢が気に入らないが、僕が何かを言う前に集団は去っていった。
集団が離れたところでやっとマツの手が離れた。
「なんなんだよ。また僕が世間を知らないっていうわけ?」
「そういうこと。とりあえず時間食っちまったし闘技場に行こうぜ」
歩き出すマツの背中を追う。庇った子供はいつの間にか消えていた。