表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢を見る国  作者: 3otu
8-14
1/3

8-14-1

「お、やっと来たか!」


目の前に立つ男、マツがこちらを見て笑っている。

こちらもぎこちなく笑顔を返す。


「どうよ、闘技場初戦への意気込みは?」

「どうもこうも落ち着かないよ…」

「まあ最初だからな。そんなもんだよ。まだ時間はあるんだし、どうする?」

「そうだな、少しうろついて何か軽く食べたいんだけど」

「了解。あんまりこのあたりに来ることもないし、見て回りますかね」


ここはトラソーン。4つの地域を束ねてできた国だ。周囲は堅牢な壁で覆われ、外界との接触を遮断している。

壁の外側はただ広い荒野が広がっていると言われており、誰もその果てにたどり着いたものはいない。

何人も調査に出かけて行ったが、戻ってきたものは現れないことから、外の荒野には魔物がいるというのが最近の有力説である。

閉鎖的な環境でありながら、多くの国民はすでに壁の外への興味を失っていた。皆がそれぞれにこの世界を愛していた。


闘技場の周囲はかなりの活気に満ちており、多くの人がいた。

何かわからない物を扱う店に初めて見る料理、全てが新鮮だった。

キョロキョロと落ち着かない視線を漂わせていると、胸のあたりに軽い衝撃が来る。


「きゃっ!すいません。よそ見をしていて…」


声のほうを見ると視界にはフワフワした…耳があった。


「いやいや、すいませんねお嬢さん。ケガはないですか?」


思考が追い付いていない僕を見かねたマツが、代わりに声をかける。


「こいつは今日初めて地元を出るもんだから浮かれちゃってさ?なあ?」

「あ、ああ。そうなんです。こちらこそよそ見をしていて申し訳ない」

「いえ、全然大丈夫です!体の柔らかさが取り柄なので!」


少女のようなあどけなさの残る、大きな青い瞳がこっちを見つめていた。頭にはフワフワとした毛の生えた大きな耳。

ゆったりとした白いワンピースを身にまとい、四肢にも栗色の体毛があった。


「もしかして、初めてですが?アジンを見るのは?」


僕の表情を見て察したのか、少女は小首を傾げる。僕は機械のように首を縦に振った。


「初めてです。本当のアジンに出会ったのは。その…すごい…感動してます」


トラソーンには言語を操る2つの種族がいる。マヒトとアジンだ。

マヒトは古くからヒトと呼ばれる血統を色濃く受け継いでおり、姿をあまり変えずに生きてきた。

一方、アジンはヒトの姿に獣の特徴を多く引き継いでおり、大きな耳と体を覆う体毛が特徴である。

マヒトとアジンは容姿こそ違うが、能力的に大きな差はなく、強いて言うならばアジンの方が聴覚が発達しているらしい。


「ということは…ガラムア出身ですね!良ければお名前を教えて頂けますか?」

「え?えっと…ハルです」

「ハルさん!素敵な名前ですね!少々お待ちくださいね。えーっと…あった!」


少女はゴソゴソと手に持っていたバスケットを漁り、小さな四角い板を取り出した。板は淡い緑色に輝いている。


「ホントは売り物なんですけど、初めてを経験したハルさんにサービスです!」


少女は笑顔でそういうと、四角い板に息を吹きかけた。板が薄く発光し、内部に文字が刻まれていく。


「はい!マフマロイドのお守りです!船長の加護がありますように!」

差し出されたお守りを受け取り、光にかざす。お守りの中で自分の名前が反射していた。


「これが魔法…。すごい…」

「感動しました?これからもっと色んなものを見れるといいですね!是非マフマロイドにもいらしてください!」

「ありがとうございます。今度必ず寄らせてもらいますね。ちなみにあなたのお名前は?」

「内緒です!また機会があることをお祈りしていますね!それでは!」


それだけ言うと少女は颯爽と去っていった。この世界でまた会うことができるのだろうか。


「随分と元気のいい子だったな。よかったじゃん、お守りもらえて」

「そうだな…ある意味マツのおかげだよ。ありがとう連れ出してくれて」

「ははっ。気持ち悪いからやめろよ。ほら、食いたい飯でも探せよ」


ほんの少しの時間だったであろう。そうは思えない大きな衝撃だった。

世界は広いんだ。あの退屈な日々からは抜け出してきたんだ。

そう思うと脳が痺れるような感覚に囚われた。ただ歩いているだけで笑えてしまう。


「ホント、今までの態度が嘘みたいだな。もっと早く連れてきてやるべきだったぜ。」


マツが隣でやれやれと言わんばかりにため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ