王子の従者のひとり語り
呪われた王国シリーズ3作目。
※この国の男性王族は呪われています。学園に通う15歳から18歳の時期に『無邪気なヒロイン』に強制的に出会い結ばれる為の様々なトラブルに巻き込まれるという傍迷惑な呪いに。呪いに抗いながら幸せを模索する王族やその周囲人々を描いたシリーズです。
先の投稿の王子たちの兄、第一王子の話。
第一王子の側近目線です。
今日も俺の主人がおかしい。
いや、おかしいと言っても別にそれが通常運行なわけではない。
おそらく主人のこのおかしさを知っているのは俺と主人のご家族、そして主のご婚約者様だけだ。
……うん、そのはずだ。
そうでなくては困る。
俺の主人ユリウス様は、未だ学生という立場であるにもかかわらず既に他国からもその優秀さで一目をおかれている、我が国の王太子なのだから。
◆◆◆
「ーーーはぁ……うん、よし!」
「いや、何なさってるんですか……ま、相変わらずである意味安心しますがね!」
凛々しい横顔で執務机の書類に手を伸ばし、気合いを入れたユリウス様。
一見何気なさを装ってますが、貴方今、そのハンカチに思いっきり鼻埋めて匂い嗅いでましたよね?
全身隅々まで行き渡らせる勢いで吸い込んでましたけど。
……ああ、そういえば昼食後にこの部屋でレティーシア様付のメイドが探しものしてたっけ。
要するに今日のハンカチは新鮮なんですね?じゃあ仕方ないです。
「ランドール、これは資料のチェック部分を再検討するよう税務担当官に差し戻せ」
「畏まりました」
「……ふぅ」
あ、また匂い嗅いでますね。
疲れが溜まってるんでしょうかね?
仕方ないから明日は公務を少し減らして、レティーシア様とのティータイムでもセッティングするか。
時々本物で充電させとかないとパフォーマンス落ちるからなぁ、この人。
まあ、落ちても普通の人からすれば十分優秀なレベルなんだけどさ。
「それと、先日追跡調査をさせていたサンダース伯爵家の令嬢はその後どうなった?」
「マリア・サンダース嬢でしたら、結果は『クリア』でした。婚約者もおりませんでしたので、そのまま対応はジョナサン・クライムに任せております」
「そうか、では保留していたサンダース家は不問で処理だ。令嬢は問題なければそのままクライム侯爵家か?」
「報告の感じではおそらくそうなるかと」
「それなら良かった」
世間からは美貌の鉄面皮というわけの分からない二つ名が付くほど、ほとんど表情を変えないユリウス様だけど、実は目にはしっかり表情が出ている。
今も安堵からか一瞬ではあるが目が優しく細まった。
「学園から離れて3日で落ち着かれたようで、大変恥じていらっしゃったとジョナサンが申しておりましたよ」
「あいつは優しい男だ。きっと彼女も幸せになれるだろう」
「少なくとも、ジョナサンはそのつもりのようでしたから大丈夫でしょう」
「ああ、そう願うよ……はぁ」
ユリウス様はそう言うと、もう一度ハンカチを口元にあてて深く息を吸い込んで匂いを堪能した。
あーあ、これがなきゃめちゃくちゃ優秀でカッコイイ主人なんだけどなぁ。
明るい金髪は緩く波打ってキラキラしてるし、ブルーグリーンの瞳だって知的な輝きを放っている。
少し鋭い目元と、余り変わらない表情のせいで年齢より大人びて見えるからか、イケメンというより美丈夫という印象だけども、次期国王として貴族はもちろん国民からも大変人気がある人ではある。
まあ、陛下について行った外交先の夜会で初対面のレティーシア様に突然プロポーズした13歳の頃から、レティーシア様とレティーシア様の匂いが大好き過ぎる残念変態王太子になっちゃったんだから仕方ないんだろうな。
先祖返りが強めに出てるから匂いに敏感だとかで、何代か前の獣人だった王妃様の影響らしいから。
耳も尻尾も出ないから、本当にそのせいなのか単なる主本人の性癖なのかは追及したことはないし、するつもりもない。
仕方ないと分かってはいるんだけど、やっぱり婚約者のハンカチをスハスハしてハンカチ休憩している姿は、見ていて少し残念なのは間違いない。
◆◆◆
この国の王族は数代前から呪われているのだが、それは公然の秘密である。
呪われた瞬間を目撃した者が多い為、王族が何か魔法をかけられたことは多くの貴族が知るところだ。
友好国の王家にも、呪いの対象者と呪いを受ける時期については共有されている。
対象になる王族のその時期の外交への不参加や、王族が他国の者と縁談を結ぶ場合に理解を求める必要があるからだ。
だが呪いに関する詳細については、王家と王家の血を引く高位貴族家に知らされるのみだ。
呪いをうけて周囲を巻き込む王族への批判を懸念したという面はもちろんあった。
しかしそれ以上に、呪いに巻き込まれた者たちのことを極力公にしない為でもあった。
呪いの影響を受けた者の身元はもちろん、その後の処分に関する詳しい内容は関わったものだけにしか知らされない。
その時期をむかえる王族の側近たちは下位貴族であっても時期をみて詳しく知らされるが、もちろん家族に対してすら秘密厳守である。
なぜそこまで情報の扱いに慎重になるのか。
実は、王族の受けた呪いに関して起きるトラブルにおいて、問題行動を起こす者が主に2タイプに分類されることが分かっていたからだ。
まず問題行動を起こす人物は一般的に美しかったり愛らしかったりする外見を持っているという点については、どちらのタイプにも共通している。
一方は、身分を問わずかなり優秀な才能を有しており、素直で伸びしろも大きく、呪いの影響を脱した後は国を支える貴重な人材となるタイプで、俺たちは『クリア』と呼んでいる。
『クリア』の中には聖女であったり、国の発展に大きく寄与する技術や知識を持つ者がいたりと、国外に出したり身元が分からないものの手に渡すことで、令嬢本人だけでなく国民が危険に晒されることが懸念される場合が多い為に国の保護対象となっている。
もう一方は、才能はあるものの自己評価が異常に高く、他者を操ったり貶めてでも玉の輿を狙ったり自らに関心を惹こうとするいわゆる猫かぶりタイプであり、また、詳しく調査をすると元々マナーや貞操観念が好ましくないという者を『ダーク』と呼ぶ。
『ダーク』の場合は非常に強い魔力や魅了に近いレベルでの他者への異常な影響力を持ちながら、倫理観に問題があるものが一定数いるため、悪質と判断された場合は魔力制限紋を刻まれ特別修道院へ送られ、特に悪質な者は魔力封印紋を刻まれ幽閉される。
そこまでの措置が必要ないと判断された『ダーク』は、問題行動による退学処分となり自宅へ戻されるが、本人のみならずその家族も監視対象となる。
なぜなら、そのタイプの『ダーク』の場合、何故かその家族も不正や犯罪を犯している場合が多く報告されているからである。
どちらのタイプでも問題行動だと判断された段階で、まずは呪いの影響から隔離すべく、即座に担当者に付き添われて学園を離れることになっている。
離宮に作られた『隔離室』と呼ばれるエリアで一週間程度過ごし、その間に王家の影が過去を調査し、担当者が呪いの影響が抜けたか否かを判断することになる。
どちらも問題なければ『クリア』と判断され、婚約者がいないものは特に互いに相性が合わない場合を除き、担当者が婚約者になることが決まっている。
担当者は学園卒業済みの年齢で、且つ呪いの事情を知る高位貴族家の嫡男以外と、王族の側近で構成されており、担当者を希望する者たちは誰かの担当となるまで婚約者を作ることはない。
『クリア』の令嬢たちは身分はあまり高くないことも多いが、これまでの経験から本人の性格も素直であり、美人な上に非常に優秀であることが分かっており、嫁いだ先でも様々な面で婚家を盛りたててくれるため、各貴族家も比較的喜んで迎えられている。
もちろん『クリア』であっても元々婚約者がいるものは当人の家族と婚約者の下へ一度戻された上で、『王家の問題に巻き込まれたため』という説明を受けると共に、ある学校へ転校を命じられる。
それは『隔離室』のある離宮近くに100年前に設立されたサクラ学院。
ここは女子学園で国が認めた者のみが通うことができる5年間学ぶ少人数制の学校であり、王立学園と同じ授業の他に、高位貴族レベルの知識と希望すれば高レベルな魔法まで学ぶことができる。
ここを卒業すれば侯爵家や公爵家へ嫁いでも困ることはないし、そうでない場合も王宮などで官僚や女官として優先して採用されることが決まっているのだ。
ちなみに、『ダーク』の場合は『隔離室』で過ごすと逆に周囲に対して攻撃的になるが、呪いの影響は微小であくまでもきっかけ程度であるとこれまでの事例で分かってきてはいる。
もっとも、『クリア』にしても『ダーク』にしても何故そんな人物だけを狙って呪いが影響するのかは、今でも分かっていない。
とにかく、そういった表沙汰にできない様々な事情もあるため、学院の生徒たちには退学していった者たちのことをあくまでも『体調不良による退学』と伝えてあるのだ。
問題行動や、その直後に王族の護衛に連れ去られている所を見ているものもいる為に、それが事実ではないと思うものも多いだろうが、王家や学園がそのように発表していることに表立って反論するものはいなかった。
かといって、人の口に戸は立てられぬとは良くいったもので、起こった事実から容易に推測できる範囲の噂だけは広く知れ渡ってしまっているのが現状だったりもする。
『どうやら王族の男子が学園にいるとトラブルに巻き込まれるらしい』
『男子の王族が学園にいる時には複数の女生徒が問題を起こして退学して姿を消しているらしい』
『特に王子が学校にいる年は魔物が王都に出たり大きな災害が起きたりするらしい』
『魔物や災害が起きても何故か毎回人的被害が出る前に国が対処してくれるらしい』
などなど、とにかくこの手の噂は数多く出回っている。
まあ、実際の所どれも嘘じゃないわけで、王家も呪いに関連しての様々な法整備の理由をあえては説明しないので、国民も噂は事実なのだろうと納得しているようだ。
◆◆◆
書類仕事に追われる主のために紅茶を入れて近づくと、右手で次々に書類を捌きながら、左手でハンカチをスハスハして時折デスクに飾られた婚約者の写真にチラリと視線を送っている。
無駄に器用ですよね、相変わらず。
そんな高性能マルチタスク能力は、できれば仕事に全振りしてもらったら俺ももう少し楽になる気が……ん?いやいや、むしろ仕事に忙殺されるかもしれないな。
やっぱりうちの主はこの性癖と婚約者様に関してだけ残念な変態のままでいいや。
「では、この書類を回してきますので、ユリウス様はこちらの山を決済お願いしますね?」
にこやかに脇のデスクにあった書類も追加した書類入れを指差すと、鉄面皮の眉間が少しだけ寄る。
「ん?おい、いつもより多くないか?」
「ああ、明日の分で前倒しできそうな分も足しておきましたからね~」
「は?」
「その代わり、明日はティータイムをレティーシア様とゆっくり過ごせるようスケジュール調整しておきます」
「ーーそうかっ!では頼んだ!」
「おまかせください。では失礼いたします」
ブルーグリーンの瞳にだけ喜色を浮かべた鉄面皮な美麗の主に背を向けて、執務室をあとにする。
さてさて、さっさと財務担当者をちょこーっと締め上げてから、レティーシア様の侍女を通して明日のご予定の調整をお願いするか。
俺ってば本当、主思いな良い従者だよな!
自分の為ってところもあるといえばあるけど、概ね良い従者なはずだ。
だって週に最低2回はある程度レティ様補充タイム作らないと、あの人仕事しながらだんだん不機嫌になるし、ハンカチ休憩増えるから決済速度落ちてくるからな。
同じ王宮に住んでて、朝食も夕食も一緒にとってるのに、それでも足りないらしい。
本当は一日中抱っこして過ごしたいんだって言ったときは、流石に俺だけじゃなくて他の王子方からも一斉にダメ出しされてたけど。
レティーシア様、あのユリウス様の匂いフェチにもドン引きせずにニコニコして、本当に嬉しそうに寄り添うし、本当にいい方だよ。
まあ、お二人で過ごしてる時に不用意にあまり近くに控えてると、余りの雰囲気の甘さに口の中に砂糖爆弾食らった気分になるから、あれだけは少し控えめにしてもらえると助かるんだけど……無理だな。うん。
レティーシア様付の侍女やメイドも時々「糖分過多ですっ」て、部屋の外で顔赤くして蹲ってるもんな。
あの人、レティーシア様に何してるんだろう。
あーあ、早く俺も恋人欲しいなぁ。
あと半年で卒業だし、それまではとりあえず我慢だろうなぁ。
卒業したらすぐ、担当者に立候補させてもらえないかユリウス様に頼んでみよう。
俺が担当する『クリア』ちゃんはどんな子になるかなぁ?
あーやばい、今から楽しみで仕方ない。
end
一応王子にお願いしてみたものの、卒業してすぐ結婚した王太子の執務は当然暇なはずもなく、担当者になる許可をもらえたのは卒業して数年後だったとのこと。
ランドール頑張れ(笑)
シリーズ1作目が、昨日異世界恋愛ジャンルの日間9位まであがっていました。
皆様、ありがとうございます。
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