再会
婚約者を探せ探せとうるさい周りにうんざりした顔の皇子が城の廊下を歩いていた。市井で命を狙われて暗殺者に『お前なんざ殺しても意味ねえ』と言われ見逃されて5年。皇子は21歳を迎えていた。皇子の父、現国王がまだまだピンピンしているから良いものの、この歳になってもまだ婚約者を決めていない皇子は歴史上1人もいない。この国の王家は皆初恋が早目で狙った相手を絶対に逃さないからだ。
「本当は今日のこれだって欠席したいんだけど」
隣を歩く王家の護衛騎士にそう愚痴ると笑われた。
「ディフィル様、それを私に言わないでくださいね。私はこの性格故婚約者なんて絶対に出来ません。毎回婚約者を見つけるパーティーでこの国の令嬢がこぞって名乗りをあげる貴方に言われると単なる嫌味です」
笑っているがかなり黒い笑み。皇子は背中を冷たいものが走るのを感じた。漏れ出る殺気に身を震わせた。
「すまない、以後気をつける」
「なら良いです。できればお零れを頂けると嬉しいですね」
殺気を片付けた護衛騎士。この騎士、見た目も性格も悪くはないが発言や行動が冷たく見えがちだ。猛烈アタックを仕掛けてきた令嬢にブリザードを浴びせて半泣き状態にしてしまった事案がいくつかあるので誰も寄り付かない。物好きな令嬢がいれば良いのだが。
「で、市井で見たと言う運命の相手にはまだ会えていないのですか」
5年前の少女を忘れられず、毎週1日は市井に降りてその少女を探している。昨日がその日にあたり、1人で見て回ったのだが見つからなかった。
「ああ。そもそも素顔を見ていないので雰囲気で探しているんだけれども、それでも見つからない」
「雰囲気ですか、どんな感じですか、ふわふわとした?」
「殺気を出すタイミングを分かっている、感情を見せない雰囲気」
「それ、雰囲気なんですか?」
訝しげな様子の護衛騎士に「さあ」とぞんざいな返事を返して、足を止めた。皇子の前には白い大きな扉。その向こうには国の要人たちとその娘が集まっている。
「戦場ですね」
「屈辱的な現場ですね」
お互いに違う感想を言って扉の両脇に控える騎士に頷きかけた。騎士は目礼をして恭しく扉を開く。その瞬間聞こえる吐息と歓声。
「ディフィル様だわ」
「美しい」
「数年前まで何もできない方だったなんて分からないわ」
令嬢の、熱い視線が痛い。そして後ろを歩く騎士のじっとりとした視線も痛い。
現実逃避に、フロアの端にいる公爵を見た。彼には娘がいないのでそちらを見ていれば。そう思っての行動だったのだが、どくりと心臓が変な音を立てた。
「あの令嬢は。公爵に娘はいなかったはずだが」
「どうやら市井で拾ったみたいですよ。顔を仮面で隠している変な子ですが気立もよく隠されていない顔のパーツは美しいと評判で。嫌な令嬢も話術で淡々と撃退してしまうすごい子だと」
真っ黒い髪に真っ黒い瞳。しかしその瞳は片方だけしか見えなかった。もう片方は仮面の奥。すっきりとした鼻梁に感情を乗せていない唇。
そして、ちょっとだけ漏らした殺気。思わずそちらに足が向かった。それに気づいた公爵が娘の腕をがっしりと掴む。娘はげんなりした顔で公爵を人睨みし、愛想の良い笑顔を貼り付けた。
この子だ。
びびび、ときた皇子は公爵に声を掛けて娘を紹介しろと促した。