新しい依頼
「おいおい、またかよ」
暗殺を生業としている少女は目深くフードを被ってため息をついた。
「何で毎回おんなじターゲットを殺せというんだ。私はそいつを殺したくないと何度も言ってるだろうが」
昔、国境で大きな戦いがあった。今は廃墟と化しているがそこにはその戦いの跡がそのまま残っている。そこで武器を拾って磨いて使っている少女は風変わりな暗殺者と言われている。少女以外の暗殺者は自分の使いやすい形のものを特注するためだ。そのかわり、バカ高い武器代をコミコミで請求する他よりも依頼料が安く済む。成功確率も他の3倍だ。たまに気が向かなくて殺さないこともあり、かなりの気分屋だが腕は良い。
そんな彼女を屋敷に呼んで依頼しているのはこの国の公爵家。これで4度目。公爵家が殺せと何度も言うのは、1度目に声を聞かせて逃したターゲットだ。この国の皇子。
「でも、だ。それに貴族には色々とあるんだ。無駄な詮索はするな。それにあんたが変なことをするからへなちょこから立派な皇子になってしまったよ。あのままであれば勝手に自滅したものを」
「苦情を言われても困る。こっちにも気分ってもんがあるんだよ」
すん、と鼻を鳴らす少女に公爵家はじとりとした視線を向けてから小さくため息をついた。
「そういえば、依頼を選別しすぎて生活費を用意できなくなったようだと聞いたけれど」
少女は目を光らせて公爵家を見た。
「何が言いたい」
少女は自分がしたくない仕事は請け負わない。そのせいで日々の生活はカツカツでついこの間まで暮らしていた家からは追い出された。3ヶ月の家賃滞納は見逃されないことだった。
「この仕事を受けてくれれば公爵家で一緒面倒を見よう。生活費、食費諸々。勿論したくない仕事はしなくても良い。出来れば家畜を締める仕事は毎日して欲しいが」
「で、本当の狙いは」
長年暗殺をしてきた少女はこの美味い話に裏があることを分かっていた。公爵家はにやりと笑って言った。
「公爵家にあんたを迎え入れて公爵家の娘として皇子の婚約者パーティーに送り込む」
「そこでうまく取り入ってうまく殺せって言ってんのか?」
「そんなこと、言ってないよ」
しかし、その笑顔は是と言っている。少女はため息をついて公爵家を見た。
「因みにこれを断れば?」
「おんなじ派閥の者たちに君に依頼しない方が良いと言う」
何故か分からないが少女に皇子を殺させたいようだ。少女は大きく息を吐いて頷いた。
「分かったよ。だけど顔半分を隠す仮面は日頃からつけさせてもらうよ、化粧とかも無し。爛れるから。あと、侍女とかいらない。でも、いいとこの娘役なら出来るから安心しな。それで良ければ」
どこで学んだのか少女は貴族が身につけている教養は一通り習得している。それを知っている公爵家はその言葉に頷いた。そして、仮面をつけたいという少女の言葉も飲んだ。
「じゃあ、君に名を与えなければね」
暗殺者、という固有名詞でしか呼ばれたことのない少女はちょっと瞳を揺らして笑った。
「変な名前じゃなければ何でも良いよ」