紅の少女
美しい少女がいました。幼少のころより愛らしい少女でしたが、成長するにつれてますます美しくなってゆきました。両親に愛されて育った少女は、あらゆる人々を魅了しました。
両親以外はふれることもできないほどの美しさです。
声をかけることもためらわれます。
愛すべき存在をまえにして、だれが情けない姿をさらせるでしょう。
少女がそこにいるだけで、誰もが態度をあらためました。たとえ少女がいなくとも、その美しい姿を心から消し去ることができなかった者たち、つまりはすべての人々が、己の生き方を改めることになります。
ひどく粗暴であった男は、少女の美しい姿を目にしたことで勇猛な将軍となりました。陰口しかいわないような噂好きの女は、少女の美しい姿を目にしたことで立派な宗教指導者となりました。
あるとき、少女の母親が闘病の末に亡くなりました。
少女は悲しみを知ることでも美しさを増しました。腰の曲がった老婆たちが、つえを放り出してスキップをするほどの美しさでした。半死半生で倒れていた浮浪者は、少女が近づいただけで飛び上がり、声をかけられることで成り上がる力を得ました。少女の姿を一目拝みたいがために、盲目であった人々が視力をとりもどしました。
あるとき、少女の父親が不慮の事故により亡くなりました。
深い深い哀しみに沈んだ少女は、それでもなお美しさを増していました。儚さをあらわした少女が通りを歩けば、だれもが目を惹きつけられ、その美しさに息をのみ、呼吸をわすれ、酸欠で倒れそうになってしまいます。
いくつもの夜をこえて、どれほどの涙を流したのでしょう。哀しみをたたえる少女は、街の中心にある広場へと向かいました。彼女の心をあらわすかのような空模様でした。雨に濡れる美しい少女の姿を目にして、気を失いかける住民たちが、命の危険を察して広場から立ち去ります。彼らは命を惜しんだのではありません。やさしい少女の繊細な心に、負担がかかることを恐れたのです。
少女は広場でひとりになりました。
雨に打たれながら、あるいは死を願っていたのかもしれません。
そんな少女のまえに、一匹の野良犬があらわれました。
野良犬は少女のまえに座り、孤独な少女を案じるかのように、純粋な瞳で少女をみつめていました。少女の美しさは、動物たちをも魅了したのでしょう。いつの間にか少女の周りには、何匹もの犬や猫、馬や鳥などの動物が集まっていました。
愛に満ちあふれた動物たちに囲まれ、そして、少女は儚げに微笑みました。
美しい姿であったのでしょう。微笑みを向けられた動物たちは時間が止まったかのように動きをとめました。あまりの美しさに見惚れてしまったのか、空から落ちる雨粒さえも動きをとめました。その衝撃的な美しさは瞬時に伝わり、街中の雨粒が落下を途中でやめてしまいました。空を覆っていた雨雲も、少女のうえから去ってしまいました。
太陽から放たれた光が、少女に降りそそぎました。
まるで鏡のように、儚くも微笑む美しい少女の姿が、空中にとまった水滴にうつります。光は次々に乱反射をくりかえし、街中の水滴に美しい像をうつしだしました。
空中で動きをとめた雨粒を不思議におもっていた街の人々は、水滴にあらわれた美しい少女の幻像をみて恍惚を味わい、次々に気を失っていきました。
国王の命により、少女は外出を禁じられました。国の予算と莫大な寄付によって建てられた屋敷のなかで、少女は動物たちと暮らしました。
少女の身の回りの世話するために、幾人もの女性たちが屋敷につとめていましたが、鼻血が噴き出るほど美しい少女と接することはまれであり、会話もドア越しであったようです。
あるとき、隣国の王子が「その女をおれの嫁にしてやる」といったとかいわなかったとかいう理由で多くの国民が修羅と化しているさなか、少女はこの世を去りました。
動物たちと触れ合ってもなお、孤独であったのでしょうか。あるいは少女の美しさは、少女自身の心臓を止めてしまうほどだったのでしょうか。動物たちの異常な騒ぎを不審におもった屋敷づとめの女性が、鏡台のまえで息絶えていた少女の姿を目撃して、吐血しました。
死してなお美しい少女なのです。
とどまることを知らぬ美しさは、見るものを吐血させ、恍惚をもたらします。
幾人もの女性たちが、哀しみの涙を流しながら、恍惚とした表情を浮かべながら、血を吐きながら、少女の身体を清め、棺のなかにおさめました。
作業を終えたとき、少女と棺以外は壁も床も赤く染まっていたそうです。
ともに暮らしていた動物たちは自らエサを拒絶して少女のあとを追いました。
哀しみにくれたのは人間も同様です。
少女を棺におさめたものの、蓋をすることはできませんでした。
少女の美しさは、時を支配する神々、あるいは腐敗菌ですら魅了してしまったのでしょう。少女の肉体は美しさを保ちつづけました。それもまたひとつの奇跡として数えられ、「紅の少女」は聖者として認定されております。
その美しい姿を最期にもう一度だけ拝みたいと願う人々も大勢いました。「紅の少女」に花を添える人々がやってきては、いかなる花も紅く染めてしまいました。命を落としかける人も出はじめたことで、国王命令により、棺に蓋がされ、少女の美しい姿は隠されました。
そちらからご覧になられますか?
奥に安置されている棺こそ、「紅の少女」が眠る棺になります。
許可なく棺のふたを開けることは禁じられております。当然ですね。死者の眠りを妨げることは、忌避されるべきです。
しかし、理由はそれだけではありません。「紅の少女」が伝説となりはじめたころ、当時の王子が興味本位で棺のふたを開けさせたのです。「紅の少女」を目撃した者たちは、王子の目の前で動きを止めました。彼らの心臓は止まっていました。もはや少女の美しさは、見るものを瞬時に天国へおくってしまうものであると伝えられているのです。
美しいものを目撃したときの表情は、みなさん想像がつくとおもわれます。そういった表情で天国へ旅立たれたい方、あるいは、しょせんは伝説にすぎないと疑われる方は、棺の蓋を動かして「紅の少女」の姿を目にしたいとお考えのことでしょう。なにが起ころうとも一切の責任は負いかねますが、それでもよろしければ、申請書類をご用意させていただきます。
えっ、必要ない?
そうですよね。それではこちらをご覧ください。
このローラーこそ、「紅の少女」が愛用していたとされるアイテムとなります。このローラーで気になるところをコロコロしていただければ、脂肪燃焼、老廃物の除去、脱毛、リンパや血流の活性化、保湿といった数知れない美肌効果が期待できます。もちろんお顔にもつかっていただいて──お買い上げ、誠にありがとうございます。