つまらない日常に花束を
プロローグ
世界には…人生にはいつか終わりが来ると誰もがその当たり前に気づいている…知っている。でも、誰もそれを疑問には思わない。人は誰しも終わりが来る。その人生が終わらない人など、この世の何処にも存在しないのだ。そうは思っていても、やはり、まだ生きたい、自分にはやりたいことがあると思う人はいる。だが、それとは正反対の意見を持つ者だって少なからずいるだろう。日々世界は回り続ける。誰かが小さなその声で「待って。」と呟いても、世界は歩みを止めない。待ってはくれない。そんな忙しない日々に私たちは引きづられるように生きている。ほら…今日も何処からともなく聞こえてくる。悲しい悲しい"心の音"が。
つまらない日常に花束を
空の表情が先の見えない暗闇から新しい光の射し込む表情へと変わる頃。春の暖かい風と共に何の変哲もない町の片隅からけたたましいアラームが、一日の始まりを告げるかの如く鳴り響く。勿論この部屋の主である彼女の部屋にも。彼女は忙しなく朝を告げるそれに手を伸ばし、スイッチの部分に触れる。すると、それはさっきまでの覇気を無くすかのようにピタリと動かなくなった。再び彼女の部屋を静寂が包む。刻々と時間だけが、止まった静寂の世界とは別に過ぎていく。5分、10分と。時間の重さだけがどんどん重なる。彼女はその重さと戦いながらベッドの上で、転がり寝返りを打つ。
もう何度目かの寝返りを打とうとしたその時、彼女の部屋の軽量そうな木製の扉が勢いよく叩かれた。規則正しい音やリズムではなく、物凄い音とリズムだ。まるで、工事現場にあるドリルの音と言っても過言ではない。これには、朝寝坊常習犯の彼女も堪らなくなりベッドから上半身を起こす。まだ、ぼんやりとする視界と頭をドアの方に向けると、さっきまでのノック音は止まり、ゆっくりとドアが開かれた。光を差し込まれるのを拒まれるかの如く、カーテンを閉ざしたままの彼女の部屋に一筋の光が射し込む。光と共に入って来たのは新しい朝の訪れだけではなく、夢現をぬかす彼女を現実の世界へ引っ張り込む人物だった。
その人物は扉を開けて早々に、まだ眠そうな彼女を一瞥すると、声量に似合わないその小さな口でアラームのような音を放つ。
「もう!貴方は毎朝、毎朝、何時まで寝ているつもりなの!起きたのなら早く顔を洗ってきなさい!◯◯!!」
と彼女によく似た面影を宿す女性は、部屋のカーテンを勢いよく開けながら言った。これ以上ベッドに潜っていたら、朝食まで抜かれかねないと思った彼女はいそいそとベッドから下りた。そんな彼女を見つめる女性は、彼女が自分の横を通り過ぎ部屋の扉の方へ向かうのを見ながら
「はぁ…。起こしに来れば直ぐに起きるくせに、どうして自分では起きられないんだか…、母さんにはそれが不思議でならないわ」
と部屋を出ていく彼女の背中に向かって投げかけた。彼女の出ていった部屋にはまた、静寂が包み込む。聞こえる音とすれば…、女性の小さな溜息ぐらいだ。
彼女は部屋を出て直ぐにある、一階へと続く階段をゆっくりと重い足取りで下りながらさっき、母から言われた最後の一文について考えていた。
(母さんにはそれが不思議でならないわ)
こう母さんは言うけれど、朝が苦手な女子高生なんてこの世に五万といるだろう。そう、私のように。本当に朝は苦手だ。光が窓から射し込む度にまた同じような日常を繰り返すのかと憂鬱な気分になる。そして、今日もまたつまらない一日が始まるのだ。ある漫画や物語では、誰しも主人公になれるというけれど、それはごく稀なことか無いに等しいことだと私は思う。だって、考えてみてほしい。もしその理論が正しければ、世界中に主人公が溢れ、世界は誰を頼っていいのか、誰を中心に動くのか混乱の渦の中だ。まぁ、そんなに主人公並の意志の強い人々が溢れれば、些細な悩みなど自らで解決してしまうのかもしれないけれど。
私はそんな曖昧な事を考えながら歩いて行くと、いつしかリビングのソファーへと腰を下ろしていた。ソファーの前にある机に置かれた、テレビのリモコンを手に取ると電源ボタンを押した。丁度映し出されていたのは、最近話題になっている「花咲事件」についてだった。花咲事件とは、別に極端に重い話ではない。殺人事件等の罪に問われるといった案件ではないのだ。ただ、どちらかというとオカルト的な話で、真夜中の神社やお寺に髪の長い人物が現れたと思えば、直ぐに消えるというのだ。それを目撃した人物が幽霊だの心霊現象等とはやしたてたせいで、季節に似合わずそんな噂話が全国ニュースに流れる程に一人でに歩き回っている。何故ここまで確証の無い噂が広まったかというと、その人物が現れた場所には咲いていなかったはずの【彼岸花】がその辺り一面に咲くという、現実味のある奇妙な現象が起きていたからだ。その花畑はさぞ美しいと聞く。荒れ果てていた境内に咲いたその花々は人々を誘う様に咲き乱れる。そのおかげが人の寄り付かなかった神社やお寺の境内にも、その彼岸花の花畑の美しさ見たさで連日、人が押し寄せているそうだ。観光業的には最高の噂話となっただろう。だが、それと同時に境内を荒らす者も出始めていた。今は、その話題についてをニュースのコメンテーターや何処ぞのお偉い学者さんなんかが議論している。答えや解決策なんて出ないのに。毎日同じ話題をよくやるものだ。
私がぼーとそんな事を思いながらテレビの画面を眺めていると、テーブルに次々と朝食が並べられていった。トーストに卵焼きにソーセージ、それらは香ばしい匂いを放ち、食欲を湧きたてる。朝食を並べ終わると母はテレビのリモコンを手に取り、電源ボタンを押すとテレビの電源を落とした。
「さぁ、テレビばっかりボーと見てないで。早く朝食を食べないと学校に遅れるわよ」
と言うやいな、台所の方へと引っ込んでしまった。そんな母の姿を見ながら、卵焼きをパクリと咥え、今日も始まるつまらない日常に思いをはせるのであった。
私は壁に掛けられた時計と睨めっこしながら、朝食を食べ終わると自分の部屋に戻り、高校の制服を着始めた。ほんの気持ちばかりの身だしなみを整えると、鞄を持ち、一階の玄関へと向かった。
すると、母が台所から出てきて玄関に近づいてくると
「今日も笑顔で頑張って!いってらっしゃい!」
と満面の笑みで声をかけた。そんな母の言葉に彼女は小さな声で「いってきます」と答えると玄関の扉を開けた。扉を開けると、太陽はギラギラと彼女を照りつけ、その合間をぬって春風が通り過ぎていく。何もない通学路を早足で歩くサラリーマンの姿や、学校に向かっているのであろう小中学生の姿を眺めながら、彼女は欠伸をひとつかく。彼女は自分の通う高校から徒歩15分程の場所に暮らしており、登校時間ギリギリの時刻にいつもこの通学路を通っている。何も変わらない風景や人々、それは時に人を惑わさる。
彼女はまだ知らない、何の変哲もないつまらないこの日常に終わりが訪れようとしていることを。
続く
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ここまで読んでくださってありがとうございます。誤字脱字等、まだまだ拙い文ですがすみません。
もしこの物語を読んで頂き、少しでも「面白い」「続きが気になる」と思ってくださった方がいらっしゃいましたら、評価の方をよろしくお願いします。