お口は災いの元でしてよ。
大広間には多くの人が集まっておりました。これから始まる事の為に、呼び寄せられたのですわ。誰も声を上げることを忘れておりましてよ。
しん、とし、ピンと張り詰める空気、聞こえるのは、サラサラという衣擦れの音。時折上がるわざとらしい咳払い。
ああ……チクチクと、視線が細かな刃となり、身に刺さるのがわかりましてよ。それに込められた感情も。
憐憫、同情、興味、嘲笑。他者の真なる心うちは、目に現れるのですわね。
婚約破棄を公衆の面前で、言い渡されたわたくし。彼はこの国の皇太子。わたくしは、幼い時よりこの王室に引き取られ、お妃教育を受けていました、他国の王女。
わたくしが将来、王妃となるのは国家間で決められた事。そうなるべく、相応しい振る舞い、知識を叩き込まれましたの。日々学んで学んで……、そうしてようやく婚礼の日を指折り数える様になった時。
「婚約を破棄する、祖国に帰るなり、修道院に向かうなり好きにしろ、私は彼女を正妃に迎えたいのだ」
そう言うと、はべっている女をその御身に引き寄せられましたの。彼女は、得意満面な顔で、しどけなく胸元に寄り添いつつ、わたくしをちらりと見てきましたわ。
英雄色を好む、王室の発展の為にも、愛人なりと側妃なりと囲い、子をお作りあそばせ。と、申し上げていたことが裏目にでましたの。何番目かのそれに、正妃の座が欲しいとねだられたご様子ですわ。
「よろしいの?殿下、勝手なことをされて」
助け舟を出しましたの。それでもわたくしの婚約者で、この国の皇太子でございましたから。
「何をだ?そなたの顔など見たくない、この場を下がれ!城から出ていけ!」
お馬鹿さんが、しゃあしゃあと仰られます。
「陛下はご存知?それに、明後日に控えている婚礼はどう致しますの?」
「父上等関係ない、もう成人だ、婚礼はこれな者と挙げる。諸国には……そなたが病に伏したと言えば良い、とっとと!私の国からでていけ!そなたにはがっかりしていたのだ!」
「わたくしが何かいたしまして?」
とりあえずお聞きしておきましょう。
「そなたは他国の王女にも関わらず、この国の者達を籠絡せんと、金品をばらまき、人心を操作し、城を乗っ取る事を企んでおろう!そうはさせない」
まあ!どこまでお馬鹿さんなのかしら……わたくしと殿下の繋がりは、国と国との婚礼ですのよ。それに、わたくしが金品をばらまくとは……、わたくしに仕える者達に心配りをするのは、上に立つ者の役目でしょうに……
今まで何をお勉強されてきたのかしら。
言うことを聞け!と言わんばかりの視線を、ギリギリとわたくしにねじ込んで来ますわ。清純さを装うかのような、淡い水色のドレスを着込こんでいる『女狐』其のものの、じっとりと光る目をした令嬢を抱いて。
「そうですの殿下のお国ですのね、そして……これは、殿下の独断ですのね」
わたくしは……即座に見切りをつけました。軽く合図を送るために手を上げましたわ。それに答える衛兵達。
「なんだ!そなた達!わ、私を誰だと思っておる!」
「きゃぁ!殿下!殿下!」
任務に忠実な彼らは、二人を取り押さえました。その時、わたくしの手の者により、殿下の動きを知らされていた侍従長が、陛下をこの場にお連れいたしましたの。
父上!これは!その女は、そやつは!と失礼な呼び名で声に出し、元婚約者は、わたくしを睨んで来られましてよ。
「無様だな。皇太子妃となるべき王女に落ち度はない。幼い頃よりここで育ち学んでおる王女に、我も王妃も、その振る舞い、知識の深さ、容姿、全てに置いて満足をしておる。将来の国母にふさわしい……して!そなたはいつから、この国の王になったのだ、先程申しておったな」
『私の国から出ていけ』
と……、いつからこの国はお前の物になったのか、どういう事を企んでおるのか、陛下が淡々と問い詰められます。
「何も!やましきことは御座いません!父上!私は明後日、婚礼を控えておるのですぞ!」
身体を拘束されたまま、父である国王に物申す殿下。
「よい。我には息子が七人おる故、代わりはおる。幸いにして二番目は敏い。何故に替わったかと聞かれたら、そなたが病に伏したとすればいい。肝心なのは、我が国の王子と、ルーシャの王女が、神の御前で婚姻をするという繋がりだ」
しれっとそう述べられると、わたくしに手を差し出される陛下。
「私より!その王女の方が大切なのですか!」
「当たり前だ、国を背負う者が大切だ。この婚礼が破談となれば、我が国にどれ程の損害を与えると思う!このうつけが……そこな女狐共々、牢に連れていけ!婚礼が終わり次第引導を渡してやろう」
こうして茶番は終わりましたの。わたくしは義父様になられる陛下に手を取られ、しずしずと大広間を離れました。背後ではがっくりと膝をつき、涙する元皇太子、元婚約者の姿。
そして令嬢が、何か喚いておりましたの。
「この……魔女!そなたは魔女なのだわ!わたくしがこの立場を手に入れる為に手を下した事で、……令嬢と呼ばれるわたくしが!してやられるなんて!」
まあ!女狐がほざいてましてよ。
……、ふ!わたくしは『王族』下々の者からは、姫、王女と呼ばれし身分高き存在。たかが『令嬢』如きに、負けるはずは御座いませんでしてよ。大人しく、二番手三番手で口をつぐんでおられればよろしかったのに。
貴方も! お馬鹿さんでしたのね!オーホホホホ。
そして……明後日、わたくしは縫い上げられた、純白の婚礼衣装に身を包み、髪には華を飾り、聡明な皇太子様と、無事にお式を済ませましたのよ。
彼と女狐のその後ですか?わたくしには、とんと関係ございません。ですから。
どうされたかは……、知りませんことよ。
終。