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第36話 血に染まる

 私は迫ってくるトルベンを、まるで私を取り巻く理不尽な運命そのものであるかのように睨み付ける。


「く……うおぉぉぉぉぉぉっ!!」


 身体中の痛みや疲労をねじ伏せ自らを鼓舞すべく、敢えて大声で気合の叫びを発する。双刃剣を構え直す。直後にトルベンが戦斧を振り下ろしてくる。まともに受ければ確実に力負けするので、躱す以外に選択肢は無い。


 私が横に逸れて攻撃を躱すと、トルベンは一瞬体勢を崩す。それは最初の攻防の再現のようでもあった。しかし私はここで敢えて(・・・)前に出てトルベンに反撃を仕掛けようとする。


「馬鹿めっ!」


 すると当然横殴りのシールドバッシュが私を襲う。これもまた先程の再現だ。違うのは今度まともに喰らったらもう私の身体がもたないという事。だが……


「ふっ!!」


 私は呼気と共に大胆に思えるほど身を屈ませて、まるで地面に這いつくばるような姿勢になる。その甲斐あってシールドバッシュの薙ぎ払いを躱す事に成功した。私の頭の上を重厚な鉄の塊が唸りを上げて通り過ぎていく。


「何!?」


 トルベンが初めて動揺した声を上げる。今度こそ反撃のチャンスだ。私は低い姿勢を維持したまま双刃剣を回転させてトルベンの脚に斬り付ける。


「ぬっ……!?」


 全身甲冑は当然脚部までも覆っている。闇雲に斬り付けた所でこちらの刃が弾かれるだけだ。だからなるべく装甲が薄い足首の関節部分を狙った。その効果があったのか、トルベンはやや怯んだように一歩後退する。


 逃がす訳には行かない。私は奴を追って距離を詰める。


「ちぃっ!」


 舌打ちしたトルベンが戦斧を薙ぎ払う。やや低めの軌道。このままでは直撃する。かといって後ろに跳び退って躱せば仕切り直されてしまう。恐らくそれが相手の狙いだろう。ならば……


「……っ!」


 私は思い切って更に()に出た。もう半ば飛び込むような勢いだ。だがその大胆さが功を奏しトルベンの戦斧を避けて更に懐に潜り込む事に成功した。


「何だと!?」

「うおぉぉっ!!」


 トルベンが驚愕している内が好機だ。私は至近距離なので双刃剣を回す事無く一方の刃を使って、トルベンの甲冑の隙間を狙って攻撃する。双刃剣はそれぞれの刃が小剣より少し長い程度なので、こういう使い方をすれば意外と接近戦でも取り回しやすいのが特徴だ。



「ぎっ! 貴様ぁっ!」


 甲冑の隙間を縫って刃を突き入れられ、傷を負ったトルベンが怒りの咆哮を上げて私を蹴り付けてくる。重い甲冑に覆われた蹴りは当たればダメージは大きいが、反面スピードは犠牲になる。私は身体を横に逸らせて再び回避した。


 そして回避しながらカウンターで蹴り出した脚に斬り付ける。トルベンが大きくバランスを崩す。苦し紛れに大楯を薙ぎ払ってくるが、予備動作が大きいシールドバッシュは注意さえしていれば対処は難しくない。


 私は今度は後ろに跳び退って大楯を躱す。バッシュを空振りしたトルベンは体勢を崩していたのと、脚を負傷していたのとで、勢い余ってその場に尻餅を着いた。私の逆転劇に観客席が沸き立つ。


 私は油断なく追撃しようと踏み込むが……



「ま、待て。解った、お前の勝ちだ。降参する」


「……!!」


 歓声が鳴り響く中、トルベンは私にだけ聞こえる声量で降参の意を示してきた。私は思わず足を止めた。


「……本気で言っているの?」


「勿論だ。金は惜しいが、命はもっと惜しいんでな。お前はジャイルズを殺さなかったそうだな? 人殺しはしたくないんだろ? だったらここで手打ちにしようじゃないか」


 確かに人殺しはしたくない。本気で(・・・)で反省している者や投降した者、高潔な者などであれば尚更だ。


「…………」


 私は武器を下ろした。そしてトルベンの投降を受け入れるように一歩後ろに下がって背中を向けた。一種の予感(・・)があった。外れてくれれば御の字だが……


 ――ガシャンッ!!


「……!」


 背後で人の動く気配と金属が擦れ合う音。予感は確信に変わった。私は即座に振り向くと双刃剣の刃を突き出した。



 刃は……立ち上がって斧を振りかぶっていた(・・・・・・・・・・)トルベンの、兜と甲冑の隙間、即ち喉元に深々と突き刺さった! 


 

「……!? ……ッ!!」


「……っ」


 肉を貫く感触が刃から伝わってくる。それが私を動揺させる。トルベンが振りかぶっていた戦斧を取り落とす。そして兜の下から大量の血液が溢れ出してきた。


 私が反射的に刃を引き抜いて後ろに下がると、トルベンは自分の喉を掻き毟るような動作をしながら、仰向けに地面に倒れ伏した。物凄い金属音が鳴り響く。トルベンはそのまま二度と動き出す事はなかった。


 死んだのだ。私が……殺した。


 観客席も一瞬の静寂に包まれる。



『お……おぉ……ま、まさか……。クリームヒルト選手、トルベン選手を返り討ちにしてしまったぁぁっ!! エ、エレシエル国軍の正規兵でもあるトルベン選手が、まさかの……死亡敗退だぁぁっ! しかし互いに手加減できない死闘の結果。トルベン選手は『特別褒賞』目当てに参加した事を公言しておりました。敗北した以上、この結末は避けられなかったかぁぁぁっ!?』



 ――ワアァァァァァァァァッ!!

 ――ウオォォォォォォォォォォッ!!



 やや動揺したアナウンスの後、観客席から一斉に割れんばかりの大音量が鳴り響いた。大半が歓声や怒号であったが、一部ブーイングの声も混じっているようだ。


 しかしアナウンスが言っていたように互いの死闘の結果という事で、一応は受け入れる方向ではあるらしい。


 私は……そんな中、先程の感触を思い出して震える手を抱えながら、トルベンの死体(・・)からしばらく目を離す事ができなかった……



*****



 控室に続く廊下を歩く足取りが重い。ともすればふらついて壁にもたれかかりそうになる。勿論試合で受けた肉体的なダメージは大きいのでそれによる不調もあるだろう。


 だがそれよりも……精神的(・・・)なダメージの方が大きかった。


「くっ……」


 トルベンの喉元を貫いた時の生々しい音と感触がまだ残っている。魔物ならこれまで数えきれないほど殺してきた。オークやゴブリンのような人型の魔物も多い。だが……こんなにも違うものなのか。


 別に無抵抗の人間を殺した訳ではない。それどころか賞金目当てに私を殺そうとした奴だ。死んで当然。返り討ちに遭ったのは因果応報というものだ。ただそれだけの事。


 そう頭では理解しているのに、精神はそれに納得してくれない。罪悪感は無い。なのに手がまだ震えている。これは理屈ではなかった。



「……クリームヒルト」

「……!」


 その時、前方から足音と共に聞き馴染んだ声が。視線を上げると案の定、そこには漂白されたような白い肉体に全身を相変わらず白一色の衣装で覆ったジェラールの姿があった。


「ジェ、ジェラール……。私……なんで……こんな」


「いい。何も言うな。まともな人間なら最初は誰でもそうなる。逆に言えばそれこそが、お前が殺しに悦びを覚えるような類いの人間ではない事の証左だ」


 彼は頷くと、動揺して声が震える私を意外な程優しい所作で抱き寄せる。普段は冷徹な態度で【氷刃】という異名まで持っているジェラールだが、その身体はやはり意外にも温かかった。



 彼はそれ以上何も言わずに、ただ静かに胸を貸してくれた。精神的に余裕のない私は彼の好意に甘えてしまい、ジェラールの胸に頭を預けたまま小さく嗚咽を漏らし続けるのだった……


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