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第33話 宿命の邂逅


「同じ【エキスパート】の剣闘士という事で、今後関わり合いになる可能性もありますので、その節はどうぞ宜しくお願い致します。おっと、とは言え私はあなたに何の恨みもありませんし、婦女子を斬って悦ぶ趣味もありませんので、あなたの『処刑人』は予め辞退させて頂いておりますゆえご安心を」


「……! そう……なのね」


 エレシエル王国はロマリオン帝国とは違って、元々殺し殺されの剣闘をやっていた訳ではない。奴隷も存在しない。


 なのでこの闘技場でも基本的に魔物との試合は全て志願制もしくは依頼制となっている。主催者側が魔物との試合を強要するという事は基本的に(・・・・)ない。その唯一の例外(・・・・・)が私という訳だ。


 同じ事は私の『処刑試合』に対しても言える。ジェラールから聞いた所によれば【エキスパート】ランクからは対人戦が解禁されたが、相手は全てジャイルズのように自ら志願した者や、ブロルから依頼されてそれを了承した者に限られるとの事だ。


 私という虜囚が相手とはいえ、主催者つまりエレシエル側から人殺し(・・・)を強要する事は出来ないのだ。そこがロマリオン帝国の闘技場とは大きく異なる点と言えるだろう。


 勿論私を殺した者には破格の報酬が支払われるのだろうが、それでも受けるかどうかの判断は個々の剣闘士側に委ねられている。尤も戦争の影響で私に恨みを抱いて殺したがっている者や、大金を貰えるなら女でも構わずに殺すという者も大勢いるだろうから、私にとっては何の安心材料にもならないのだが。



 だが少なくとも目の前のガストンは、私を殺す『処刑人』の役割を拒否したという事らしい。それはまあ素直に感謝しても良い事だろう。


「一応お礼を言った方が良いのかしら?」


「いえ、私が勝手に決めた事ですのでお気になさらずに。ただ……私の相棒(・・)には感謝の意を表してもバチは当たらないと思いますぞ。試合で戦うあなたの姿に一目惚れ(・・・・)したらしく、私に『処刑人』を引き受けないよう説得したのは彼なのですから」


「え……ひ、一目惚れですって?」


 意外な言葉に私は目を瞬かせた。よもやこの国で私にそんな感情を抱く者がいようとは。エレシエル人は勿論、小国家群出身でも現在はロマリオン帝国に良い感情は持っていないはずなのに。



「私は嘘は言っていませんよ。ご紹介しましょう。……スルスト!」



 ガストンが相棒の名を呼ばわる。すると……


「ああ」


「……!」


 言葉短く返事をしてうっそりと近付いてきた小さな影があった。私は振り向き、そして……



「――――っ!!」



 限界まで目を見開いた。そこにいたのは年の頃はまだ14、5歳の少年であった。あのミケーレとそう変わらないくらいだ。黒髪黒瞳(・・・・)で浅黒い肌をしており、その身体は年に似合わず鍛え抜かれているのが解る。


 どちらかと言えば整った容貌をしているが、言い方を変えればそれほど特徴のある容貌でもない。


「……っ」


 だというのに私は何故かその少年の姿を見た途端、下腹部に強烈な疼き(・・)を感じた。同時に何となく精神が昂って息遣いが荒くなった。


 欲しい(・・・)……。目の前の、この少年が堪らなく愛しい。たった今初めて会った少年に対して、私は……欲情(・・)していた。



「……クリームヒルト殿?」


「……っ! あ……ご、ごめんなさい。何でも……ええ、何でもないわ」


 ガストンの訝し気な声にハッと正気(・・)に戻った。今のは……何だったのだ? 私が、この私が初対面の少年に対してあんな浅ましい感情を抱くなど……


「そうですか? では紹介しましょう。私の相棒のスルスト・ムスペルムです。彼もまた【エキスパート】ランクの剣闘士でしてね。【狂龍】スルストという異名が付いたようです」


 ガストンの紹介がどこか遠くに聞こえる。私は正気は取り戻したものの、やはりその少年――スルストから何となく目を離す事が出来ずに注視してしまう。


 一体この感覚は何なのだろう。間違いなくスルストとは初対面のはずなのに、初めて会ったような気がしないのだ。私はこの感覚を以前にもどこかで感じた事がある。どこだっただろう。



「……ああ、ようやく会えた。何故だろう。自分で思うよりずっと長い間この時を待っていた気がする」



「……!」


 スルストもまた、どこか熱に浮かれたような目で私の事を注視していた。この目……。私は以前にもこの目を見た事がある。間違いない。ロマリオン皇女に対するただの崇拝などとは違う、このある種の執着(・・)とも言えるような目は……


「……っ!!」


 そうだ、思い出した! シグルド(・・・・)だ! 


 彼も最初に会った時、私をこのような目で見つめてきた。そして彼の姿を見た私もまた、彼に対して激しい心の昂りと……下半身の疼きを感じたのだ。それは理屈ではなかった。


 今、スルストに対して抱いた感情や彼の反応は、まるきり私とシグルドが初めて会った時のものと同じだったのだ!



「あ、あなた……あなたは、まさか……」


 シグルドは夢の中で言っていた。新たなドラゴンボーンは一目見ればすぐに解ると。だとするなら間違いない。このスルストこそがシグルドに代わる新たなドラゴンボーンなのだ。


 シグルドが言っていた事が本当なら、彼は何としても私を手に入れようとするはずだ。そしてシグルドやスルストを見た時の私自身の反応。私もまた祖先であるイングヴァールが受けた呪いを受け継いでいるのだ。


 スルストの正体が理解できるのと同時に、私の頭の中にはシグルドから聞いたフロスト・ドラゴンの思惑と、そしてドラゴンボーンと交わった(・・・・)結果どうなるのかという話が思い出されていた。


「おや、どうしました、クリームヒルト殿? そのような目で彼を見て、何か気になる事でもあるのですかな?」


「……っ。い、いえ、私は何も……」


 ガストンからの問いに私は動揺する。彼がドラゴンボーンだという事は私しか知らない。それを証明する手段も証拠もない。下手に騒げば私の頭がおかしくなったと思われて監視が強められてしまうかも知れない。


 つまりスルストがドラゴンボーンだと解っていながら、今の私には何も打つ手がないという事だ。昨日の今日だし、具体的な対策までは考えていなかった。まさかこれ程早く遭遇する事になろうとは。



「クリームヒルト、君の事をもっとよく知りたい」


「……っ!」


 スルストが相変わらず熱に浮かされたような目で一歩前に進み出てくる。対照的に私は無意識に一歩後ずさる。スルストが私に手を伸ばしてくる。


「クリームヒル――」



「――何の騒ぎだ、これは?」



 その時、まるで私とスルストの間に割り込むように白い影が現れた。私にとっては見慣れた姿、聞き慣れた声。


「ジェ、ジェラール……!」


 ある意味でこの時ほど彼の姿が頼もしく思えた事はなかった。ジェラールは私にチラッとだけ視線を走らせると、すぐにガストンとスルストの方に向き直った。尚、ジェラールの横には衛兵が1人控えていた。どうやらこの衛兵が自分達だけでは対処が難しいと判断してジェラールを呼んできてくれたらしい。



「お前達は【鮮血】のガストンと【狂龍】スルストだな? 大した腕前だそうだな。だがこのクリームヒルトは知っての通り少々特殊な立ち位置でな。気軽に声を掛ける行為は推奨されていない。この街に来て日が浅いだろう故に今回だけは不問とするが、以後はアリーナ以外での彼女との接触は控えてもらおうか」


「何だと? 邪魔する気――」


 ジェラールの警告にスルストが気色ばむ。そして反射的にジェラールに詰め寄ろうとするが、それをガストンが制する。


「やめろ、スルスト。……失礼いたしました。あなたはエレシエル八武衆【氷刃】のジェラール殿ですな? お会いできて光栄にございます。確かに我等はここに来て日が浅いが故に、暗黙のルールを知らずに破ってしまっていたようです。ただ噂の【胡蝶】殿にちょっと興味があっただけなのです。以後は気を付けます故お許し下さい」


 ガストンは慇懃な態度で許しを請う。スルストは明らかに不満気な様子でジェラールを睨みつけているが、それ以上詰め寄ってくる事はなかった。


 意外と言うか、どうやらこの2人の関係はガストンの方が主導権を握っているようだ。彼はスルストの正体を知っているのだろうか? それとなく探りたかったが、反面これ以上スルストの側にいるのは耐えられなかった。



 しばらく目を細めて彼等の姿を見据えていたジェラールだが、やがて頷くと目線を逸らした。


「……理解したなら問題ない。行くぞ、クリームヒルト」


「え、ええ……」


 ジェラールは私の肩を抱き寄せるようにして、ガストン達の前から踵を返して歩き去っていく。私が気になって一度だけ振り向くと、ガストンの後ろでスルストがまるで視線だけで人を殺せそうな目でこちらを……私とジェラールを睨み据えていた。その激しい視線を受けて私は小さく身体を震わせるのだった。



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