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『風に匂う剣士』 その6

 甲高い木槌の音が校内に響く。徐々にあちこちから話し声が石壁を伝って来る。

 ≪太陽神デューマー≫の神々しい光が暴力的に瞼を熱くさせる。

「テッド。朝だよ」

「……分かってるよ。ったく……」

 夜更かししたのだから、起きるのが辛いのは当然だ。

 村にいた時は、陽が昇る前から獲物を追い求めていた。その日の食を確保しなければならなかった為、早朝も深夜も関係無い。必死だった。

 今は、そんな生き死にの狭間で生活していない。只、講義を受ける為に起きる。寝坊しても怒られるだけ。食事の量に影響しない。

 堕落したな……。と思う事しきりだった。

 窓の外から雀の声が漏れて来る。爽やかな朝を演出する耳障りな小さな神の挨拶。

 ジェムは、もう制服に着替えてベッドの上で魔法辞典と戦っている。

「どうせ、授業行ったって身に付かないんだから、今日くらい休んでもいいだろー」

「それ、毎日言ってる」

 体が重いテッドの準備を根気良く待つジェム。

 ふたりは、ギリギリの時間で朝食を食べに食堂に向かった。

 食堂は、一度に百人が入れるだけの広さがある。既にほとんどの学生は食事を終えており、十人くらいしか残っていない。

「今日もまた塩パンに野菜蒸しか。相変わらずしょぼいなー」

「塩パン好きだから構わないよ」

「朝から肉食いたいって話だ。こんなんじゃ、力が入らないぜ」

「晩ご飯も魚ばかりだからね」

「そう、それさ。湖の真ん中だって言っても痩せっぽちじゃないか。息詰まっちまうぜ」

 基本、一日の食事は、朝晩の二回になっている。その間、空腹になれば、個人で食べ物を都合するしかない。こんな学校に来る連中だ。昼食代くらいでも、余分に金を持つ生徒はそんなにいないが。

「こりゃ、本格的に湖の外に繰り出すしかないな」

 入学して一ヶ月が経っている。初めの頃は、勝手が違う為、校則を破るような行動はしなかったが、学校の沈鬱した雰囲気に慣れると、監視の目を掻い潜って如何にサボるかに情熱を注ぐようになっていた。

 厄介なのは、≪闇フクロウ≫の監視網だ。その視覚、嗅覚、触覚、全てにおいて人間を凌駕する能力は、生徒達を悩ませていた。

(まあ、昨日ネクスを手玉に取ったけどな)

 常に死を間近に覚えていた森を離れて喜んでいたテッドは、いつしか狩人の本性を懐かしんでいた。全神経を研ぎ澄まし、獲物の場所を予測し、命を賭けて魂の攻防を繰り返す。森は、生き物達の世界である。自分達はそこに入り込んだ邪魔者でしかない。その邪魔者を排除しようと自然界は抵抗して来る。その世界で日々生きて行かなければならない。厳しい掟なのだ。その世界から抜け出す事に喜びさえ感じていた。楽な生活を楽しんでいた、筈だった……。

 最近、入学時に持ち込んでいた弓矢を手に取る事が多くなっていた。己の命を幾度と無く守ってくれた大切な片腕である。忘れていた感覚を思い出そうとすると、不思議と心が高揚した。

(やっぱり、狩人の血から逃れる事は出来無いのか……)

 この学校を抜け出て、湖を渡って、対岸に見える丘でささやかな狩りをしてみたい。

「夕べみたいにかい? テッド、あまり無茶したら先生に怒られるよ」

 気が弱いジェムが心配そうに言った。自分とは違い、血の気が多いテッドの突拍子も無い行動に落ち着かない。

 テッドは塩パンを左右に振り回した。

「怒られて何が出来るってんだ。教師が怖くて、こんなとこ来るかってんだ」

「そんなに悪い学校だと思わないけどな」

 ジェムは、行儀良く塩パンを齧る。

「そりゃな。お前みたいに魔法使いになるのが目的だってなら、役に立つかもしれんが、俺みたいに逆立ちしても魔法使いなんぞになれねえ魔法一族のどアホウには人生の無駄遣いでしかないんだぜ」

「そうかな。テッドだって、もしかしたら才能あるかもしれないよ」

 口一杯に塩パンを頬張るテッドは、表情で笑って見せた。

「魔法使いと言っても色々だよ。豊富な魔法力を使う人もいれば、少ない魔法力しか持たないのに、呪文を駆使して活躍する人もいるじゃないか。僕は、そっちを目指してるんだよ」

 テッドは、コップの水を一気に飲み干した。

「おいおい。こちとら、呪文を覚える余地も無いってのに、この頭に」

 トントンと自分の頭を指差す。

「俺はな、この腕で生きて行くしか能が無いんだよ」

 言いながら、テッドは自分の腕を叩いた。

「頭使うのは、お前に任せたぜ」

「そうかなー。テッドも良い魔法使いになれると思うけどなー」

 ジェムの言葉は、おべっかや追従の類じゃ無い事は良く分かっている。テッドは、背の低い友人の真顔に呆れた表情を浮かべて天井を見上げた。

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