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『風に匂う剣士』 その15

「まずは、お祈りだ」

 父の言葉に、三人は小屋の傍らに佇む背の高い広葉樹の元に向かった。根元には、小さな陶器性の皿とコップが置かれている。皿には猪肉の捧げもの、コップには水が入っている。肉を目当てに虫が数匹たかっている。父は、手を振ってそれを追いやった。

 父は木の下で跪いて頭を垂れた。母とテッドもその後ろで跪く。

「偉大なる“黒と赤の永遠なるともしび”に力を得し幼き子らの命と祈りをここに晒し、いにしえに救われし恩義と感謝を奉り、新しき闇の世に生を受けられる喜びを深く身に刻み慎ましく一日を過ごします」

 母とテッドも神妙に祈りの言葉を口にした。

 今までは、面倒臭い行為だったが、いざ、この地を離れるとなると、神の御加護を欲する気持ちがむくむくと頭をもたげていた。

(頼むぜ、神さん。どこに行ってもお祈りはするから、ちゃんと守ってくれよ)

 そんな不真面目な祈りを知ってか知らずか、両親は神妙に祈りを続けている。

 父は、二度三度と礼拝し手を叩いた。

「時至りましたら、我等身を投げ出し復活の現われを映じ奉ります」

 三人は最後にもう一度深く頭を下げると、神木を後にした。

「忘れ物は無いな」

 父が念を押すように聞いた。

「うん」

 一族では腕の立つ狩人である父は、言葉少ない男だ。テッドを狩りに連れて行っても必要最低限の事しか口にせず、後は背中を見て学べというタイプである。

テッドの魔法学校行きを伝えた後も、特に助言を言う事も無いままだった。

「まだあの子達は寝てるの?」

 母が小さな小屋に目をやった。

「放っておきなさい。夕べは遅かったんだから」

 父が優しく言った。

「でも……」

 父の言葉にも躊躇ためらいを隠せない母。弟妹達にも見送らせてあげたいという気持ちが痛い程伝わって来る。

「いいよ。あいつらが起きて来たら、どうせ収まりがつかなくなるんだから」

 テッドが苦笑しながら言った。

「そんな事言っても、あなたの晴れ姿は見せてあげたいじゃないの」

 母は、それでも諦めきれないように言う。

(晴れ姿ね……)

 テッドには分かっていた。どうせ、あいつらは、一番上の兄が口減らしの為に最低の魔法学校に行かされてしまったのを面白おかしく話しながら育って行くのだ。

(俺なら、そうする)

 というか、そうやって強く育って欲しい。このままひとりも欠ける事無く父と母を支えて欲しいものだ。

「まあ、あの子達も分かってくれるさ」

 父は、母の肩に手を置いて言い聞かせた。

「そうは言っても……」

 母は、まだ口を尖らせている。

 父は、母の肩を軽く叩くと、真顔でテッドを見た。

「テッド。そこに座りなさい」

 父は、指でテッドの足元を差した。

「ここに?」

「そうだ」

 テッドは、父に言われるままにひざまずく。

「実は、お前に伝えておきたい事がある」

(今? 随分突然だな)

 テッドは怪訝な表情を浮かべた。

「お前を魔法学校に行かせる事についてだ」

「え?」

 何だ?

「今まで黙っていたのは、お前から話が漏れるのを防ぐ為なんだが……」

「話?」

 テッドは、困惑していた。

「一体何の話?」

「お前が魔法学校に行く事については、理由があってな」

(はあ?)

 テッドは、心の中で思い切り突っ込んだ。

 自分が魔法学校に行くのにちゃんとした理由があるのか? 貧しい家族を救う為にひとり頭数を減らすだけじゃなかったのか?

 父の横では、母が申し訳無さそうな顔をしている。

 父は、テッドと同じく土の上に膝を置いて小声で話した。

「この後、長老様方から見送りのお言葉を頂く。その時に、大婆様がお前に魔法学校で果たすべき務めを申し渡す事になっている」

(今何て言った? 務め? 俺に何をしろと言うんだ?)

 テッドは、父の顔を覗き見た。しかし、父は、固い表情のままだ。

「いいか。一族の命運が掛かっている大切な役目だ。失敗は許されん。命に代えても果たさなければならない」

(え? どーゆーこと?)

 一体全体、自分に何を期待しているのか。大切な役目? そんなもん、面倒臭くて仕様が無いじゃないか。

「その務めとは?」

 テッドは、囁くように聞いた。

「それについては、父も聞いてない。大婆様から直接話がある」

(マジか? 冗談じゃないぜ)

 気楽な学校生活だと思っていたが、どうやらそうはいかないようだ。テッドは、思いも寄らない展開に戸惑いを見せていた。

「誇りに思え。一族の期待をその肩に背負っているんだ」

(残念に思うわ。別に一族の為に生きてねえよ)

 他の同年代の仲間なら、この言葉を喜ぶのだろうか。

(何か、厄介事に巻き込まれた気分だな~)

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