『風に匂う剣士』 その12
テッドは、ひとり花壇側の椅子に座り、視線を左右に走らせた。
その生徒は、既にいつもの場所で大人しく座っていた。
神様が自分の悲痛なお願いを聞いてくれた贈り物だと思っている。
安物の布地で作られた魔法衣に隠されても線の細さは明らかだ。透き通るような肌の白さに見る者を吸い寄せるような輝きをたたえる丸い瞳。太陽の光さえも閉じ込められる漆黒の髪が腰まで届く。優雅でたおやかな仕草に目を離せない。
つまり、テッドはその女子生徒に心惹かれていた。
入学式の時、隣のクラスに並んでいたその女子を見て、『神様は、俺の願いを聞いてくれたんだ』と興奮止まらなかった。
それ以来、テッドはその女子生徒の事が忘れられない日々を送っている。
テッドの心を奪ったのは、その儚げな雰囲気だった。大人しく言葉少なく、いつもひとりでいる事が多い。表情が乏しく寂し気で、余所見をしていたら消えていなくなってしまいそうだ。初めて、心から支えてあげたいと思わせた子だった。
名前は、最初から馴れ馴れしかったエコに頼んで隣のクラスの女子生徒から聞き出して貰った。エコが渋々頼みを聞いたのは言うまでもない。
『アシュレーって言うんだって』
エコの不満そうな表情も気付かずに、テッドはその名を頭の中で復唱していた。
アシュレー=スプローニ。
エコが手に入れてくれた情報は、たったそれだけだった。どこの一族出身か、こんな学校に入った目的や趣味、学びたい内容等、何にも教えて貰ってなかった。聞き出していたかもしれないが、エコは女子生徒の名前しかテッドに伝えなかった。
それ以来、テッドはその女子生徒に対する妄想が膨らんでいた。いつも、ひとりでいるのはクラスでいじめられているせいなのか、物静かで内向的なのは何か病気を持っていて動くのが辛いせいなのか、好きな男はいるのか、自分の存在に気付いているのか、考えれば考える程答えの出ない苦しみに悩まされていた。
アシュレーは、陽を浴びるように座っていた。
白い肌が光を跳ねて輝いているように見える。自らの脳内変換が都合の良いように解釈しているとは全く思わない。
テッドもアシュレーの視線の先を辿って行った。
天を突く塔の更に遥か上に点のような影が動いていた。
青いキャンバスに白い水蒸気の塊。秋の柔らかな光のカーテンが肌に温もりを与えてくれる。
一羽の鷹はその全体もぼんやりとして光の向こうに隠れそうだった。
鷹は力強くテッドに伝えていた。
忘れかけていた思い。故郷の記憶。