『風に匂う剣士』 その9
「さあ。今日の授業は、≪中身当て≫ゲームだ」
教師の言葉にテッドはずっこけた。
(何で、授業でそれをするっ)
「いいか。お前達の中には、今更このゲームをして何になる、と思っているのもいるだろう。しかしな、≪透視≫の術は、魔法術の中でも基本中の基本だ。精神集中をして、己の魔法力を結集して目標物の把握を邪魔する障害物を除去しなければならない。いいか、偉大な魔法使いは、巨大な魔法力を持つだけでは無いぞ。自前の魔法力を如何に効率的に使うか。それによって、高いレベルで魔法力を長時間持続させる事が出来て、多くの魔法を使えるのだ。つまり、少ない魔法力でもその使い方ひとつで大きく変わって来るんだぞ」
言いたい事は分かってるが、それが出来るならここにいない。同じ言葉を耳にタコが出来る程、言われて来た奴らばかりだ。それでも身に付かなかった出来損ないの魔法人。それが≪サス=フレンガル魔法学校≫の生徒達だ。
という訳で、生徒達はまともに聞く耳を持たない。寝る者、窓の外を見る者、お喋りする者、教師を見ながら焦点を合わせない者、授業に出てるからと言って、真面目な奴ばかりで無い。真面目な生徒を探す方が難しい。
(その内のひとりはここにいるがな)
テッドの横には、クラスで一番真面目なジェムが全身で教師の言葉を聞いている。
こうなると、テッドの無駄話に付き合ってくれない。
(やっぱり寝とくんだったな……)
「テッド。詰まらなそうね」
「おわっ」
いつの間にかエコが隣に座っていた。
「お前、いつの間に」
「あはっ。忍び足なら任せてっ」
「盗っ人じゃあるまいし」
「あら。魔法使いも盗っ人みたいなもんよ」
「極端過ぎるわっ」
「ちょっと、ふたり共静かにしてよ」
ジェムがふたりを注意する。
それでなくても、教室の中はざわざわして気が散って仕方無い。ジェムは、少しの時間も無駄にしたくなかった。この三年間で全ての技を身に付けて、魔法使いの資格を取らなければならない。ようやく、魔法学校に入ったのだ。幼い頃から、能無し、半人前、役立たずとののしられて来た。十五歳になっても魔法学校行きを勧められる事は無かった。魔法種族の一員として全く存在さえ認められてなかった。
折角、掴み取ったチャンスだった。何が何でも魔法術を学び、魔法使いにならなければ……。
「シーッ」
テッドは、エコを睨み付けながら人差し指を立てた。
「ジェムは、お前のような遊び人と違うんだ。ちょっとは気を使え」
「あら。そのお言葉、そのまんまお返しするわ」
「何? 俺が何をした?」
「だから、静かにしてよっ」
今度は、珍しく声を荒げているジェム。さすがのエコも肩を竦めて口を閉ざしてしまった。
そんな中でも、授業は先に進んでいる。落ちこぼれに手を差し伸べる事はしない。やる気のある者だけが聞いていればいいのだ。魔法学校は、魔法使いを養成する所だが、魔法使いの資格を取る勉強は三年間でもギリギリ身に付ける事が出来るかどうかという程ボリュームがある。特に、この学校の生徒はスタート時からして遅れている。しかも、今更、≪透視≫から始めているのである。そのレベルから魔法使いの資格を取ろうには、人一倍どころか二倍三倍の努力が必要になる。
「俺にゃー、無理だな」
テッドは、エコに囁いた。
「ねえ。それじゃ、抜け出そうよ」
エコは、テッドにぴったり寄り添って耳元に口を近付けた。このやり取り自体を楽しんでいる。
「抜け出して、どこに行くつもりだ?」
「学校の裏に面白いもの見付けたの。見に行かない?」
「面白いもの? 何だ、それは」
「行ってのお楽しみ。ねえ、行かない?」
エコは、舌ったらずの話し方でテッドを誘う。
「んー」
テッドは、横目でジェムを覗き見た。ここで、ジェムを置いて抜け出す訳にはいかない。ジェムのこれまでは、魔法に寄り掛かる人生だった。魔法が出来無い。それは、魔法に関わらない人生を歩む事を意味する。しかし、ジェムは魔法一族に生まれたからこそ魔法から離れられなかったと言った。
『それ、どういう事だ?』
意味分からなくて聞いてみた事がある。
『ほら。僕は魔法力が無いだろ? だから、余計魔法に対する憧れがあったのかな。魔法が出来無いから、どうしても魔法に執着していたいっていうね……』
『ふーん……』
『あ。分かってないでしょ?』
図星だった。でも、言いたい事は分かったような気がした。
初めて会った時、魔法に対する情熱的な思いを夢中で口にするジェムに圧倒されつつも、こんな落ちぶれた学校に来ていながら、そんなにやる気を見せる姿に呆気に取られていた。こんな学校で何を求めているのか、本当に魔法使いになれると思っているのか、正気じゃないな、と思った。また、幼い頃から足りない魔法力をいじられ、いじめられて来た事が、ジェムを塞ぎがちで大人しくて弱気な性格に育てていた。それでも、学校では教師に向かい、クラスの誰よりも貪欲に学んでいる。寝る時間も食事の時間も自由時間も魔法と共に生活している。毎晩、魔法辞典との格闘には悩まされているが、常に、魔法に向き合う姿を隣のベッドで見ている内に、こいつには魔法使いになって欲しい、という気持ちがふつふつと湧き上がるのも否定出来無かった。
テッドは、授業に出るのは面倒臭かった。こんな学校で真面目にやる気などさらさら無かった。それでも、ジェムを応援する気持ちを持ち始めると、ひとりで教室に送り出す事に後ろめたさを覚えて来た。慣れない生活、苦手な人付き合い、引っ込み思案で塞ぎがちだったジェムを授業に連れて行き、一緒に受ける事でジェムの支えになれればと思っていた。
エコの出現は、そんなテッドを誘惑の世界に揺り戻そうとする悪魔の手引きだった。
(悪魔なんて言ったら、こいつに悪いか)
「ねえ。何考えてるの? 行こうよ」
「いや。止めとく」
「えー」
エコは、テッドの手前、可愛らしくふくれ面を見せた。本当は、心の中で苛立たしく感じていたのに。
「それより、お前も真面目に授業を受けろ。何の為にここに来たんだ」
「ぶーっ。テッドがそんな事言うの? それギャグのつもり?」
「うるさいっ」
テッドがエコを睨み付けても、エコは平気な表情を浮かべている。見た目は粗暴な振りをしているテッドだが、本来は優しい面があるのを見抜いているのだ。
「仕方無い。テッドがそう言うなら、一緒に授業を受けてあげようかしら」
「訂正。部屋に戻って寝ろ」
「あら、憎まれ口を叩いても聞かないわよ」
エコは面白そうにニッコリと笑みを浮かべて、前を向いた。
「お前が授業受けても何の役にも立たないだろうが」
「あら。そう言うテッドはどうかしら? 少しはレベル上がってるのかしら?」
「いいから、ちゃんと授業を聞け。俺はお前と違って、しっかり力をつけているんだからな」
「ほほー。頼もしいなテッド」
例え小声で話しても、教師の耳を誤魔化す事は出来無い。