『風に匂う剣士』 その7
「おっはよー」
そんなふたりの側に柔和な笑顔を浮かべて小走りに近付く女の子がいた。同クラスのエコマーサ=アイリウムだ。≪平らかなる一族≫の系列≪青の一族≫出身だ。
系列種族の出身なのに、魔法力無し、魔法技術無し、やる気無し。こういう奴は、早々と裏方の仕事を覚えさせられ、一生表舞台に出る事は無い。どうしてここにいるのか、テッドよりも不思議な生徒だ。
「おー。エコか。おはようさん」
「エコさん。おはよう。今日も元気だね」
エコは、相変わらずのテンション高めな元気印だ。朝からうっとーしい。
「テッド。今、鬱陶しいと思ったでしょ?」
(ゲッ。何で分かった……)
テッドは、あからさまに表情を変えた。
「魔法力は無いくせに、勘は一流だな」
「女を甘く見ないでよ」
エコは胸を張って体を反らした。
「エコさん、すごいね……」
ジェムは、純粋にエコを見上げている。
「そんなに偉そうにするな……」
「さあっ。もうひと眠りしようかなー」
「え? エコさん、授業は?」
「何言ってるの。朝ご飯食べに起きただけよ。夕べは夜遅かったから、睡眠取らなくちゃ」
「おいおい。デカい声で偉そうに言う事かよ」
いつも通りの我が儘キャラ。小さいなりして態度はデカい。目がぱっちりと丸く、顔は卵型でスリムな体型は男子の人気も高い。それが分かって、猫撫で声で迫り来るから始末に負えない。かと言って、女子に不人気かと言えばそうでも無く、持ち前の明るさと当たり障りの無い話術で如才なく振る舞っている。只、山育ちで荒々しいテッドがお気に入りなようで、女子生徒といるよりもテッドと一緒にいる事が多い。女性が苦手なテッドやジェムは、女っ気を振り撒くエコに戸惑いを隠せない。それが分かって、エコもふたりにちょっかいを出して楽しんだりしている。
(見た目はな……)
テッドは、エコの笑顔を盗み見た。
ここにいる生徒達と同じく、エコも楽しそうに見せているが、その胸の内はどうだか。機会さえあれば、口出しして来るエコを鬱陶しく思う時もあるが、魔法種族として見込みの見えない彼女が内心抱えるものを想像して、テッドは邪険に扱えなかった。
この学校にいる者は、多かれ少なかれ心に傷を負った者ばかりだ。
「午前の授業は、初級魔法術だ。少しでも上達出来るかもしれないぜ」
「あら、それ本気で思ってるの?」
「僕は、思ってないと思ってる」
「うるさいっ」
「あははっ」
エコは、テッドの手から残り半分の塩パンを奪い取った。
「あ、お前っ」
「ありがと。じゃあ、部屋に戻って魔法衣に着替えて来るね」
テッドは、塩パンをくわえながら走って行くエコを睨んだ。それでも、エコは気にする様子も無く手を振っている。
「ほんとに授業に出て来るのかな?」
ジェムが当たり前の疑問を口にしたが、テッドはエコが出て来ると分かっていた。あいつは、そういう女だ、と。
エコは、自分の事を気に入っている。それは良く分かる。一緒に授業を受けたいが為に、お茶目に振る舞ってきっかけを作っているだけだ。そういうひねくれた行動でしか本心を露わに出来無い人間だ。
だが、それを鬱陶しいと思う自分がいるのは事実だが。
(俺の飯を取って行きやがって……)