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ヤビーラのほとりにて

 破壊と創造について考えている。


 国家にしろ何にしろ、支配的組織というものは、何故か永遠に生き永らえる事が出来無いらしい。必ずと言っていい程、終わりが来る。

 人間と同じで、組織は生まれた時は時代に合った効率的な構造になっているが、時が経ち、次第に衰え行き、時代の変化に合わせて自らを作り変える事は難しい。

 時代との齟齬そごが生まれた組織程厄介な物は無い。己が時代に合わせるのでは無く、時代を己に合わせようと勘違いして藻搔もがくのが通例だ。支配下にある人間達が組織の立て直しを言い始めると、組織側の保守派は強烈に反発して要らぬ圧政に手を下してしまう。

 結局、前時代の硬直的な組織を改めるには、一旦全てを破壊して組み立て直しした方が効率が良いという意見に落ち着くのが一般的だ。


 つまり、革命である。


 革命は、その始まりから破壊と創造を担っている。

 その破壊は、どうしても多くの死を伴いがちだ。

 革命勢力というものは、崩壊しようとしている組織に対して、改革に先鋭的な一部分が突っ走り出した集団だ。その為、どうしても巨大な組織対弱小な革命勢力という図式になり易い。

 初期の革命勢力は組織に踏み潰されない為に性急な勢力拡大が必要になる。どっちつかずの中間勢力を自派に引き込みたい思いと、強大な保守勢力からの攻撃に及び腰な仲間を鼓舞する必要がある為、指導層が率先して先頭に立ち、英雄的な姿を見せねばならない羽目になる。

 自然、指導層の者が命を落とす率は高い。

 革命がもたらした栄光の果実を掴むのは、その屍を踏み越えて死線をかいくぐった第二線の生き残り達が多くなる。

 その二線級の指導者が有能ならば問題無いのだが……。


 筆者は、ヤビーラの野に上がっていた。

 いや、正確には眼下に眺めていた。

 ちなみに、世の人々に『ヤビーラ』について聞くと、二様にようの反応がある。

 普通は、世界の北方に不気味に広がる巨大な湖としてのイメージだろう。

 もうひとつは、世界を変えたと言われるヤビーラでの戦いである。

 今、目の前に広がる広大なヤビーラ湖は、五百年の昔に大魔術師が海の一部を移して出来た塩水湖だと言う。

「海の底に偉大な戦士テッドの宝剣が眠っていてな」

 十年前、私は大学の研究員として、古代生物学の実地研究でここに来た事がある。

 その時、土地の古老が一歩一歩不安定ながら確かな歩みで私達を案内してくれた。

 私は、その当時、古老の口から生み出される言葉をほとんど信じていなかった。

「≪闇の縮み世界≫が、アーシーの四戦士のおかげで≪新世界≫に復活出来たのも、ここ、ヤビーラの戦いがきっかけじゃった」

 そんな話、誰も信じていなかった。

 約一時間かけた古老の話を書き留める者は誰ひとりいなかった。

 全てが出来の悪い神話の焼き直しと思われていたのだ。

「戦士テッドは、≪王虎おうこの剣≫で闇王を倒し、≪闇の縮み世界≫を解放してくれたんじゃ」

 そんな話を聞きに、遥々(はるばる)ヤビーラまで来たんじゃなかった。

「ここに……」と古老は、己の足元を指差した。「アーシーが立っていたんじゃ」

 そして、古老は水蒸気に煙る湖の対岸に向かって杖を向けた。

「あそこに火焔山かえんざんの要塞があった。父が命を落とした要塞を見て、アーシーは黙したままじゃった」

 それから先の伝説は、さすがに聞いた事がある。信じた事は無かったが。


 『戦神古記せんじんこき』の伝えによると、その時、既にヤビーラの野には満々と水が湛えられていた。

 アーシーは湖のほとりに立ち、父が倒れた要塞の跡を目にしていた。

 まだ、要塞からは残り火が上がり、黒い煙がたなびいていたと言われている。

 アーシーの目から涙がこぼれ落ちた。

「いつまで続くのでしょうか?」

 皆の目がアーシーに注目した。

「これ以上、私のせいで誰かが亡くなるのは耐えられません……」

 アーシーは、まだ十代の娘である。強大な魔王の魔力も身に付けていない。普通の若い人間の女性と変わらない。

「皆さん、もう止めにしませんか?」

 アーシーの小さな声が皆の耳に届いた。

「どうして、こんなに殺し合わなくてはならないんでしょう。私さえ、あちらに行けば、もう戦いは無くなります。元の平和な世界に戻ります。新たな世界がみんなにとって最高の場所だという保証は無いんですから……」

 アーシーは、そう言って振り返ると、深々とみんなに向かって頭を下げた。その姿は、その場にいる者達の闘争心を掻き消す程の優しい暖かさに溢れていた。

 只、テッドだけ、テッドだけは、ひとり空を見上げて険しい表情を崩さなかった。

「テッドさん……?」

「……あそこに」

「?」

 みんな、テッドの視線の先を見た。

「あそこに、鷹が一羽飛んでいる」

 テッドは、大空を飛ぶ鷹から目を離さない。

「あいつは、この世界の空を自由気ままに飛んでいる。だけど、あいつはこの空が狭いのか広いのか分からない」

 皆、テッドが何を言いたいのか分からない。

「だけど、俺達がやらなければ、あいつにもっと広い世界を見せてやる事も出来無いんだ」

 貧しい山育ちのテッドにとってすれば、広い外の世界を経験した事は大きかった。しかし、≪闇の縮み世界≫の外には、更に大きな世界が広がっていると言う。それを知ったテッドは、まだ自分は狭い世の中にいるのだと感じていた。

 テッドは、アーシーを見据えて言った。

「俺は行くぜ。俺はみんなの為に行くんじゃ無い。俺自身が見たいんだ。新しい世界を」

 みんな、テッドの言葉に苦笑したと言う。また、馬鹿が何か言ってると。

 後の話では、この鷹は、同行の誰かがわざと呼び出したものだとも、テッド自身が仕込んだものだとも伝えられている。

 このテッドの言があって、アーシーは亡き父王の夢を継ぐ事にしたのである。


 これも、幼い子供の為の寝物語だと思っていた。


 二年前。このヤビーラの湖から、≪王虎おうこの剣≫が見付かるまでは。


 ラージュ歴二二三年ハヤツラの月。

 ヤビーラ湖北岸で湖底の発掘調査を行っていた際に、泥にまみれた短剣を浚い上げたのが始まりだった。

 調査の目的は、湖底に積もった泥を調べる事で、年代毎の環境測定を行うものだった。短剣を見付けるまで、様々な品が上がっていた為、また変なものが上がったのだと思われ、話題にも上がらなかった。洗浄作業が終えるまで、誰もが数十年単位の価値の低い古剣だと思っていた。

 それが、五百年前の≪王虎おうこの剣≫だと判明した事実は、世界に衝撃を与えた。

 私も簡単にそのニュースを信じようとしなかったひとりだ。

 何しろ、今の≪新世界≫の前に、別の世界があったという話を誰がまともに取り合おうか。≪新世界≫とは言っているが、まさか本当に古い世界が死んだ後に生まれた新しい世界だとは。


 ヤビーラの水は、相変わらず太陽神グラージェの光を放っている。

 五百年の昔、この穏やかな湖面の下で大地を揺るがす殺し合いが行われていたのだ。その時の様子は、代々口伝えに近くの村で受け継がれていた。古老は、その末裔だったのだ。文字で伝えるのと、口で伝えるのとでは、受け継ぐ側の心持ちが変わって来る。口承だと、その内容を繰り返し自らに覚え込ませる事で、まるで己が体験をしたかのように、見たかのように体に刷り込まれてしまうのだ。

 古老の口から聞く物語は、確かに真に迫っていたと今では思われてならない。

 地元の人に聞くと、既にあの時の古老は土の下に眠っていた。大地神の恵みあらんことを。

 ≪王虎おうこの剣≫発見の報は、世界の人々の人生観を一変させたと言われている。

 今身を置いているこの世界が、それ程不安定なものだったのかという意識は、人々の精神に多大な影響を与えたのだろう。人類は、大きな変革を迫られている。

 私は、この時代に身を置く人間として、改めて闇の女王アーシーとその仲間が果たした結果に思いを馳せずにはいられなかった。


 普通なら、ヤビーラの戦いから話を始めるものだろう。全ての始まりがその戦いにあったと思われている。古今の作品のほとんどは、ヤビーラの戦いを序章に置いている。

 しかし、古老はあの時こう言っていた。

「アーシーと四人の戦士の中で、テッドは異色の存在だった」

 テッド以外の三人は、何かしらアーシーと関係のある人物なのに、テッドだけは全く違う所から現れていた。

 どうして、戦士テッドはアーシーについたのか。どうして、魔法族なのに剣士として高名なのか。どうして、≪王虎おうこの剣≫を湖の底に沈めたのか。


 戦士テッドは、剣と弓矢に優れた魔法族の一員だった。魔法族なのに、魔法使いとしては半人前だったと伝えられている。

 それは、素直なアーシーにとっても不思議だったようで、テッドがアーシーに初めて会った時、「どうして、魔法使いじゃないの?」と聞かれている。

 テッドは、アーシーの澄んだ瞳に見詰められながら頭を掻いて答えた。

「そうだな。とんでもない魔法学校に入ったせいかな」


 私は、この言葉を念頭に置いて、筆を取ろうと思う。


 旧世界を剣で真っ二つに破壊した男の辿った道を拙い筆で辿る長い旅だ。

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