第八話 風に乗せられたウワサ
「おおー! 見ろよキョウ、川があるぜ!」
旅二日目。夜が明け朝日が昇り先をダッと走っていった健太が声を弾ませながらふりかえる。田舎ということもあり、今歩いているような細い道にはまともな整備がされておらず、足場の悪い土がむき出しになっていた。あたりには森が鬱蒼と生えており、草木の香りがすがすがしい。
境は落ち葉を踏みながら健太の後を追っていった。
すると、ふいにあたりが開ける。
そこにあったのは……
「わぁ、すごい……!」
澄み切った大きな川が流れていた。その規模は大きく、まるで湖のよう。朝日の光を浴びて、水面がキラキラ輝いていた。
「これで水は確保だな。……おっ、魚だ! 魚が泳いでるぜ!」
「はいはい、あまりはしゃぎすぎないでねー」
「いやっほう! あ、やべ、すべ……ぎゃぁああああああ!?」
「言ったそばから川に落ちた!?」
ぷかーと、力なく浮いてきた健太に苦笑いをしながら手を貸す。そんな時、いきなり後ろから声をかけられた。
「おはようさん、お二人がた」
「「ッ!?」」
驚いて、一気に後ろを振り向く境と健太。その二人の視線には、おじいさんが一人たたずんでいた。年は七十歳くらい。顔には深いしわが彫られていて、背が丸まっている。中学生の境と同じくらいの身長だった。そんなおじいさんは、優しそうに「ふょふょふょ」と笑う。
「どうやら驚かせてしまったようじゃのぉ。安心せい、取って食わぬよ」
「……は、はぁ」
「わしは、釣りをするために来たんじゃよ。ここで魚を釣るのが老人の楽しみでなぁ」
そう言って、手に持った釣り竿とクーラーボックスを見せてくる。たしかにここには魚がたくさんいそうだし、たくさんとれそうないい場所だと思う。
「そうですか、では僕たちは移動したほうがいいですね」
「いやいや、わしがちょっと移動するからいいんじゃよ。若者はあそんでけぇ。遊ぶのが子供の仕事じゃよ?」
「よっしゃぁ! ありがとじっさん! 遊ぼうぜ、キョウ! ひゃっほぉーーッ!」
そういって水の中に飛び込みはしゃぐ健太。ちょっとは遠慮しろよとあきれた視線を送る。すると、ほほえましげに見ていたおじいさんが境に聞いてきた。
「そういえば、ここにいるのは君たちだけかの?」
「あ……。は、はい。今日は学校休みで、友達とこうやって遊びに来ています」
もちろん、嘘っぱちである。
その言葉に「若い者はいいのお」とのんびり言ったおじいさんが「でも」と返してきた。少し、身構えてしまう。
「気を付けての。遠くの町で、君たちぐらいの年齢の子が一人行方不明になってるからの」
「……え?」
「知らないかの? 中学生の男子生徒が、学校に行ったきり行方不明になってるってことじゃ。けっこう大騒ぎらしいんじゃ」
「…………」
間違いない、健太のことだ。境には心配してくれる親や友達はいないが。健太には境にないすべてがある。子供を愛す両親だっているし、いつも遊ぶ友達だっているだろう。心配しないはずがない。今だって、健太を探して町中を駆け回っている大切な人がいるかもしれないのだ。
さっと、境の顔に陰りがさす。
それに気づいたおじいさんが、心配そうに声をかけようとした……とき、川から上がった健太が割り込んできた。
「いやぁ、じっさんすまなぇな。こいつ、無知のこと指摘されるとマジ切れすんだ」
「そ、そうかい。そりゃあすまなかったのぉ」
「そう、そこら辺にある木をなぎ倒して、山を一個消滅させるくらい」
「そんなするわけないじゃないか! ほらおじいさんもあきれちゃってるよ!」
「ふぉおおおおおおお! ス、すまなかったのお! あ、ああ、謝るから、どうぞ山だけは……!? わしの家族だけは殺さないでおくれぇ……!?」
「おじいさんーー!?」
土下座するおじいさんをなんとか起こそうとしても、意地でも起きないようだ。なんか、僕、すごい悪い人に見えてしまう……! と頭を抱える境に。おじいさんが思い出したように顔をあげた。
「まぁそーゆーのは冗談なんだけどの」
「冗談なんかい」
「こっからは真剣じゃ。君たち、ここの川を越えてはならぬぞ?」
「……ほう、なんでだ?」
おじいさんのおちゃらけた雰囲気が抜けた声に、健太が瞬時に反応する。
おじいさんは、土下座の姿勢から「よっこいしょ」と立ち上がると二人を見回しながら真剣に語りはじめた。