第四話 もう何もシンジナイ
「あいつ……!」
「ど、どしたの。ケンタ。先生いない感じ?」
境の声にハッとしたようすの健太。境はそこに何があるのだろうと、歩きよってみる。すると、健太が急に慌てたように両手で押し戻すような手ぶりを送ってきた。
「く……来るな、キョウ! 来ちゃだめだ! もし聞いたら、お前は……! せ、先生はいなかった!」
「え? あ、先生の声するよ? いるじゃん」
扉に近づくと、中で話している女教師の声が聴こえてきた。けっこう大きな声で誰かと話してる。境が耳を澄ますと、健太はなぜか怯えたような顔になった。
いつもらしくない健太に疑問をもつ境。
しかし、すぐに原因がわかることになる。強引に。――激しい後悔という結果になって。
〈いやぁ、――はマジでないですねー。死ねってかんじー〉
「!?」
耳を疑った。
でもそれは完全にあの優しそうな……優しそうだった教師の声で。
ふと、授業中に気にかけてくれた教師の言葉が脳裏に浮かぶ。
『如月くん、ほんとにごめんね……。こんな問題出したから……』
〈なんなんですかね、かまってちゃんにもほどがあるでしょ。正直言って、うざい。うっとおしいわー〉
『――如月くんはそんなことしてないよって』
〈あー、いーのいーの。アレに両親いないから。見捨てたらしいよー? まーあんな不気味な子供、捨てたほうが賢明だよねー、私だってそうするよ。だって【職業】が【凶運】だよ? 呪われてんじゃん、悪魔、怪物〉
最初は、何を言われてんのかわかんなくて。何言ってんだろうと思って。両親に捨てられた子供? 不気味? 悪魔? 怪物? そんなかわいそうな人、だれだろうと思って。
――ああ、全部僕の事じゃないか。
〈でしょ? もし私なら自殺するわよ。あとねいじめられてんのよ、あいつ〉
「「!!」」
境が息をのむと同時に、隣で聞いていた健太ものどを鳴らした音が聞こえた。
何で、知って……いや、それよりも知ってて……!? と、いろいろな疑問と不安がいっきにあふれ出して、脳内を侵食していく。
〈大丈夫だって、両親いないし、もうこの学校のほとんどの教師は知ってるから。それでそのまんまにしてんの。止めるとかありえないわね。まぁこの学校って言うのは残業ありありの超ブラックだから、仕事増やしたくないって言うのもあるし、見ているのが楽しいしさ。……ん? 入りたい? いーよいーよ! どんどん来てね。……でも、もし如月が『助けてー』って言ったときは……〉
『――本当? またなんかあったら言ってね』
〈『えー? そんなところ一回も見てませんし、あなたの間違いではぁ? というか、あなたに非があんじゃないですかぁ? 変な冗談やめて』って言ってやるわ〉
もう、耐えきれなかった。
もう、何を耐えればいいのか。
もう、何を信じればいいのか。
誰を、何を、誰かを、何かを。もう、もう、全部が。
目の奥が、ツンとなった瞬間。気づいたら境は走っていた。
後ろから今となっては耳障りな笑い声と、必死に境の名前を呼ぶ誰かを置き去りにして。
荷物も持たず、靴を乱暴に履き替えて、校門を目指し、飛び出す。道なんてしらない。目についた角を曲がり、横切り、通過。道を歩いていた人が、驚いて境を振り返る。
視界がぐにゃりと大きく溶けた。
頬に熱いものが飛び散り、やけどしたところがねじられたように再び悲鳴をあげた。でも、それくらいの痛さなんてどうでもよかった。
この、自分の一番深いところにあるこの大きな傷の痛みに比べたら、そんなのはどうでもよかった。