第三話 暗い闇のミチシルベ
その声に振り向く荒山たち。境も目線だけで現れた人影を見る。
そこにいたのは、茶色の短髪に、意志の強そうな鋭い瞳の同学年の少年。
境を見捨てていく友達の中で、たった一人だけいてくれる親友――朱月 健太がいた。
「いや、チクったりとかしないよな、ケンタ。これはただの遊びで……」
「キョウ……」
荒山たちの言い訳を無視して、健太の視線が無様に倒れる境をとらえる。その瞬間、健太の眼光が怒り狂った肉食獣のように吊り上がる。
「おい、てめえら……二度とこんなことすんなって前に行ったよなぁ?」
「い、いや、だから……」
「言い訳はいらねー。いいぜ? いうことがきけねぇっていうなら、俺もおまえらが大好きな暴力で戦ってやるよ。……【職業】起動、【測定不能】」
その瞬間、健太の姿が焦点を結ばなくなり、ぐにゃぁと虚空に消えた。
「「「え!?」」」
いきなり消えたことに驚きをあらわにする荒山たち。そしてその表情を警戒に移すのにはもうすでに遅かった。
「――くらえよ」
姿が見えない健太の声。その声が聴こえたと思いきや、【専攻花火】を使ってきた少年が吹っ飛んだ。吹っ飛んだ少年は、地面にバウンドし花壇に割り込んだ。何が起こったのかわからない顔をしている。
やっと理解が追い付き始めた荒山が、全身を膠着させる。悟ったのだろう――もうこいつには勝てない、と。
「まだやるつもりか? 全滅させてほしいっていうなら、そこに残ってろよ。吹き飛ばしてやる」
「「「ヒぃ!?」」」
姿を現した健太が何かを発動させるように手を前にかざすと、何かを怯えたように固まる荒山たち。あの荒山でさえ顔を真っ青にしている。健太が軽く睨むと、荒山たちは顔を青く愛想笑いを振りまきながらそそくさと立ち去って行った。
ふらつく足を気合で立たせながら境は、ちゃんといなくなったかを確認している健太に苦笑いした。
「あ、あはは。いつもごめんね、ケンタ」
「あ? んなの全然大丈夫だから。気にすんな。……お前こそ大丈夫かって、大丈夫そうじゃねぇな……」
健太に指摘され、境は己の確認をする。服は足跡や、焦げた跡や、切り刻まれた跡があり。それが肌にも届いて、白めの肌が青あざや、擦り傷でほぼ埋まっていた。
この服はもう着れないなぁと、溜息をこぼす境に。健太はずかずかと近寄ってきて、境の顔を手で掴み少し強引に上をむかせた。
「うあ!? なんだこの傷。キョウ、お前、頬が……!?」
「あー、やけどだね。でも今は痛くないから……」
「そーゆー問題じゃねぇよ! あいつら、こんなことまで……!」
犬歯をむき出しにして、ガルル……とうなる健太を、必死に「どうどう」させる境。健太は、境の親友でいじめられ始める前から仲が良かった。もちろんほかにも友達はいたような気がするでもないが、境がいじめられるようになってから見捨てたり、裏切ったり、あるいは『いじめるほう』にうつったりしていなくなった。
そんななかでも、健太だけはずっとそばにいてくれていた。昔も今も。いつだっていじめられて泣いていると健太が止めに来てくれるのだ。
だけど、今でも不安がある。
いつか、健太もいなくなっちゃうんじゃないかって。
「ケンタは……、ケンタもいつか、離れて行っちゃうのかな……?」
「あ?」
「ケンタは、いつまでいてくれるんだろうって……」
「永遠だよ、えーえん」
しょんぼりさせていた境に、健太は自分の胸をドンッと叩いて見せた。
「俺らのここは、そんな柔いもんじゃねぇだろう?」
「――ッ! うん!」
ああ、やばい、泣きそうになっちゃう。ケンタがいるだけで、どこでも行ける気がする。じんわりと心が温かくなっていくのを感じながらはにかむ境に、健太も少し笑って、それから表情を曇らせた。
「さすがにこのままだとやばいよな。くそ、あいつらどんどん過激になってきやがってる。このままだと、俺が止めに行く前にお前が……!?」
「……うん。回数も多くなってきてるし……」
「は!? 今日、これ以外にもされたのか!?」
「う、うん。授業中に……」
「くそ野郎、授業中とか、場所も考えなくなってきやがってんのかよ! せめて、同じクラスだったら……!」
そういって、悔しそうに歯ぎしりする健太。そんな健太を見て、境はうれしいと思ってしまった。自分のために、こんなに悩んでくれる人がいるだなんて。友達や両親に裏切られても、健太がいるから、まだこの世界を恨もうとも生きていけるのだ。そんなことを必然的に思う。
ふいに、健太が「そうだ!」と指をパチンとならした。
「先生だ、先生! もういじめのこと言おうぜ、前はお前嫌がってたけど、もうこれしかねぇ! ほら、行くぜ!」
「え、え、今!? 僕、この格好で……!?」
「まわれは急げ! 急げば善!」
「急がばまわれ。善は急げね」
「そう、それ! ちょうど、その恰好で証拠にもなるだろ! ほれほれ行くぜ!」
「え、あ、ちょ、うぐ……!? やめて、首根っこひぱって走らないでぇええええええーー」
― ― ― ― ― ―
三分後。
職員室の扉の前。
「はい、職員室つきましたー」
「三分クッキングかよ、速すぎない!?」
「じゃあ、Three minutes」
「訳、三分」
冷静にツッコミを入れる境だったが、内心は緊張していた。先生は、話を聞いてくれるだろうか。信じてくれるだろうか。馬鹿にしないでくれるだろうか、考えていくとどんどん腰が引けてくる。
「ね、ねぇ、ケンタ。やっぱやめとかない? ほら、あの、ね……?」
「今更怖がってんじゃねーよ。ったく、じゃあ俺が話してくるよ」
やめてーと膝をついてとめようとするも、無慈悲な健太様は扉まで近づいていって。ノックする前にドアに手をかける。そして、大きく開く――! ……と感くぐっていたのだが、手がとまったまま動かない。
境が首をかしげながら健太の顔を見ると、その顔は驚愕で固まっていて、次の表情は体育館裏で見たようなあの怒り満ちたものに変わっていった。