第二話 痛い辛いとタスケビト
体育館の裏。
そこは太陽の光がさえぎられ、昼間でも薄暗い。たいてい地面は湿っていて、土のにおいがあり、雑草があちこちに生えている。普通は立ち入ることもない場所。
しかし、境にはそれが普通となり始めていた。
そこでされることといえば……
「お前、調子乗ってんじゃねぇよ!」
「ぐはッ!?」
集団でのいじめだった。
ここに来てすぐに腹を殴られ、無様に転がる境。
「よぉ、如月ぃ。お前、体育のときさ、めっちゃ調子のってたよなぁ? このクズが! お前が生きてること自体無意味なんだよ! むしろ消えろ!」
「ぐっ!」
「ちょ、荒山言い過ぎぃ。いくら本当の事でもさ! キャハハハ!」
「なぁなぁ、みんなでこの生きるゴミを掃除してやろうぜ」
腹をかかえてうずくまる境に、取り囲んだまわりが面白そうにニヤニヤ、ゲラゲラと笑い落す。だんだんひどくなっていくのだ、いじめが。最初は何年前だったか、まず言葉だった。そのあと、一年二年と年月が経ち暴力が加わり始めた。体が発達し、力が大幅に上昇していくが。まだこの時期の一部の子供は、善と悪の区別がはっきりしていない。けれども、楽しさはある。彼らにとって、善とは、いつだって自分中心なのだろう……。
かといって、まだ自分には太刀打ちできる力がない。体育の時、荒山に勝てたのも偶然に偶然が重なったからだ。悔しかった。はやく力が欲しい。にくかった。この理不尽な世界が。
「いいじゃん、掃除しようぜ。掃除。さぁみんなー掃除の時間ですよー。くらえ、クズ!」
「あ……ッ!?」
「ほら、いつまで寝んねしてんだよ、爆発するぜ? ……【職業】を起動。【専攻花火】」
そういった取り囲んでいた一人の手に、細い紙の糸のようなものが現れる。そいつが紙を垂らすと、先端に火がついて激しく燃え始めた。ぱちぱちと火花が飛ぶ。ここだけだと普通の線香花火にも聞こえてしまうが、違った。
それは、意志を持ったように蠢き、境を燃やそうと火種を小さく爆発させていた。
境が、この世界が理不尽に思う理由はここにもあった。この世界には【職業】というものがある。いつからあったのか、なぜこんな現象がおきるのか。そんなのはいまだ解明されていない。しかし、さまざまな仮説の中から有力なものを引っ張りだすと。
曰く、同じものはそんざいしない。
曰く、それは力であり、武器であり、能力であり、個性であり、才能であり、血筋であり、運命であると。
曰く、それは無力な人間に授けられた、神の力の破片であると。
だから、だからこそ、境はこの世界を憎んだ。
「はは、んな怖い顔すんなよ。きめぇから。いやだっていうなら、戦えよ。お前の【職業】、【凶運】でなぁっ!」
「ギャハハハ! 【凶運】でどお戦うんだよお!? ひー腹いてー!」
「マジ受んだけどー! ほらー、使えって使ってぇ!」
「…………ッ」
境の【職業】は【凶運】であった。その名の通り不運なことが続くのだ。荒山たちがプラスならば、境の【職業】は百パーセントマイナスである。これが常時発動するので、たまったもんじゃない。
無言で押し黙った境に、花火がギュッと頬に押し付けられた。
「アグァ!? アツやめ!?」
肌を焦がす熱さに境が暴れて花火を払い落とす。持ち主の手から離れた【専攻花火】は空中に霧散した。
肌が痛い。皮膚が軽く焼かれて、じんじんと悲鳴を上げている。イタイイタイ、痛い痛い!! 許容を超えた超絶な痛みで悲鳴をあげた境に、さらに追撃が襲う。
「なにすんだよ、悪魔のくせに。【職業】を起動。【小石乱】」
ほかの生徒が、放ったすさまじいスピードで襲ってくる小石。やけどの痛みですぐに起き上がることのできない境は、ゴロゴロと横に必死に転がり何とかよける。だが、それすらも楽しむように、中心的存在の荒山が【職業】を放つ。
「【職業】起動、【空気砲】」
荒山の手の中で作り出された風の塊が、立ち上がろうとしていた境の背中に直撃し。境の細身な体が簡単に吹っ飛んだ。
無防備に跳ね飛ばされ、受け身をとることもなく地面に落下。地面が土で、境の頭を砕かなかったのがたった一つだけの幸いだろう。
(……いたい、な……)
境は、倒れ伏したまま。口の中にほのかに広がる鉄の味を味わいながらもうろうとする思考で考える。
(なんで、自分だけ、弱いんだろ。何で、自分だけ、こんな目に……)
本来なら、たとえ力が及ばずとも。いじめには立ち向かったほうがいいんだろう。反抗して、抵抗して。『もうやめて』って言うのが正解なのだろう。
(だれだよ、それでいじめはなくなるって言ったやつ……。馬鹿げてんじゃん。できないんだよ。そんなの……できるはずがないじゃないか……)
きっとそういった人はいじめなんて受けずに良いことを吐きまくって上から目線なんだろうな、と。ひねくれ始めたことを八つ当たり気味に考える。もう、いやだった。こんな世界が。こんな世界に生まれてしまった自分が一番いやだった。
多数の足音が近づいてきて、それを聴いて(ああ……このまま掃除されるのかな)とあきらめかけたとき。突然、怒りに満ちた少年の声が聴こえた。
「なにやってんだよ!?」