08 私の覚悟
確かに盲点だった……
夫婦生活それすなわち同じ屋根の下で共に生活するということ。
(え、私ここに住むの??)
「まじ??」
「ええ、おおまじです」
「な!!」
「でもその前に」
前を歩いていた参謀が足を止める。
そしてゆっくりと振り返る。
「アンナさん、あなたには魔王様の妻になるお覚悟がおありですか」
参謀は私を、じっと見つめる。
(覚悟??一体なんの覚悟だろうか)
「……まだよく分かっておられないみたいですね。では参りましょう」
参謀は再び前を歩き出す。
「ちょっと待ってよ、どこ行くの!!」
そこは魔界が一望できるほどの巨大なバルコニーだった。
「いい加減にしなさいよ、あんた。はぁはぁ……」
「これくらいでへばっていたら、この先やっていけませんよ」
「はぁはぁ……」
言い返せないくらいに疲れてしまっているのが情けない。
(くそお、)
参謀はあざ笑うかのように私を見る。
(くそお、)
「さて、魔王様のお帰りです」
参謀は深く頭を下げ、出迎える。
「魔王様、お帰りなさいませ」
「うむ。な!!アンナさんまで!!」
「!!!」
「今着替えて参りますので、もう少しだけお待ちください!!」
魔王は部屋へ向かって小走りで走り出す。
私は魔王のそれに驚きを隠せなかった。
その姿を見て、参謀が口を開く。
「アンナさん、これが魔王様の妻になる覚悟というものです。今一度、ゆっくりとお考えください」
そして参謀も立ち去る。
私は広いバルコニーで一人になっていた。
(あ、あれって血だよね……魔王さん、勇者と戦ってきたんだ……)
参謀の言葉を思い出す。
――あなたには魔王様の妻になるお覚悟がおありですか
(覚悟……って……)
私はまた考え出す。
私は分かっていなかったのだ、魔王という生き物がどういうものか。
人間の敵で、万人が恐れる魔界の王様。
私は知っている気になっていた、なにも知らないのに……
(私……)
「アンナさんお待たせしました。外は肌寒いですのでこちらに」
背後から魔王が駆け寄る。
今にも泣き出しそうな私を見て、露骨に魔王が慌てだす。
「ア、アンナさん!!どうしたのですか??」
「……魔王さんのことを私はなにも知らないんですね」
それを聞いた魔王は小刻みに動かしていた足を止め、私の前に立つ。
「いいんです。以前にも言いましたが、これから知っていってください。それだけでわたしは幸せです」
「では、一つ伺ってもいいですか??もしかしたら幻滅してしまうかもしれませんが……」
「いいえ、ありえません」
「ふふ、すごい自信ですね」
「当然です」
魔王はえっへんと胸を張る。
そんな魔王の目を見る。
「どうして、魔王さんは魔王なんですか??」
魔王は目を見開き、キョトンとした顔した。
そして、
「はははははは。わたしが魔王たる理由ですか??」
「笑い事じゃありません!!どうして……」
「そうですね。理由はいろいろありますが……やはり一番はわたしの愛しい人を守るためです」
「それって」
「ええ、アンナさんです」
魔王は恥ずかしそうに私を見つめる。
私はなにかが溢れそうになった。
「どうして私なんですか」
「アンナさんじゃなきゃダメなんです」
私は俯く。
「……これが最後ですよ。本当に私でいいんですか??」
「もちろんです」
なにかが地面に落ちる。
「ななな!!涙が!!今、ハンカチを持ってきます!!!」
魔王は走って何処かへ行く。
「さて、アンナさん。もう一度聞かせていただきます」
そこには、いなくなったはずの参謀が立っていた。
「アンナさん、あなたには魔王様の妻になるお覚悟がおありですか」
私は顔を上げて、参謀に言ってやる。
「ええ!!今できたわ!!」
「ふふ」
参謀はニコリと笑うとなにも言わずに立ち去る。
入れ替わるように魔王が走って戻ってきた。
「アンナさん、これ使ってください」
「ありがとう」
私は涙を拭き取る。
そして、
「魔王さん、私は我が儘です」
「はい」
「しかも意地っ張りで泣き虫です」
「はい」
「いい所は全然ないかもしれないけれど」
「そんなことないです」
「それでも魔王さん」
私は魔王の手を握る。
魔王はその手を握り返す。
(私は魔王さんと幸せになりたい)
そこには顔を夕焼け色に染めた、人間と悪魔がいた。
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そのままどれくらいが経っただろうか。
ふと魔王が口を開く。
「そういえば参謀が魔王城に帰還する前に、服と身体に血のりをつけてほしいと言われたのですが、なにかご存知ですか??」