10 結婚前夜の女子会
あれから家に帰ってから、私はなにもしていない。
うん、本当になにも。
いやいや、本当になにも。
日取りが決まってから、私は魔王に好きな色、好きな食べ物、飲み物……などなど、好みを聞かれはしたけど。
逆にそれ以外、私は明日行われるはずの結婚式についてなにも知らない。
今理解できるのは、私の家にメルを含めた女友達、計3人が泊まっているということ。
「いやぁ、あのアンナが、結婚だよ。さすがにこれは、笑わずにはいられないでしょ」
「ほんとなぁ。学生の時、ユイの元彼に浮気しようって提案されてたこともあったよねぇ」
「あったあった!!確かそいつアンナに殴られて顔面に青タンつくってたよね」
「やばい、懐かしすぎる!!」
「そんなアンナもついに結婚かぁ」
3人が一斉にこちらを向く。
なんだ揃いも揃ってみんなのそのニヤニヤ顔は。
いい機会だから説明しておこう。
この3人が私の唯一の友達。
20年生きてきて、唯一の。
名前は右から、メル、ユイ、フィーナ。
どういう付き合いかと言うと、皆んな学生時代の同級生。
私は、母に連れられ一時期、王都に住んでいたことがある。
目的は母の仕事が丁度、王都であったこと。そして私が王都の学校に入学することが決まっていたこと。
それらが丁度重なっていたので、いっそ王都に住んじゃおう。と母が言ったのだ。
これもまた謎なのだが、貧乏な我が家が何故あの時、3年間だけとはいい王都に住まうことができたのだろうか。
さらに言えば、私が王都の学校に入学できたのも謎すぎる。
当時、母は抽選に当たったと言っていた。
入学前のその時は、そういうものなんだ。と納得していたが、入学してから分かった。
あれは確実に母の嘘だ。
メルもそうだが、あの学校にいた人は皆、例外なく優秀だった。
……私は例外だったが。
当然、場違いな私に不満を持つものは大勢いたし、嫌がらせもされた。
ぶっちゃけしんどかった、毎日泣きそうになっていた。けど、母を心配させたくない一心で耐えた。
が、まあ人間、我慢の限界があるってものですよ。
ある日、私の張り詰めていた糸がプツンと切れたのだ。
学校に行くと母の悪口をでかでかと黒板に書かれたのだ。犯人は分かっていた、それと味方がいないことも。
私はそいつに向かって走り出した。全力でぶん殴ってやろうとね。
もちろん退学覚悟で、あいてはそこそこの中級貴族さん。私を退学にするなんて容易かっただろう。
でも……私は許せなかった。
その時、私の代わりにそいつをぶん殴ってくれたのが、ここにいるメルだ。
唖然としたのを覚えている。
それと殴りかかろうとしていたはずなのに、気がついたらメルを宥めるの必死になっていたことも。
あぁ、言うのを忘れていたけれど、メルは王国四代貴族の一つ、グラシア家の長女だ。
お陰で私の退学はなく、無事に卒業できた。
私とメルの出会いはそんなとこ。
それからはメル伝いで皆んなと出会っていった。
私はメルにずっと聞きたかったことがあった。
「ねぇメル?私、入学したばっかの時いじめられてたでしょ。なんであの時、私を助けてくれたの??」
正直わからない。あの時私とメルには接点らしきものは見当たらなかった。
それにメルはクラスでも中心にいた。そんな彼女が、どうして私なんか。
「あったねぇ。うーん言っていいのかなこれ」
「言いんじゃない別に」
「うん、サナさんも今なら絶対怒らないよ」
(ん?なぜそこでお母さんの名前が……)
「あの時ね、実はサナさんにお願いされたんだ」
「お母さんに??」
「うん。娘がもしかしたら学校で嫌な思いをしているかもしれない、もし何かあった時は手を差し伸べてあげてほしい。って」
「え、私知らないよそんなこと」
「そりゃぁそうだよぉ。だってサナさん、アンナが私のために頑張ってくれてる。だから私も我慢しなくちゃいけないって言ってたもん」
ユイが優しく浸るように言う。
「でもまぁ、正直私は助ける気なんてなかったけどね」
メルが私を見据える。
その目には怒りが見え隠れしていたが、それでもどこか優しい目だった。
「でもさ、ムカつくじゃん。私サナさんのこと尊敬してたし。それをあんなのに馬鹿にされたら」
「それにあの時知ったの。アンナのことその時まで、やり返す勇気のない臆病者だと思っていたけど、違った。本当は人のためになら立ち上がれる勇気ある人ってね」
「アンナ……」
私は目頭が熱くなっていくのが分かった。
「良かったよねぇ。あれが無かったら、アンナとは出会えなかったかもしれなかったしねぇ」
「ね!本当そんなの今の自分が知ったら間違いなく私を殴るね」
「メルは意外と武闘派だからね」
「ゴリゴリよ、ゴリゴリ」
「フィーネだって、知ってるんだからね。意外と」
「わーーーーやめてーーー」
「フィーネ、必死すぎ」
3人にどっと笑いが起こる。
そんな3人を前に私はというと……
泣いていた。
「アンナが泣いてるぅ」
「ええ!久しぶりに見た!!」
「え、まじ!!?ほんとだ」
「ダメだ、私。最近、泣いてばかりで」
確かに私は泣いてばかり。
母が天国へ行ってから、今日までの間幾度となく泣いてきた。
いや、実際は全然泣かないのよ私。多分……
メルがそっと私を抱きしめる。
そしてそれに続いて他の2人も抱きしめる。
「いいんだよアンナ。泣きたい時は泣けば。それにきっとそれは幸せ涙でしょ」
「……うん」
「これからもいっぱい泣いて、笑うんだよ」
「……分かった」
「もし魔王がアンナを不幸にすることがあったら、また私がぶん殴りに行くから!!」
「アンナは魔王より強いからねぇ」
「アンナ怖っ」
「筋肉バカ」
私たちは皆、顔を見合わせる。そして全力で笑う。
「アンナ、遅くなったけど結婚おめでとう」
私たちは、夜が明けるまで思い出話に花を咲かせた。