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「なかなか起きないわね」
「しょうがないよ。父上が驚かしたりするから」
「驚かして居ない……はず」
「完璧に驚かしてたわよ?熱もあったから疲れたんでしょうね」
うるさいなぁ。寝てるんだから寝させてよ。
「ん?皆様、少女が目を覚ましますよ」
「ありがとう、セバス。何か食べる物を持ってきて」
「はい」
部屋から出ていく音が聞こえた。
と言うかなんで寝てるんだっけ?
ああ!そうだ、怖い人に驚かされて!
私は今までのことを思い出してガバリと勢い良く起き上がった。
「あ!起きた?」
「ひっ」
起き上がると女の子の顔が目の前にあって悲鳴を少し上げてしまった。
「ひっ、って何よ。失礼ね」
「ご、ごめんなさい」
不機嫌そうな顔の少女を見る。
私と似てる。
「フィア、起きるといきなり顔が似た子がいると誰でも驚くよ」
先程転び方になった時、受け止めてくれた男の子が言った。
あれ……女の子の顔がドアップ過ぎて気が付かなかったけど全員揃ってるよ!
私は焦って、布団で顔を隠す様に覆った。
すると、頭を優しく撫でられた。
「怖がらなくていいのよ。何もしないから」
さっきの女の人が優しく声をかける。
「ただ空から落ちてきた理由を聞きたいだけ」
おずおずと顔を見せた。
みんな優しそうだな。撫でられたのって、いつ振りだろう?
自然と涙が溜まってくる。
「分からないんです。記憶が、なくて……」
みんな記憶喪失だと思っても見なかっただろう。驚いてるよ。
「そうなの……大変だったわね。自分の名前は分かる?」
「えっと……莉亜、です」
「そう、リアちゃんと言うの。可愛い名前ね。住んで居たところは?」
住んでた所……。
「日本という国に住んでたと……思います」
確かそうだったはず。
……でも、此処は日本じゃないだろうな。
だって空から落ちている時、日本じゃなかったし、こんな豪華で広い家、日本にあったら少しでも話題になるもの。
それにあそこの侍女?さんの髪と目を見てよ。ピンク色だよ!?あり得なくない?
いつの間にか空から落ちてた。地球ではあり得ない景色だった。そして容姿や服。
こういうのを組み合わせていくと、何と無く異世界じゃね? となるね。
皆さん、首を傾げて「そんな国あったっけ?」と小声で話し合っていた。
私は最後に聞きたい事があるので聞いてみる。
「あの……私って空から落ちてましたよね?」
「ええ」
「どうやって助かったんですか?」
「それはジークが風魔法で」
優しそうな女の人はそう軽く返して来ました。
魔法……それが聞きたかった。
だって、あの高さから落ちて生きてるなんておかしいし……。そっかぁ、異世界なんだね。
記憶はないから人事のように感じてくる。
そう考えている時、扉が開いて器を持った執事らしき人が来た。
初老の黒混じりの白髪をして居て目は細目でよく分からない。
「お粥をお持ちしました」
「ありがとう、セバス」
この人はセバスと言うらしい。
セバスは私の所に器を置いた。
蓋を取ると湯気が溢れてとても良い匂いがする。
起きた時の匂いってこれだったんだ。
「遠慮せず食べて!ここの料理人が作った物は全部美味しいから!」
女の子は目を輝かせながら自慢してくる年頃の女の子だ。
遠慮がちにひと匙掬って食べると、一般料理とは思えない美味しさだった。
「美味しい……」
そう思うと溜まって居た涙が溢れ出して止まらなくなった。
みんな私の様子に慌てている。
男性陣はオロオロとしているが、女の人は私を抱き寄せ、女の子は涙をハンカチで拭ってくれた。
「ねえ、リアちゃん。良かったら私達と一緒に暮らさない?」
涙がおさまった所で女の人がいきなり言った。
え、暮らす?
確かに住む家はないけど……。
「リアちゃんが寝ている時に話し合ったの。皆んな賛成よ。私も新しい娘が出来たと言う感じで嬉しいし、一人増えた所で何も変わらないわ」
「そうよ!私達きっと同い年だから仲良くできるわ」
戸惑いながら周りを見回すと皆さん密かに頷いて居た。
ここに居ても良いの?
「これから、よろしくお願いします」
戸惑いながら、そして笑いながらベッドの中で軽く頭を下げた。
私はここで暮らしていくことになった。
この家は侯爵家らしい。
そして何故か正式に家の子として迎えられた。貴族の登録は6歳かららしく、顔も女の子とそっくり、という事で双子の妹として登録するらしい。
ただ、女の子の方はお茶会に何度か参加しているらしく、不審がられる可能性があるので病弱設定になった。
こんなに似てるのに疑う人は居ないだろうけどね。
新しく家族となった人達を紹介しよう。
厳しそうな男の人が当主のアレックス・ノルドリア
私が泣いた時、抱き寄せてくれた優しい人がアレックスの妻、オリビア・ノルドリア。
転びそうになった時に支えて来た男の子が3歳年上のジークフリート・ノルドリア。
そして私に良く似た子はフィリアーナ・ノルドリア。
ついでに私は、リアでは名前が短いという事で、オフィーリアとなった。
その次の日、私は熱があるので大人しくベッドで寝て居た。
暇……とてつもなく暇だ。
スマホは電池が切れたし、テレビもない、ゲーム機もない。やる事がない。
そんな私の所へジークフリートがやって来た。
「リア、熱は大丈夫?」
「はい、ジークさ……お兄様。前よりも楽になっているので」
何故か『お兄様』、『お母様』など、言うようにこの前お願い(強要)されたので、そう言うことにした。
「そうなんだね。実は暇してると思って本を持って来たんだ」
「本!」
ああ!本があったね。それを読めば良かった。
「何の本ですか?」
私は何の本か期待を込めて聞いた。
「ミュリンゲル国の建国記だよ」
ミュリンゲル国とはこの国の名前らしい。
「読んであげるね」
そう言ってジークフリートはにこやかに笑いながら本を開いた。
「い、良いです!自分で読めますので!」
精神年齢的にきつい!キツイからやめて!
立派な大人が子供に本を読み聞かせてもらうってどんな差恥プレイなの!
私はそう言って本を覗き見た。
そして固まる。
読めない……。
そう言えば日本じゃなかったわ。皆んな言葉が通じるから忘れてた。
「流石にまだ読めないよ。文字の勉強でもしたいの?」
「……はい」
そうだね。今後に困るから読めたり、書けたり出来るようになりたい。
ジークフリートは「それなら」と言って私が寝ているベッドに入り、横に並んだ。
「なっっ!?」
「これなら見れるでしょ?」
正当な答えだけど恥ずかしい……恥ずかしいよ。
と言う感じで、8歳に読み聞かせてもらうと言う恥ずかしい体験を熱が引く一週間ほどすることになった。
途中色んな人が入り込んで来て大変だった。
ある時はお姉様が、ある時はお母様。そしてある時はあの怖そうなお父様……何故かお父様は仏頂面でこちらを睨んで来て居たけど、皆んなが言うには和んでるとかなんとか……全くそう見えないけど。
私はそんな差恥プレイを止めるべく必死に勉強し、熱が引いた頃には完璧になって居た。
ジークフリートは残念そうにして居たが、私としてはホッとした。
それから数日後、貴族としての教養を身につけるべく、猛特訓が開始された。