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電子辞書

僕が中学3年生の時に電子辞書が発売された。


といっても『日本で初めて発売された!』とか『日本初上陸!』という訳では無い。

ただ単に、『その年モデルの電子辞書が発売した』というだけだ。


少し説明すると、僕の母校では電子辞書の会社と契約的な何かをしており、新モデルが発売されるたびに一定の学年の生徒は特別価格にて買うことができる、という訳だ。


その年の電子辞書はかなり便利な物で、ほとんどの生徒は申し込んだのだが…。




当時の僕「電子辞書どうする?」

父「中古で買うからいいよ」

僕「うい」




という会話があり僕の物は中古で買う事になった。

当時の──というか今も変わらずそうだが──父はゲーム機だろうがパソコンだろうが携帯電話だろうが中古とかセール品を買うスタイルを確立しており、僕はそれに慣れていたので特に反論も無かった。


確かにいつかは壊れたり故障する品だと考えれば安上がりの方を買うのが妥当だ。









・・・。







さて、ここまで読んでくださった方のほとんどは


「は?だからどうした?」


と思っている事だろう。

確かに僕は『この文章を通じて電子辞書の何たるかを教えようとしている』訳でも無いし、『電子辞書から分かる今の日本の教育のうんぬんかんぬん』を書くつもりもない。


だが。


この作品(と呼べるかも怪しい駄文だが)はあくまでエッセイ。論文ではない、大仰な事を語るつもりは無い。





いや、エッセイですら無い恐れもある。


まあともあれ、ちょっとした世間話のようなくだらない話だ。











では電子辞書に話を戻そう。


僕と父の会話から三週間と少し、あくる日の朝の事だ。僕の母が、


母「そういえば電子辞書の受け取りって今日じゃない?」


と言ってきた。


確かにそうだ。その日は新製品の受け取り日、申し込んだ生徒は学校で──代金ぴったりを入れた封筒を持っていき──引き換えするのだ。ピカピカのキズ一つ付いてない奴をだ。


その言葉を傍らで聞いていた父が、


父「え、申し込み用紙もらってないけど」


と言っていた。








・・・?







ふと違和感を覚えた僕はふりかけご飯を口に入れる箸の動きを止めて、その言葉を反芻する。




母の「今日が受け取りじゃないの」という言葉に父は「用紙をもらってない」と言った。確かに言った。




つまり、父も母も「僕が新品の電子辞書を今日受け取りに行く」と思っている様子なのだ。


しかし僕はもちろん用紙なんて出してないし代金を受け取るつもりも毛頭無い。




根本的に間違っている、訂正しなければ。

そう思い口を開こうとした矢先、


姉「その用紙ってこれの事?」


二階から降りてきた姉が一枚の紙を手に持ちヒラヒラ振っていた。


ああ、そういえば子供部屋の僕の机の上に置いてあったな。確か父が『性能が似たのを買いたいからチラシ頂戴』と言っていたが、ついつい渡すのを忘れていた。


僕「ああそれそれ。じゃあ、はい」


姉から受け取り父に渡す。




すると、彼は日常では見せないようなポケーッとした顔をした。




そして、次の瞬間。


父「はぁ?なんでこんな当日に渡す、今すぐ3万近い代金なんて用意できないし」


と、怒り露わに声を張り上げたのだ。





いよいよもって勘違いだ。

『中古で買う』という事柄を完全に忘れている。


まあ家庭教師という職業もあって忙しいのだろう、忘れていた事に多少はショックだが仕方ない。




僕「電子辞書は中古で買って、そのチラシは参考にするから頂戴って言ってたよね?」




某裁判ゲームの『異議あり!』が如く父に他愛ない真実を突きつける。失礼にあたるので箸で彼を指している訳ではないが。




父「はっ、中古ぉ?何言って───」















突然だが、文学作品にてちょくちょく見かける『口をぱくぱくして』という表現をご存知だろうか。


僕はその文を見る度に『人が金魚みたいにぱくぱくするなんて、ホントかなぁ』などと思っていたのだが、












「─────(←口をぱくぱくする音)」









本当にぱくぱくした。声を発する事無く開閉した。


そして一言。


父「・・・だってそんな、当日使うとは思ってなかったしゴニョゴニョ」


顔を背けながら言った。






失礼な、実に失礼な事だと思うが、



僕はこの時、本当に勝ち誇った気分でいたのだ。



というのも我が父はよく言えば『真面目』、悪く言えば『生真面目すぎ』もしくは『堅物』さらに『頑固』といっても差し支えないような性格だったので、一杯食わせてやったのが非常に嬉しかったのだ。


なんならその時の顔を写真に収めておきたいくらいだった。


携帯を寝室に充電していたので無理な話だったが。




















次の日曜日、そろそろ寝ようと準備をしていた頃。


仕事から帰ってきた父がおもむろに電子辞書を取り出した。


父「これ、電子辞書ね。そのうち充電池に変えるから、今はあまり使わないように」





───皆が新しく買ったモデルの一つ前の機種。

やけにつるつるとした上蓋を見るに、中古とは言えなかなか新しい物を買ってくれたのだろう。


僕「うん、サンキュ」













という訳で今電子辞書は僕が使っている。機能も申し分ないし、ここぞという時にササッと調べられて非常に便利だ。


変な話かもしれないが…漫画のキャラのステッカーの間から覗く、まだつるつるが残っている上蓋を見る度にあの『ぱくぱく顔』を思い出すのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリーの流れが分かりやすく、簡潔なところ。 [一言] とても好みの文体でした。 タイトルのセンスもいいですね。 電子辞書を愛好する者として、見逃せませんでした。 電子辞書、いいですよ…
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