追いかけて、捕まえて
日が長いとはいえ、午後八時を過ぎれば当たり前だけど外は夜。辺りは真っ暗だから歩道の電灯は点いているし、遠くに見える大型スーパーやその手前のテニスコートなんかはむしろ昼間みたいに白く光っている。わたしはその灯りをなんとなく見ながらも足を急がせた。
というのは、近くの空からコロコロと不穏な音が聞こえていたから。今日は傘を持っていないのだ。雨が降りそうだから急いでバイト先を後にして帰路についている。駅まで歩いて十五分。ここがいちばん長い。電車に乗ってしまえば雨には濡れないし、降りてからは商店街の屋根の下を通れば、家まではほとんど濡れずに済む。だからこそ今のうちに急ぐのだ。ビュンと通り過ぎていく車を横目にわたしは早歩きをした。
いつもならそこの道をまっすぐ行って大通りをぐるりと回って駅に着くのだけれど、今日はそうも言っていられない。大雨に遭うだけではなくて、わたしの足が血塗れになってしまう。今日に限って新しい靴を履いたせいで、両足ともに靴擦れを起こしている。いつもの道を歩ける気なんてしなかった。今だって、立ち止まってしまったら再び歩きだすのは無理なくらい足の薬指と小指と踵が痛い。
だからわたしは左に曲がって進路を変えた。だいぶ近道だけど、普段は通らない。人通りが少ないし、いつも薄暗いし、あまり聞こえのよくない噂のある土地があるから。
「裏野ドリームランド」
わたしはその土地の柵に引っ掛かったままの錆びた看板をふと読み上げた。周りに誰もいなかったからなんとなく声に出してしまった。
薄汚くなった金属の板がわたしの目の高さより高いところまで張ってあって、それが道に沿ってずっと続いている。ときどき傷んで破れた板の隙間から頑丈な雑草が突き出ているのがみすぼらしい。早く取り壊すなりしてきれいにすればいいのに。
裏野ドリームランドは、閉園した遊園地。いつ閉園したのかは知らないけれど、つい最近でないことは確か。わたしがここの存在を知ったとき、既に営業は停止していたから。子供の頃から近くに住んでいる同級生に聞いてもいつ閉めたのか知らないというのだから、だいぶ放っておかれているんだな。
明るい時分だと、奥の方に観覧車やジェットコースターのレールが頭の方だけ見えるし、敷地の囲いの長さからして、そこそこ設備の整った遊園地だったのではないかと想像する。昔は賑わっていたのかしら、と思いながら歩いた。でも痛いものは痛い。気を逸らすつもりでそちらに目を向けても、妙な歩き方になってしまう。早く家に帰ってこの両足を靴から解放したい。あと少し、あと少しと唱えて進む。やっと駅に続く分かれ道が見えてきた。わたしはその道へ行くために右側に渡ろうとした。
そのとき、その右の道から小さな人影がぴょいと飛び出し、ぱたぱたと走って道を横断してきた。細い街灯の下に立った影は、三歳くらいの女の子で、くるりと回ってこちらを見て、すぐに背を向けてわたしの前方を駆けていった。
こんな薄暗い夜道に一人なんて危ないなと思ったけれど、普通に考えれば親か誰かがその辺にいるだろうと思い直し、わたしはすぐそこに近づいてきた右の道を覗き込んだ。
あら誰もいないじゃない。
道はまっすぐに伸びているけれど人影もなくしんとしていた。思い立って、来た道を振り返っても、わたし以外に誰もいなかった。
もちろんわたしの先を歩く人はその子だけ。あんなに小さい子が一人で歩いているなんて変だ。家族のいるところからするりと抜けてきてしまったんではないだろうか。わたしが右へ曲がらなければならなくなったギリギリの時点でも保護者らしき人は現れなかった。わたしは気になってその子を目で追いかけるために立ち止まった。
すると、女の子も立ち止まり、左に向いて身を前に倒したかと思うと、両手を左側の柵に押し当てて身を委ねた。
わたしはほんの一瞬だけ、その子が消えたと思ってびっくりしたけれどすぐにどういうわけかわかった。
「だめだよ!」
わたしは思わず声を出し、女の子を追いかけた。
「危ないから入っちゃだめだよ!」
数秒走って左の柵に手を置いた。ぐいと押すと柵が切り取られたみたいに一部が見えなくなった。どうやらここは裏口のひとつだったらしい。人一人が通れるくらいの小さな扉には、鍵が掛かっていなかった。
一歩園内に足を踏み入れると、その妙な空間に息を飲んだ。たった一メートルほど歩いただけでこんなに街並みは変わって見えるのかと思った。だって、使われなくなった遊園地に入るのなんて初めてだったから。少し警戒しながらもわたしは再び走りだした。すぐ左には売店だかトイレだかの小さい小屋の壁があって、屋根の下に取り付けられた蛍光灯が黒く溶けたように劣化していた。その壁にある小窓にも汚れがこびりついていて、こちらに降ってきたら嫌だと、わたしは反射的に右側へ逸れた。
あの子はどこ?
本来の目的を思い出し、急いで辺りを見回した。数メートル先までは物陰の輪郭を捕らえることができるけれど、外の道の灯りが届かない距離になると、先に道があるのかないのかさえほとんど判別がつかない。わたしは人影を逃すまいと、目に神経を集中させた。あの年齢では見えなくなるほど遠くには行っていないはずだから。
「いた!」
右前方に動く影はあの女の子だ。子供特有のコロコロとした笑い声を立てながら奥へ走っていく。これ以上離れられては見えなくなってしまう。わたしは本気で走るために足先を地面に強く押し付けて蹴りだした。
「痛い!」
このひと蹴りで指と踵が一気に削られたように痛みが走った。痛すぎたからか、急に吹っ切れた。痛いのを我慢して必死に守ってきた新品の靴だけど、それどころではない。そんなことは言っていられない。わたしは靴の踵を思い切り踏んで、跳ぶ勢いで女の子を追いかけた。踵を踏んでいるから走りにくいけれども、踵が擦れないように走るよりよほど速かった。
「待って!」
と言いながら暗闇に消えそうな小さな影めがけて走り、女の子に追いついた。すかさずその子の手を掴むと、半ば無理矢理引っ張ってここから連れ出そうとしたけれども、女の子は反対方向に重心を掛けて動こうとしなかった。
「こんなところに来ちゃだめだよ。あっちへ行こう。きっとお家の人も外で捜してるよ」
女の子は顔をこちらに向けてぽかんとした表情をした。丸くて黒目がちで少しだけつり上がった目はなんとなくうさぎを連想させた。小さな口は半開きで何か言いたげにもみえた。何か答えるかと少し待ってみると、女の子は笑いながら、
「いかない」
と言った。
今度はわたしが不意を突かれて手の力を緩めてしまった。満面の笑みなのに言い方がきつい。まるで外側と内側が別人みたいな印象を受けた。
そんなことを一瞬思っている間に、女の子はわたしの手を振りほどき、また奥へと走りだしてしまった。
「ちょっと」
わたしは慌てて追いかけた。女の子の結われた髪がぴょんぴょんと跳ねている。女の子の足は想像よりだいぶ速い。あっという間に何メートルも距離を開けられてしまう。
そこでふと気付いた。
周りがうっすらと明るくなっている。だからこそ女の子の表情も見えたし、どちらへ走っていくのかもわかるのだ。近くには噴水、ブランコがあり、もっと先にはメリーゴーラウンドや急流滑りらしきものも見える。明るくなったということは、他にも人がいるということだ。自分の足音に混じって、笑い声が聞こえてきた。遠くの方から大人の笑い声がした。そこでわたしは今日は何かイベントでもやっているのか、と思った。それなら裏口が開いていたのも合点がいく。ただ、全体的に薄明かりなのが気になったけれど、それがすべてアトラクションの一部の電飾だけを使っていて、園内に立っている他の電灯は一切点いていないからだった。今さら煌々と園内を照らすのも憚られたのだろうか。
「ねえ待って。一人で行っちゃだめだよ。お父さんかお母さんは?」
もう一度捕まえて足を止めさせ、わたしは問い質そうとした。いくら他に人がいて、イベントが開かれているからといって、こんなに小さな子を一人でうろうろさせておくなんて気が気じゃない。お節介かもしれないけど、黙ってはいられなかった。
「この中にいるの?」
女の子の目を見て優しく訊いてみた。もちろんその間も手は離さなかった。
「あっち」
女の子は無邪気に笑って右奥を指した。その方向にはコーヒーカップがあって、黄色っぽい電気がカップとソーサーに点いているから回っていることまでわかった。それならこの子がそこで親と会うのを見届けたら帰ろう。そう思ってコーヒーカップの方へ歩こうとすると、女の子はまた走りだした。でも今度はわたしの手を振り払おうとはしなかった。むしろわたしの方が手を引かれるような格好だった。
女の子はぐいぐいわたしを引き、一直線に駆けた。途中、周りのアトラクションに乗っているであろう人達の話し声や騒ぐような声を聞いた。メリーゴーラウンドから音楽も聞こえてきて、人の乗った馬がゆっくりと回っているのも遠目から見た。赤と青の電飾がきらきら光り、まるでアンティークの置き物みたいだった。今どきはこんな楽しみ方もするんだなあ、なんて感心した。夜にひっそりと遊ぶなんて、一体誰の思いつきなのかしら。どこかの貸し切りなのかしら。
コーヒーカッブまであと五メートルほど。あの近くに親がいるのね、と思っていると、女の子が急に左に進路を変えた。その勢いでびゅっと生温くて重い空気が顔に当たった。わたしは直角に曲がるのについていけなくて、転ばないように体勢をなんとか保ち、靴を飛ばさないように爪先で靴を押した。
「ねえ、あっちじゃなかったの?」
その子の耳に確実に届くように身を前に傾けて声を掛けた。
「まちがえちゃった!あっちだった」
女の子は笑いながら前に指を突き出した。指の先に見えるのは立派な観覧車だった。古いせいなのか、観覧車のゴンドラの電気は点いたり点かなかったりで、これでは遠くから見てもきれいな輪には見えないだろう。
「本当にこっちで合ってるの?」
「うん!」
自信満々に言われたから、今度ばかりは信じてみることにした。女の子は嬉しそうに声を上げながら観覧車の方へ突っ走っていく。それに合わせてわたしも走る。周りから聞こえる懐かしいような旋律とときおり響く笑い声。ずっと向こうに見えるお城はぼんやりとした白い光で包まれているだけで幻想的で、夜だからこその雰囲気にわたしは物珍しさときらめきを感じていた。
観覧車の目の前まで来ると、埃っぽい券売機の横に四段の小さな階段が柵を隔てて置いてあるのが見えた。ちょうどそこを上がって、観覧車の入口に向かう人の姿も見えた。観覧車の前には係員らしき人が一人立っていて、人が乗り込むと扉を閉めていた。
「ここにいるんだよね?」
「いるよ」
「どこ?」
わたしが訊いたことには答えずに、女の子はわたしの手を両手で引っ張って言った。
「いっしょにのろうよ」
まるで母親にねだるようにかわいく駄々をこねた。わたしは戸惑って、
「お父さんかお母さんに乗せてもらって。わたしは帰らなきゃいけないから。ほら、この辺りにいるんでしょ?」
と返した。視線を巡らせて、周りにそれらしき人がいないか探してみるけれどもどうもいないようだった。近くにいるならこの子が見えたらすぐに駆けつけてくるはずだ。
「まだおしごとしてるからまってるの。だからいっしょにのろうよ。おねがい。いっかいだけ」
甘え方が上手かった。目をきらきらさせてじっとみつめてくる。いつもこの手を使っているんだろうと思いながらも、慣れていないわたしは無下に断る術を咄嗟に編み出せずに口ごもってしまった。
「おねがい」
女の子は何度もそう言って、ずるずるとわたしを観覧車の入口まで連れていった。
「でも」
大きな機械が回る音が一定の間隔で鳴り、次のゴンドラがゆっくりとこちらに近付いてくる。わたしが観覧車の目の前でなお躊躇していると、横から声を掛けられた。
「どうしたんだい?今日はタダだから気にしないで乗りな。ほら、後ろがつかえてるんだ」
さっきからずっと観覧車の番をしている係員は、微笑みながらわたしの背中をポンと押した。女の子がわたしを引っ張ったのと同時に押すものだから、わたしは自分の意思とは関係なく観覧車の開いた扉から乗り込んでしまった。
「ちょっと!」
膝を床についた格好で入ったから、立ち上がるまでの間に鍵は外側から下ろされ、体勢を整えて窓から外を見たときにはもう箱が上昇しはじめていた。窓越しに、少しずつ離れていく係員の顔を見て、「どうしてくれるの」と目で訴えたけれど、向こうは呆れたような、同情するような笑みをこちらに向けるだけだった。
わたしは小さく溜め息をついて大人しく椅子に座った。一周十分か十五分だし、その間に親も来るだろう、と期待して。
「ねえ、お父さんとお母さん、いつもお仕事で遅いの?」
じっと黙っていてもなかなか観覧車は一周しないし、座席に膝をついてこちらに足の裏を向けている女の子に話し掛けた。
「うん。おしごとおわるまであそんでまっててね、っておかあさんがいつもいうの」
女の子は窓の外を眺めたまま返事した。ときどき足をばたばたと動かして遠くに見える景色に興奮しているようだった。
それにしても、こんな時間まで幼児を放って仕事をしているなんて、どういうことなのかしら。しかもこんな場所に一人で来させるなんて信じられない。他人事ながら怒りを感じた。
「みてみて。きれい」
ちらっと振り返り、目と口をまん丸に開けてこちらを見てきた。
「なあに?」
わたしはそっと腰を上げ、その子と同じように膝を置いて向かい側の席から外の景色を見下ろした。
「ほんとだねえ。きれい」
思わず口にしたその言葉は本音だった。
観覧車は九十度ほど進んだところだった。とはいえなかなかの高さだったから見晴らしはよかった。この街に来てからこんな機会はなかったし、初めて見る夜の街に心が踊った。星空なんてロマンチックなものはないけれど、建物の灯りがモザイク画みたいに色を帯びていてきれいだった。いつも通る駅も想像したことがない形をしていて面白いし、大通りを行く車のライトが引く線は少し鋭くてお洒落にみえた。
視線をさらに落とすと、園内の至るところのアトラクションが動いていて、それに伴ってチカチカと電飾が点滅しているのが目に入った。ジェットコースターなんかは車体に白のランプが一列だけ連なって点いているのが却ってかわいらしく、ミニチュアみたいだった。メリーゴーラウンドやコーヒーカップはくるくる回り、一緒になって回る色のついた灯りが子供の頃のときめきを思い出させた。向こうの建物の周りからは小さな水しぶきがいくつか上がっていた。急流滑りか水の流れるアトラクションなのだろう。結構本格的に稼働させているのだなあと思った。
ここにいるとすべてがおもちゃのような、現実ではないような幻想的な感覚に支配される。それはきっと夜という特別な景色があるからだと思うけれど、この感覚こそが観覧車の醍醐味なんだ。だから人は観覧車に乗るんだろう。
ほんの少しの静寂。鈍色の夜景に見惚れていたその静寂はすぐに破られた。コツンコツンという音とゴゴゴという音、どちらが先に聞こえたかは覚えていない。でも何の音かはすぐにわかった。
「雨だ」
外は一気に大量の雨に覆われ、風によって窓に叩きつける滴はきれいな景色の邪魔をした。箱の中は轟音に包まれ、不快になるのと同時に不安も募った。だってもうすぐ頂上だったから。それがものすごい風雨でゴンドラが揺れているとなれば、壊れるんじゃないか、落ちるんじゃないか、と不安になって当たり前だろう。
実際に見上げると大きな金具がカタカタと震えているし、ゴンドラ自体も揺れを増していた。稲光は右や左で次々に現れては固い音を残していく。どんどん雷の落ちる位置が近付いている気がした。それなのにまだ地上に辿り着かないどころか、まだ上を目指しているなんて、思いたくなかった。
鼓動が大きく早くなるのが嫌というほどわかった。鼓動が骨を打ってくる感触が気持ち悪くて仕方がなかった。わたしは何もできず、片手で窓に付いている金属の棒を握りしめ、もう一方の手で座席を強く押した。揺れるのがどうしても怖かったのだ。必死に絞り出した理性で、はたと女の子のことを思い出し、
「大丈夫?」
と声を掛けた。
女の子は問い掛けに反応してこちらに向き、きちんと座り直した。
「だいじょうぶだよ。ときどきあるから」
そう言ってさっきと同じように笑った。
「そうなんだ」
裏返りそうになる声を抑えて、独り言みたいに生返事をした。子供なら一番に怯えて騒ぎだすと思ったのに。それとも幼すぎて事態を呑み込めていないのだろうか。どちらにしても、わたしはこの子の冷静沈着な態度に驚かざるを得なかった。街並みを見下ろしていたときと何も変わらない表情で、窓に額と両手をつけて雨の滴を追っていた。わたしはこれ以上動いたら箱ごと落ちてしまうような気がして微動だにしなかった。
雨よ、止んで。
そればかりを心で唱えた。その間にも皮肉なことに風雨は強くなっていった。
さっきより揺れが激しくなっている。一度揺れると軋む音がする。軋む音に合わせてカクンとリズムの狂った揺れがついてくる。これは本当にまずいかもしれない。絶対に何か壊れた。金具が飛んだかもしれない。ねじが緩んだかもしれない。わたしは遠くなりそうな意識を抱えながら、視線だけは落とさないように集中した。
「だいじょうぶだよ」
女の子がゆっくりと立ち上がり、わたしの手を窓の柵から剥がした。わたしは力を入れているはずなのに全然敵わない。わたしの力が弱いのか、この子の力が強いのか。行き場を失ったわたしの腕はだらりと垂れて手のひらは座席に落ちた。
「いっかいだけだから」
何がだ、と思うのに声が出ない。
女の子は静かに扉を触り、指先を少し動かした。
その瞬間、耳障りな刺々しい音が舞い込んできた。無意識に目を閉じた。下を向いて身を丸めた。今のわたしにとって、最大限の防衛策だった。
「おねがい」
女の子はわたしのもう片方の手を引っ張って、座席から引きずり下ろそうとする。わたしは力を振り絞って抵抗したけれど、あっさりと床に尻餅をついた。薄く目を開けると、水しぶきのような雨が襲ってくる。開かれた扉は箱の揺れと少しずれて動く。閉まりそうになると開き、開ききるとまた閉まりそうになる。
今、わたしの想像を超えることが起こっている。どういうことか、つまり。そこまでが頭の中で堂々巡りになっている。
わたしはここから……。
「たのしかったよ」
その言葉が耳に入るや否やわたしの心臓がつづまっていくのがわかった。雨が顔中にかかって苦しい。呼吸をしようにも風が邪魔をする。あの子がどんな顔をしているのか見ようと思ったのに、だめだ、遠くてわからない。
わたしは雨と雷に打たれながら地面に倒れた。
それからわたしは起き上がり、園内をぐるりと歩いて回った。途中に見えた大鏡に、わたしの姿が映っていた。建物の古びた電飾のお陰でかろうじて見えた。
ひどい。ひどく汚れているわ。これでは人前に出るなというものだけど、わたしは裏口へ行かなければいけない。教えてあげないと。
「危ないから入っちゃだめだよ」
わたしはまだお節介なのかしら。