九十九日目 俺は大丈夫
でもまぁ、そのうち小麦の方は落ち着くだろう。それほどヤバイって訳でも無さそうだしさ。
問題は、これだ。
1枚紙を取り出して机に置く。
「裏オークションって知ってる? 闇取引とも言うけど」
「噂では聞いたことがありますな。なんでも犯罪奴隷の売り買いや国宝級の盗品を扱ったりするとか」
「その通りです、キュステさん」
俺がそういうとじっちゃんは、
「いくらじゃ」
「上乗せ有りでとりあえず30ならいいよ」
「では30で」
「毎度」
30枚、とメモをして金平糖擬きをかじる。
「まず気にならない? 裏オークションはどこでいつ行われているのか。そして何故それに人が集まれるほど情報は広がっているのにこっちには一切上がってこないのか」
「口止めされているのではないのですか」
「人の口は万能じゃないからね。絶対どこかで漏れるはずなんだよ」
この仕事をしていると特にそう思える。
知らない人がいるなら知ってる人がいる。その知っている人の人数が多ければ多いほど情報は得られやすくなる。
「それに、裏オークションの値はエルク単位になることもある。そんな大金を口約束だけで動かせる人なんて早々いない筈だ。売る方は特にちゃんとした証文が要ると思う。俺の契約書と同じようにね」
あ、これ欲しいな。って思った場合数千円程度なら売る側も特に計算しないかもしれないけど数百万単位に膨れ上がった場合、そのお金を払ってもらうという証文が欲しいだろう。
持ち逃げされたら嫌だしね。
「で、恐ろしいことに証文がみつかりませーん」
「ブラックの力を持ってしても、か?」
「俺の情報網を過信しすぎだと思うよ。俺の目はなんでも見通せる訳じゃないんだから」
……金庫の中くらいなら透視できるけど。
「それだけ大きなものを扱ってるのに倉庫すら不明。もう、これはお手上げ……」
「その情報に金貨30枚はちと高過ぎると思うのじゃが」
「……かと思ったんだけど。なーんと面白い所から発見しました」
本当に偶然見つけた。
「例の子爵の金庫の中にあった賄賂を受け取らせてる商会。そこにちょちょっとお邪魔したら『レンドーマの自画像』があった」
「レンドーマの自画像……って数年前に宝物庫から盗まれた国宝の肖像画?」
「それです。自分の調べた所じゃ、あれまだ見つかってないらしいじゃないですか。で、少し本格的に調べさせてもらったんですよ」
不法侵入です。
まぁでもこの世界に『ドローンを忍び込ませてはならない』なんて法律ないから大丈夫大丈夫。危なさそうだったら……
物理的に口を止める。
「どうじゃったか」
「30」
「いいじゃろう」
「毎度」
フッフッフ。お金がたんまりやで。
こんだけ稼いどんのに俺のお小遣いは増えんってどういうこっちゃ……ええけどな、別に。
たまに飯食いに行くだけやし。それ以外であんま外出えへんし。
「まーっ黒だった」
ちょっと見せてもらった資料をまるっと写させてもらった。
「違法の『魔闘剤』なんかも大量にストックされてたな。少しだけ拝借して成分調べてみたから間違いない。あ、これ証拠な」
魔闘剤っていうのはようするに身体強化を促す薬なんだけどあまりにも副作用と依存性が強いってことで違法薬物扱いになっている。
なんでもそれを飲めば全ステータスが50パーセント上がるらしい。
俺のスキルの暴食と比べたら全然少ないけど、この世界じゃここまであげるのは相当難しい。
暴食のスキルがゴロゴロ転がってるとも思えないしな。
「で、その商会を監視してたらどうもそれっぽい会話が聞こえてきたんだよね。次の闇取引の時間の話だと思う」
「本当ですか⁉」
「とはいっても罠かもしれないからな。直接は乗り込まない。今探ってるところだ」
裏オークションは違法だ。たった一つの商品で国が買えるほどの金が動く。しかも盗品も多いしな。
とりあえずアニマルゴーレム達を忍び込ませておいたけど、どうなるかはまだ判らん。
「一応尻尾つかめそうだったら報告する」
「うむ。頼むぞ」
その後も幾つか話をしてその都度お金を貰いました。
「で、個人的な報告。そろそろあっちでも仕事始めることにするから暫く連絡とれなくなると思う」
「そうか……誰を連れて行く気じゃ?」
「……とりあえず一人で行こうと思う。問題なさそうだったらライトでも呼ぼうとは思うけど、気づいたら死んでましたって事もあり得ない訳じゃないから……」
あっちの国では俺は異物でしかない。人間ではなく希少種族だから疎まれることはないかもしれないけどその分どこに行っても好奇の目に晒されるのは間違いない。
純血でなくとも鬼族だ。殺される危険も大きいがそれ以上に捕まって売り飛ばされる可能性が高い。
かといってアニマルゴーレム達だけでは到底仕事にならない。人に話し掛けて噂を引き出すことも出来ないからな。
「とりあえず通常業務は家族に任せようと思う。何かあったらソウル達を頼ってくれ」
何があるかわからない恐怖を背負うのは最初にそれに足を踏み入れた者だ。
今までも何度か魔族国に行ったことはある。ただ、さらっと見て帰ってきたくらいしか滞在してないから仕事はこれが初めてだ。
「さてと、そろそろ俺は帰るとするよ。またどうぞご贔屓に」
硬貨の詰まった袋を鞄に入れる。ああ、そうだ。一言いっておかなきゃいけなかったんだ。
「それと、じっちゃん。………もし俺が死んでも下手に戦争に走らないでよ? 人が一人死んだってだけではなにか変わってはいけないんだから」
沢山の命の上に俺は立っている。
それは要するに他人の命に生かされているってことだ。
それだけの命と時間を浪費して締結した条約。俺が死んだってだけで破棄できるほど薄いものではない。
もし俺が死んだなら、俺が悪いんだ。条約は悪くない。
俺の弱さで俺が死ぬ。ただそれだけで停戦をしたという結果を恨んではいけない。
「俺は大丈夫だからさ」
金平糖擬きを咀嚼して飲み込む。
ほんのり蜂蜜のような香りがまだ口のなかで漂っていた。




