九十八日目 キュステさんとじっちゃん
「それにしても兄ちゃん歌うときは声高くなるんだな?」
「まぁ、一応ソプラノなんで」
音域的にはメゾも、頑張ればアルトもいけるけど。
「そぷらの?」
「あ、こっちじゃ通じないんだっけ……一番高い声の出る声部です。歌っていうのは普通数人が役割分担して歌うことが多いので」
「声変わりの前ってことか?」
「あ、いや、自分女です」
おっさんがオールを落としそうになった。
「え、おんな⁉」
「そんなにおかしいですか」
「お、おかしくはないが………じゃあ兄ちゃんじゃなくて姉ちゃんじゃねーか!」
「厳密に言えばそうですね。自分的にはどっちでもいいんですけど」
レーナが驚いている。なんでレーナまで?
お前さん俺の性別知っとるやろ?
「それでいいのですか、マスター?」
「だって呼び名ってその人ってことがわかりゃなんでもいいだろ?」
自分ってわかりゃどれだって一緒だろ。呼び名なんて他人が勝手に決めるんだから。
最悪誰かさえわかりゃチビでもカスでも問題ないんだよ。
そんなもんだろ?
「マスターってそういうところありますよね……他人に興味がないというか」
「誰もがみんなゴシップ好きだとは思うなよ」
職業と言ってること完全に矛盾してるけどな!
俺だってなんで今情報屋やってるのか全然わかんねぇ。
勢いで情報屋になる、って宣言したもののなんで情報屋を選んだのか正直よくわからん。
他にも色々と手段はあっただろうにな。何故これを選択したんだか。
「っと、兄ち……姉ちゃん、噴水広場についたぞ」
「もう兄ちゃんでいいですよ。レーナ。はい」
「あ、ありがとうございます……」
手を出してゴンドラから橋の上に引っ張りあげる。
「では、ありがとうございました」
「おう。また今度機会があれば歌ってくれ」
本当に無料だった。
まぁ、俺の歌で宣伝になってたみたいだし、いいのかな。
「さてと、じっちゃんの所行くかぁ」
ここから先は歩きだ。そんなに遠くもないけどな。軽く散歩する程度だ。
「マスター。そんなに何度もじっちゃんじっちゃんと言って大丈夫なんでしょうか?」
「じゃあ聞くけどじっちゃんって聞いて誰だか解るか?」
「え? ……わかりません」
「だろ? 問題ないって」
じっちゃんはじっちゃんだもん。
なんでこう呼んでるかって? 最初はあの厳しそうないかにも王様! みたいな感じだったから近寄りがたかったんだけど。
あの人とてつもない孫バカで会う度に孫の話になる。
で、俺がポツリと『田舎のじっちゃんみたいだな……』って呟いたらその呼び方を気に入ったらしく、じっちゃん呼びを許された。
なんでも、孫や子供には王族ということでお父様、父上、お祖父様、なんかのちょっと堅苦しい敬称になるから俺の『じっちゃん』は新鮮だったようだ。
で、城門前。
「白黒殿と……メイドか?」
「はい。今回は彼女も同伴で。あ、国王様に許可はとっています」
「そうか。国王様がお待ちだぞ」
「ありがとうございます」
軽く礼をして直接自室に向かう。
「あの、マスター」
「ん?」
「勝手に行っていいのですか?」
「ああ、大丈夫だよ。いつもこんな感じだし」
俺は基本こういう場所を勝手に歩き回るのは許可されている。
駄目って言われても入れちゃうからなぁ。無駄だとわかっているんだろう。
コンコンとドアを軽く叩く。中からじっちゃんが入れと言ったので普通に開けて入ると、中には知らない人がいた。
気配からして誰かいるのはわかってたけど、誰だろう?
見覚えは……あ。
「初めまして、自分はブランです。キュステ商会長、ですよね?」
「これはこれはご丁寧に。いかにも、私はキュステ商会の会長を勤めているナッシュ・キュステです。どうぞよろしく」
この人は仕事で何度か顔を見ている。一方的にだけどな。だから一応初対面になるはずだ。
「ブラック、それとレーナ、じゃったか? 座りなさい」
「はい」
「はっ!」
よく沈むソファに腰掛けると早速じっちゃんが口を開く。
「あー、ブラック。いつもと同じように接してくれて構わんぞ」
「ですが……」
「儂も気を張っていると疲れるのでな。なに、キュステ殿ならば気にしないじゃろうて。儂の旧友じゃ」
知ってるけど。いいならいつも通りにしちゃうよ? いいんだね?
「じゃあお言葉に甘えましていつも通りにさせていただきます。……お菓子食べて良い?」
「ハッハッハ、ああ、良いぞ。今日は少しばかり珍しいものを取り寄せたのでな」
じゃあ俺も。
「この前知り合いのハーピーから卵もらって、それでお菓子作ったから持ってきた。多分一週間くらいなら持つと思うよ」
「おお、すまぬな」
突然友人のように話し出した俺にキュステ商会長も驚いているようだ。
「それで? なんでこうなってるのか説明してもらって良い?」
「そうじゃな。おお、その前に。子爵領の件、助かったわい」
「別に良いよ仕事だし。あの人どうなったんだ?」
「男爵に落ち、領地も相当な量を没収した。もうあんな統治はせんじゃろう」
「そっか。ならいいけど」
お茶請けの焼き菓子を口に放り込んで噛み砕いてみる。
「お、金平糖みたいだ。あー、でもちょっと違うな」
「ブラック。それ、噛み砕くものではないんじゃぞ……?」
「え? 噛んじゃった」
「いや、噛めるのならそれで良いのじゃが」
普通に噛みました。ナッシュさんが驚いている。
「噛み砕こうとすれば歯が折れるような強度なのに……」
常人が、っていう但し書きはつきますよねー。わかります。
「ま、まぁ、それは良いとして。キュステ殿は儂の学生時代の友人なんじゃ。儂が王になってからも懇意にさせてもらっている」
「うん。知ってる」
「じゃろうな。それでじゃ、ブラックの市場調査を自分も見たいと申し出てきたのじゃ」
俺の? 確かに商人は欲しがるだろうけど。
………ま、いいか。もし文句あるようならじっちゃんに言ってもらおう。おれに突っかかってくるならナッシュさんの依頼受けなければ良いんだし。
「一応うちの商品なので他言無用でお願い致しますね?」
「勿論です」
この人も商人だからよくわかっているようだ。
レーナに一番上の資料を鞄から出すように言うとレーナは流れるような動きで紙を机の上に置いた。
「これがここ最近のものの値段です」
「日によって上がり下がりするのは」
「それは気温と天候によって大きく変わりますからね。売るものは商人の匙加減ですのでそれでも大分変わってきます」
パンひとつの値段が徐々に上昇しているのがよくわかる。ここ最近小麦が少し不作だそうで、値上がりし始めているからだ。
「こんな情報を一体どこから仕入れて?」
「仕入れているものもありますが基本自分の目と耳が頼りです、とだけ言っておきます」
町中に俺のアニマルドローンを送れる。
それを通してみることも出来るし動物達からうまい具合に事を聞き出すことも可能だ。
我ながら気持ち悪いよな。
「やはり小麦が徐々に値上がりしているな」
「それは仕方ないよ。ここ最近出生率が大幅に上がっているからね。戦争が減ったからかな」
俺が原因なんですけどね。魔族国との戦争の危険がなくなって大分落ち着いているから。




