九十五日目 俺の一日:その3
マーサさんが納得したような声をあげた。
「深くは聞きませんが……随分と悩まれて育ったようですね」
「そうですね。自分の暮らしていた環境は少々特殊だったので余計にそうだったのかもしれません」
傷は治っても傷痕は消えない。
その傷痕を見ないようにして過ごせればきっと幸せになれるんだ。向き合ってもなにも解決はしない。だってもう過ぎたことだから。
……仕方無いと割りきるしかないんだ。
「それで、どうされますか?」
「……娘に、孫に会いたいですね。出来ることなら、この生涯が終わるまで一緒に居たいです」
「そうですか。なら決まりですね」
「ですが、この領内の規則ではそれは……」
「いえ、大丈夫です」
領内の規則なんて、もう直ぐに。
「その掟は、明日になれば機能しなくなりますので」
会話しながら、ずっとアニマルドローン達の目線にも集中していた。やっと、いいものを見つけたよ。現在ネズミ君達で運んで貰っている。
「それは、どういう?」
「ブラン。証拠が見つかったのか?」
「おう。もうこれは真っ黒だね。この領地……というか子爵は終わりだよ。直ぐにでもじっちゃんにデータを送ろう」
その時、カサカサ……と沢山の足音が響く。
「えっ⁉」
「ああ、気にしなくても大丈夫ですよ。自分のお友達ですから」
ネズミ君が7匹、幾つかの紙を丸めたものを汚れないように袋に入れて持ってきてくれた。
「鼠っ⁉」
「大丈夫ですって。この子達はお友達です。ね?」
「キィ!」
全員整列してピタッと前足で敬礼してみせる。
「あ、す、凄い……」
袋を渡して直ぐにまた何かの証拠を探りに行ってくれた。本当に働き者で俺はうれしいよ。
袋に入っていた紙にはここ最近の財政状況その他諸々が大量に書き込まれていた。
「うひゃぁ。これは凄い」
「なにが凄いんです? 私にはよくわからないんですが」
「色々とおかしいんですよ。例えばこの塩の取引価格。最近値上がりしているとはいえ、これは市場の3倍の値段です」
商品をわざと高く買うことで賄賂として受け取らせる。よくある手口だな。
「ここも、ここも、あ、ここもおかしいです」
「そんなにすぐ解るんですね? 領地経営したことがおありで?」
「いえいえ。こういうのは見慣れているってだけです。領地なんて面倒なもの全部返しましたよ」
渡されたけど返した。あんなデカイ領地要らんし。管理面倒そうだし。
「面倒って……」
「ブランはこういう性格なのだ」
おいそこ。変なこと言うな。
「まぁ、これだけ材料があれば国王様に進言すれば直ぐにでもなんとか出来るでしょう」
「こ、国王様に進言ですか」
「ええ。今度また仕事で行くのでその時に細かい話しはするとして、先にこれだけ送りつけちゃいましょう」
小鳥ちゃんドローンを呼び寄せて体に内蔵させ、城に向かって飛ばした。
「国王にちゃんと届くのか?」
「さぁ? ま、じっちゃんなら臨機応変に対応してくれるでしょ」
「……適当だな」
「王族の相手本気でやってたら三ヵ国目でこの仕事諦めてるよ俺」
本当にそう思う。あの人達の相手は並大抵の覚悟じゃ勤まらん。
「えっと、ブランさんって一体何者なんです?」
「っと、申し遅れました。自分は情報屋、白黒のブラックという名前で通っております。今日は名誉侯爵として、ですけどね」
あいつら王族組は俺への爵位を最初公爵と言ってきた。そんな要らんしそもそも爵位は必要ないと言い張った上に他の貴族からの反発もあって侯爵に落ち着いた。
全然落ち着いてないけどな! ワンランク下がっただけだぞ?
「白黒のブラック……英雄の?」
「英雄とか止めてくださいよ。そもそも自分は情報屋として働いただけで」
「だが、総司令官なのだろう?」
「もうそれ嫌なんだって……なんならエルヴィンにあげるよ?」
「要らん」
あげるよ、っていってあげられるものじゃないんだけどさ……
「まぁとにかく。今はただの観光客です。お気になさらず」
リュークトルを飲み干して伸びをする。
「さてと、いつ頃お引っ越ししますか?」
「店の事とかもあるから……来月でもいいかしら?」
「了解しました。では来月……は俺も引っ越してるな……うん。来月は家の使用人を向かわせます。必要なものを纏めておいてください。資金はある程度自分が出しますので」
メイド達に話しておくか。拠点に残るメイド達ならきっと時間もあるだろう。
その時、視界の一つがある光景を映し出した。
「おっと、バレたみたいだ」
「盗んだことか?」
「うん。ま、もう送っちゃったけどね」
「なにか盗んだんですか……?」
「さっき鼠がなにか持ってきたでしょう? あれです。普通にやったら完全犯罪ですよ。まぁ、じっちゃ……国王の許可は頂いているので問題ありません」
問題は本来は大有りなんだけど、この領地に住む人のために子爵は犠牲になってもらいましょう。
カンカンカンカン、と侵入者の鐘が鳴る。
「なってるなぁ」
「大丈夫なのか?」
「問題なし。大きめのゴーレム達は下がらせたし今潜入しているのは虫タイプだけだから」
虫が数匹くらいはきっと誰も気づかないだろう。
あの屋敷に手練れがいるって情報もなかったしね。
さてと、俺もここから出て少し内部に入ってみようかな。畑の様子とかも確認したい。
「ご馳走様でした、マーサさん。では一ヶ月後の丁度今日にまた迎えを使わせますので」
「何から何まですみません……本当に、なんと申したらいいか」
「こちらは自己満足でやっているだけだ。気にすることはない」
あ、美味しいところ持ってかれた。
口を尖らせて抗議のアピールをする。頭を撫でられた。
「わ、ちょっ! 子供扱いするな」
「まだまだ子供だろう」
「俺もうそろそろ20だよ⁉ 十分成人だよ」
マーサさん。なんで困惑してるんですか?
「お、思ったより背が成長しなかったんですね……?」
「チビで童顔で悪かったですねー! 俺だって、俺だってもっと背がほしかった!」
「抱きつきやすいからいいじゃないか」
「問題の論点がズレてるよ」
背丈が15センチ離れていると丁度いい抱きつきやすさらしい。
えっと、俺は157だからプラス15して……172、かな? うーん、家の男子陣、皆180越えてるからなぁ。
「俺だって……俺だって……」
「いじけて下を向くと顔が見えんだろう」
「なんで顔向けなきゃいけないのさ」
「私が見たいからだ」
「それ、俺以外に言うと誤解されるよ」
「ブランにしか言わないさ」
おいおいおい。マーサさん見てるって。
「あー、誤解の無いようにいっておきますが、自分女ですからね?」
「え、そうなの?」
「そうなんですよ」
やはり当然のように男に見られていました。まる。
ですよねー。
「さてと。子爵に見つかると犯罪行為になっちゃうからこっそり移動しよう。レイジュは中で大人しく待っててくれるか?」
「クルルルル」
「……よっと。はい、レイジュも収納に入ってくれたしここからは徒歩で移動しようか」
「ああ」
マーサさん、開いた口が塞がらないご様子。
「マーサさん。俺の今のやつも勿論俺達自身もここに来たことは内緒でお願いしますね」
「わ、わかりました……」
大丈夫かなぁ……
ま、酒場のおばちゃんなら何とかするだろ。
【丸投げね……】
そうっちゃそうなんだけど。酒場のおばちゃんはなんか信じれるんだよね。逞しい感じがするというかなんというか。
【あっそ】
返しが雑ですね……いいけどさ。
エルヴィンと二人で領地の奥へ奥へと入っていく。屋敷にまだ残っているドローン達はまだ証拠探しに奮闘中。頼んだぞ皆。
俺が犯罪者として噂されない程度にな‼




