九十四日目 俺の一日:その2
馬車を通る道は決められているけど俺たちの拠点はそこに隣接するように建っている。
のでそのまま進める。
町から出て南西へレイジュに飛んでもらうように指示する。あ、後ろにはエルヴィンが乗ってるよ。
「レイジュ、頼んだぞ」
「ブルルルルルル!」
バサッと羽ばたいて空に浮かぶ。うーん、飛行機に初めて乗ったときを思い出すんだよなぁ。吐くかと思ったよ、あの時は。
あそこまでふわふわするとは思わなかったし。しかも行きだけで十時間。キツかった……。
「コーグ子爵とはどんな人だったか」
「あー。ハッキリとは話してなかったな。えっと」
コーグ子爵領の名産品は酒、ワインだ。なんでもワインにするには良い葡萄が採れるらしい。
コーグ子爵は元々もっと大きな領土を持っていたんだけど勢力争いに負けたり、財政難で土地を売ったりしているうちに元々の4分の1くらいになってしまった。
その中の大きな要因は徴兵制の厳しさもあったらしい。
「どういうことだ?」
「なんでも、12歳で兵の訓練を受け、15歳から戦争に絶対参加を義務付けられるらしい。女性は10歳からなんかしらの軍の手伝いをさせられるらしいぞ」
「自分達の事をしている暇がないのだな?」
「そういうこと」
子供を作る時間が無さすぎるんだ。
ヤって一回で子供ができりゃ良いんだろうけどそれを狙うのは相当難しいだろう。一回で出来る人は相当運がいい。
そりゃ少子化が進みますわ。子供が減れば、それだけ働き手も減るということ。
「それに加え税は採れた量の4割。あまりに多すぎる」
「作物を育てる時間がない上に相当な量を持っていかれるということか。逃げ出すものはいないのか?」
「いるよ。けどそれで逃げられなかったら奴隷行きだし、逃げたところで暮らしていけないんだろうな。俺のところでも男女二人保護したよ」
その二人は今他国で料理店を経営中だ。融資は俺がした。今二人はお金を貯めて少しずつ返して貰っている。
情報網の一人でもあるぞ。最近子供ができたらしい。名前がセド。なんか、うん。好きにしてくれて良いけどね?
「っと、そろそろ着くな。レイジュ。降りてからは普通に歩いてくれ」
「クルルル」
レイジュに降りてもらって普通の馬みたいに街道を歩く。
散歩日和だな。暑いけど。
「っと、そうだった」
収納からアニマルドローン達を出して先行させる。
パッと見じゃただの動物にしか見えないようになってるからバレはしないと思う。殺されでもしなければ。
飛行型のドローン達は一斉に散開していろんな所からこっそり侵入、陸路を行くタイプのドローン達は草むらに紛れるようにして走っていった。
「相変わらず奇抜な発想だな」
「奇抜って。まさか動物が敵だなんて誰も思わないでしょ。そういうこと」
門に近付いていくと多分ここの警備の兵士が槍の穂先を震えさせながら、
「な、何者だ! なな、名を名乗れぃ!」
なんでいつも俺が警戒されるんかね?
とりあえず飛び降りて貴族の礼をとり、
「これは驚かせてしまい、申し訳ありません。自分はブランと申します。こう見えてもネベル国の貴族の末席を汚させていただいています」
……嘘じゃないよ。一応貴族だからね俺。
あいつらに押し付けられた爵位だけどな! こういうときに名乗るだけっていう物だから下手に貴族の嗜みがうんたらかんたら~とかそういう面倒なことはしなくて良い。という条件で譲歩した。
いやもうどっかの誰かの功績にしてくれれば良かったのに。それかお金がよかった。
お金? 俺のせいで国庫がキツいんだってさ。
結局貰えたのは勲章と各国の爵位、かなり要らない『総司令官』の役割。
っていうか全部俺には必要ないんだけど。要らないよこんなの。これで飯食える? 食えんだろ。仕事が増えるだけだ。
勲章売り払って金にしたいくらい要らないと思ってはいるけどそんなことしたら不味いどころの話じゃない。
俺は王族には好かれてるけど結構な貴族連中には恨まれてるもん。全面戦争じゃー‼ ってなってもおかしくないと思う。
「き、貴族さまっ⁉」
「畏まる必要はありませんよ。そこら辺にいる貴族ですから。仕事なんてしてませんしね。ただのろくでなしの穀潰し野郎だと思っていただければと」
「は、はひ?」
混乱してるな、衛兵さん。ごめんよ紛らわしくて。
「全く……貴殿のその態度で余計に混乱しているではないか」
「そうか? まぁ、通じるならそれで良いだろ」
所詮成り上がりの名誉爵位だ。
畏まられるの好きじゃないし。
「あ、これ身分証です」
俺のとエルヴィンのを渡して確認をしてもらってから中に入れてもらった。
この身分証、貴族用のやつであんまり持ち歩きたくないんだけどこれがあると入都税とか払わなくてよくなるから持ち歩いている。
かなりキンキラキンに光って目立つから嫌なんだけどね……。
「どうする?」
「とりあえず俺はあの子達に視界をリンクさせてるから何かあれば見える。けどまぁ、まず最初に行きたい場所があるんだ」
レイジュを引き連れて歩いているせいか相当目立っている気がする。それは仕方ないよな。
霊獣だから存在感あって当然だ。隣には真っ赤な目の相当なイケメン(ただし鬼族)だしな。俺が霞むよ。いや、俺なんて空気で良いんだ。目立たないのが一番。
「どこにいくんだ?」
「ちょっとお届け物を届けにね」
暫く歩いて目的地へ。
「酒場か?」
「うん。酒場」
「情報収集か」
「それもあるけどそれだけじゃない」
扉は木で出来た温かみのある重厚なものだった。
ぐいっと引っ張るとチリンチリン、と可愛らしいベルがなる。
「いらっしゃい。何にする?」
「……マーサさんですか?」
「え? ええ、そうだけど……」
「お手紙です」
胸ポケットから封筒を取り出して渡す。マーサさんは怪訝な顔をしながら宛名もないそれを開けて、目を見開いた。
数秒後には口元を手で押さえて泣き出してしまった。
「ブラン?」
「ああ、さっきここに来るまでに話したろ? 男女二人を保護したって。マーサさんの娘さんなんだ」
「成る程。それでわざわざ先程そんな話を」
「そういうこと」
崩れ落ちるようにしゃがんだマーサさんのすすり泣く声には何度か「よかった」「生きていてくれた」という言葉が混じっていた。
数分後に落ち着いたマーサさんは俺にリュークトルを、エルヴィンに上等のワインを出してくれた。
「あなたが、娘の手紙にあったブランさんね?」
「はい。マーサさんのお話は耳にしておりましたので本日この街に来る予定が出来た時に娘さんに手紙でも持っていこうかと話しまして。急いで書き上げてくれたものです」
「だからこんな走り書き……。あの子は元気ですか?」
「ええ。あの二人の料理店は美味しいと有名で自分も時間があれば足を運びます」
時間の関係でまだ数度しか行けてないけど、あの二人の料理はどこか懐かしくて好きだ。
「娘を助けてくださって、本当にありがとうございます。なんと礼をしたら良いのか」
「いえいえ。自分も保護するだけして後は放置してしまいましたから、ここまで強く生きていられるのは彼女の力です」
俺が見つけたときには酷い有り様だった。
服は焼け焦げ、何かしらの魔法で全身ズタズタ、魔力も枯渇していて、俺が暴食を発動してぶっ倒れるまで回復させ続けてなんとか一命をとり止めたってくらいだ。
それでも彼女達は一気に回復し、今では子供もいる。強いよ、あの二人は。
「これは自分と彼女達からの提案なのですが、マーサさん。どうされますか? この街を出ますか? それとも残りますか?」
「それは、どういうことかしら」
「彼女達は貴女と暮らすことを望んでいます。そのための準備は自分が手伝いましょう。お金も少しくらいならなんとかできますよ」
エルク単位になると無理だけどな。当たり前だが。
「ひとつ聞いても良いですか?」
「どうぞ」
「どうしてそこまでしてくださるんです?」
それ、よく言われるなぁ。まぁ、お人好しってのもあるのかもしれないけど。
「自分が辛かったとき、逃げ道がないのが苦しくて仕方なかった事があるからですね。放っておけないんです。昔の自分が重なってしまって」
何をしても俺がやることは全部無駄で、意味がなくて。何もやる気が起きなくなって、死のうかとかすら本気で考えて。
「今こうやって生きているのには人の助けがあったからで。人にしてもらって嬉しかったことを自分がやる番だと張り切ってしまっているのかもしれませんね。それで自分の首が絞まったとしても自分はそれでいい気がします」
拾った命なら、拾った命だから、最大限他人の為に使おうと決めた。
同じ境遇の人は………俺だけで十分だから。




