九十三日目 俺の一日:その1
パチ、パチと間隔を開けながら音が響く。
部屋の中央では俺とソウルで向かい合って座布団の上で正座していた。
「今時の女子高生が将棋好きなんて珍しいですね」
「ん? ああ、たまに面倒見てくれた人がいてな。その人に教わったんだ」
パチ、と将棋の駒を置いて次の手を考える。さっき桂馬を動かしたから……三つとりあえず手は浮かぶな。
「ソウルはどこで?」
「友達にですね。楽しいからやろうぜって誘われたはいいもののそうでもないなと思ってしまって」
「子供はそんなもんだって。俺だってゲームとかやらせてもらえなかったし」
暇つぶしで覚えた遊びのひとつなんだよな。まさか異世界に来てまで将棋やるとは思ってなかったけど。
「それで七騎士の情報は?」
「恐ろしいほどにない。ここまで苦戦したのは初めてだよ。町中の動物達に協力してもらってるけどたまに見かけるってだけでそれ以上の追跡は鳥達でも困難らしい」
「転移ですか?」
「かもな。消費魔力から考えてそう町中で乱発して使えるようなものではないと思うんだが」
お、見えた。
「はい、王手」
「またですか……」
「練度の差だな、これは」
俺もそんなに上手くはない。だが、ソウルは本当に初心者なのでかなり狙いが分かりやすい。目が全部そこにいってるし。
さてと、これ片付けて明日の準備……
「っ……とと、足が痺れた……」
足の痺れもほんの少しあるがそれくらいじゃよろけない。視界が一瞬回転したかと思った。
……ちょっと不味いかもしれないな……。今日は早めに寝よう。
足の痺れのせいで立てないという設定にしてあるので四つん這いになって眩暈が収まるのを待つ。
最近眩暈の頻度が上がってきたな……病気だったりして。
「ブランさん」
「え?」
「その演技バレバレですよ」
四つん這いになっていると腹部を両手で抱えて持ち上げられた。
「そうか……」
「何年一緒にいると思ってるんです? 辛いなら辛いと言ってください」
「ああ……すまん」
ソウルの肩に顎を乗せて目を瞑る。俺の体温が低めだからかもしれないけど、誰かと触れあっていると暖かくて安心する。
昔、よくこうしてもらったっけ……。
? 誰にだっけ?
「ソウル」
「なんです?」
「俺認知症かな……」
「早くないですか」
色々と忘れすぎだと思う。我ながら恐ろしい記憶力の低さだ。
俺の部屋に運んでもらって毛布を上から被せられる。
「念のため……」
ソウルの指先が細かく動いて回復のルーンを俺の手に書いていく。じんわりとそこから伝わってくる暖かさに身を委ねているといつのまにか眠ってしまっていた。
毛布の柔らかさを手で感じながら目を覚ますと、少しだけ開いたカーテンから朝日が入り込んでいた。
「んん……ふぁ」
伸びをしてから部屋にある手洗い場で顔を洗って軽く歯磨きをする。顔を拭いている頃に大抵、
「マスター、朝の支度に参りました」
キリカが俺の部屋に来る。
一体なんだろうね。俺が起きたのを察するセンサーでもあるのかな? 水の音を聞いてきたにしては早すぎるし。
「どうぞ」
俺がそういうと櫛やら服やらを持ったキリカが部屋に入ってきて俺に椅子に座るように告げる。
椅子に座ると丁寧な手捌きで髪を解いて、ひとつに結んでくれる。だからいまだに俺は自分で結ぶのが苦手なんだ。
前にそう言ったら真顔で「マスターができなくとも私がやりますが、それに問題はあるのですか?」って言われた。
問題はない。問題はないんだけどね?
この年になって未だに結べないのはちょっと恥ずかしいかな、なんて……
髪が終わったら着替え。脱いだ服も全部持っていってくれるから楽っちゃ楽なんだけどやっぱり凄い罪悪感。
これくらい自分でやれよって思う。めっちゃ思う。けど、これ自分でやるって言うと明らかに落ち込むんだもん……
起きたら大抵朝食の準備はできている。朝は皆起きる時間がバラバラだから部屋に持ってきてくれる。こうして駄目人間が製造されていくんですね。
だって起きてから自分で済ませたことって顔洗ったくらいだよ? なにもかも人任せでいられるって楽でいいよな、とか思ってた自分を殴りたい。
「本日のメニューは新鮮野菜のゼリー寄せとコーンスープ、そして夏コテル入りのオムレツ。お飲み物は紅茶をご用意いたしました。ごゆっくりどうぞ」
「あ、ありがとう……」
俺の食べる量を理解しているからかなり器は小さい。フルコースメニューの盛り方ってこんな感じだよね。
しかもどれも美味い。なんでもメイドに元料理人が数人いるらしい。どうなってんだ俺の身内。
そして俺がいれないようにと砂糖はなし。最初は見逃されてたんだけどあまりの消費量に制限がかかった。いいじゃんって主張したら泣きそうな顔で「マスターの御体に異常があってからでは遅いのです」ってメイド達全員に詰め寄られたら頷くしかないでしょ。
丁度腹一杯になる一歩手前に量が調節されているところを見ると本当に恐ろしい。
ある意味じゃ俺以上に強いよあの子達。いや、俺より年上ばっかりだけど。
紅茶を飲んでゆっくりしているとまた扉がコンコンとなる。
「朝食はお済みになりましたでしょうか」
「ああ、うん。ありがとう」
カラカラとカートを引いていくメイドの子(多分最近はいった子だと思う。見覚えないから)に、
「今日のコーンスープ特に美味しかったって言っておいてくれる?」
「畏まりました」
よし、じゃあ俺も仕事しますか。
窓を開けて外にでる。入り口から出ろって? だって俺の部屋入り口から一番遠いんだもん。
もし襲撃されたときに俺の部屋に到達する時間が長くなければ、とかなんとかメイド達に言われたけど、正直襲撃されることを前提にしている時点でうちは特殊なんだと思う。
軽く歌って動物達を集める。
「どうだった?」
情報は中々集まらないようだ。人探しのプロである猫さん達を欺けるとは、やっぱり流石としか言えない。
この街から出ているって可能性もあるけどね。
「そっか。じゃあこれ今日の分ね。皆仲良く分けるように」
この子達への報酬は食料だ。寝床がほしいって言ってくる鼠さん達は柱や食べ物を勝手にかじらないという条件で軒下に住んで貰っている。
だから家の軒下は鼠だらけなんだけど、メイド達にもちゃんと話してあるから被害とかはない。
『また窓から出てったわね?』
「だって近いし」
『はぁ……』
なんだよそのため息。
【言っても聞かないお転婆娘がいるからでしょ】
………それ俺か?
【そうじゃなきゃ誰がいるのよ】
お前中々傷口をえぐるの好きだよなぁ……。いいご趣味ですね。
「ピネ、どうしたんだ? ……痛いんだけど……」
『呪いの効果を薄くしなきゃいけないでしょ。我慢しなさい』
「あ、痛! ささってるささってる!」
『刺してるんだから当然でしょ』
「そうなんだけどそういうことじゃない!」
ピネは手に持っている針みたいなので呪いのかかっているところをブスブスと刺しては抜いてを繰り返す。
普通に痛いんだけど⁉
『ふぅ、これでもし発動してもいくらかは』
「そのぶんのダメージが今来てるように感じるのは俺だけかな」
ピネの腕力でとはいえ魔力を流しつつ針を刺されるのは熱された針を背中になんども突き立てているのとそう感覚は変わらない。
『我慢よ。我慢』
………ピネさん? ピネさんや。楽しんでないかね?
満面の笑みを浮かべて汗をぬぐう仕草をするが、そもそもそれほどまでの重労働じゃないだろ。
「確かに呪いは軽くなった気はするけど受けた痛みはそれ以上だと思うよ、俺」
『そんなことないわよ。なんならもう一回やる?』
「結構です」
痛いんだからそれ。
なんやかんやあったけど仕事に入ろう。じっちゃんから頼まれた仕事は少なくはない。
ちゃんと自分の目で確かめつつなんとか消化していかないと。
「こっちの方は順調……これもまた後で情報は入ってくるから良しとして……子爵領の調査は……今から行くか」
じっちゃんの家臣、コーグ子爵領の財政が傾いているのは俺も知っている。そこのいろいろな調査だな。
……内容は言えないようなことばかりだけど。
部屋から出てキリカに外出すると伝え、準備している間に勢揃いしたメイド達に見送られて外に出る。
子爵領はそれほど遠くない。レイジュに乗せてもらおう。
「レイジュー」
「クルルルルル!」
俺の家専用の馬舎(一匹亜竜が入ってるけど)の入り口で声をかけると手綱をくわえたレイジュが走ってきた。
「今日は調査に行くんだがお前も来るか?」
「ブルルル」
勿論、とでも言いたそうに手綱を掌に押し付けてきた。
俺はそれをレイジュに装着し、外に出る。と、エルヴィンが居た。
「仕事か?」
「ああ。この前コーグ子爵領の調査に行くって話したろ? あれだ」
「私も暇なのでな。行っていいか?」
「お? 珍しいな。俺はいいけどすぐ出れる?」
「問題ない」
こうしてエルヴィンも一緒に行くことになった。




