九十一日目 信用の料金
なんで人が集まってるんだ……
鳥もなんか凄い多いし……
気付いたらこうなってたな。それよりちょっと眠い。
「もう歌わないのか? 兄ちゃん」
そう誰かが言った。すると周りの人も口々にもっと歌ってとかまだ来たばかりで全然聴いてないだとか言い始める。
「そう言われましても……今凄い眠いんで……またいつか別日に……」
もう瞼の維持がキツい。ギリギリで耐えていると大量の荷物を持ったライトが帰ってきた。
「主? これは一体?」
「わからん……」
今気を抜けばかくんと寝れそう。だけどその前に荷物しまわないと……
「それ貸して……」
袋のものを転送する。さすがにここで収納は出来ない。
転送っていうのは生き物以外のものを特定の場所に送る魔法で、割りと魔力と魔法制御さえなんとかなれば簡単に発動できる。
ただ、転送先の指定が難しいってのがあるけど。これで商売する人もいる。
送る物の体積で制限もでてはくるけど俺は一回も制限に引っ掛かったことはない。
魔力が多いからな。
「ごめん……もう限界……背負ってくれ……」
ライトの肩に手を回して体重をかけたところで記憶が途切れた。
目が覚めるとソファに寝かされていた。ネベルの拠点のふかふかソファ。これ寝過ぎると腰がいたくなるんだよね……
だから俺は寝る場所は程よくバネが固いところがいいです。
【やっと起きたわねお寝坊さん】
ああ、リリス。今何時?
【龍の刻よ】
龍の刻、ってことは夜の7時ですか!
これは寝過ぎましたね!
「む、起きたか」
「ごめん、寝過ぎたか」
「いや、いい。それよりも話を聞かせてくれ。今日はずっとライトと一緒にいたんだな? 何故血が足りなくなる」
「陰の七騎士と陽の七騎士という言葉に聞き覚え、あるか?」
この世界のことなら本も沢山読んでいて見聞が深いエルヴィンに聞くのがいい。
思いきって聞いてみた。
「聞き覚えはないな……」
「そうか……今日、そう名乗るやつに襲われた。周囲の時間がやけに動くのが遅かったから認識阻害魔法と時魔法を使ってたんだと思う。呪術師だった」
ログに『呪いをかけられた』と出たから間違いないだろう。生死に関わるようなものではないだろうから今のところは放っておいているが……
いつどこでどんな風に発動するのか。それは完全にあっちしか知らない。だから捕まえて解かせるつもりだったんだが……
「まさか、呪われたのか」
「多分。今のところ発動してないし生死に関わる感じではないけど」
「今すぐに解いた方が」
「やれるものならやってるよ。けど専門外でどうにもならないし、これは術者本人にしか解けないタイプのものだ」
魔力を直接流し込むものだから他人が弄っても寧ろ術式がごちゃごちゃになるだけで何も解決しない。
「はぁ……やな連中に目をつけられちゃったな……」
かといって引っ越しなおしても無駄だろう。寧ろ連絡が取りづらくなる。後で各拠点に気を付けるようにと連絡しておこう。
調べることがさらに増えたな。どうするべきか。
「なんじゃ、あの小童を学校に通わせる気なのか」
「本人がそう言っただけでまだハッキリとは決定してないけどね」
パリパリとクッキーをかじりながらそう言うとじっちゃんが席を立って何冊か薄い冊子を持ってきた。
「これは?」
「学校のパンフレットじゃ。ついこの間孫が学校に入ることのできるくらいの年になったからのう」
「へぇー」
パラパラと捲ってみると相当ペンで書き込みがしてある。
「じっちゃん、相当本気で悩んだんだね……」
「孫の成長を見るのが楽しみで仕方ないわい」
そうっすか。
いやー、それにしても学費高いなー。
「最低でも一年で4ウルクか……そっから寮のお金とかも加算されるから結構なお値段ですなぁ」
一年で400万円かぁ。私立の大学でもここまで高いのはないよな。しかも小学生からそれってのも中々。
「貴族の学校じゃからのう。金ならばどうとでもなるじゃろう?」
「それはそうなんだけどね。俺って結構ギリギリの生活をしてた時期もあったから貧乏性が抜けなくて」
うーん。どこの学校も学費は似たり寄ったりだな。
なんか俺が受験した時って数少ない音楽の学校の中から適当に選んで受けたようなものだったからな。
あんまり実感はなかったけど。
「儂の孫はセントクローザの貴族学校じゃよ」
「あ、これか。って、学費ヤバッ⁉ 年間7ウルクって」
「王族御用達の学校じゃからのう」
「すげぇ」
ボロ儲けだな、学校……。下手したら俺なんかより稼げてるんじゃないか?
イベルは確か魔法を習ってみたいと言っていたな……。
「どうじゃ?」
「大変そう」
「儂らは参加できないから子供に任せるしかないからのう」
そっか……まぁ、そうだよな。通うのはイベルだもんな。
じっちゃんも子沢山なので色々と学校のことには詳しかった。
「後はあの小童に直接話してやるといいじゃろう」
「うん。これ貰っていい?」
「うむ。もうそれは儂にはしばらく必要ないからのう。そのまま持っていって必要がなくなれば処分して貰って構わん」
コンコン、とタイミングを見計らったかのようにじっちゃんの部屋の扉がノックされて開く。
「父上。謁見のお時間です」
「む? もうそんな時間か。すまぬなブラック。追加の情報は任せたぞ」
「了解。また何かあったら通信機で連絡してくれればいいから」
持ってきた資料やらなんやらを俺もしまいながらそう言う。
今日ここに来たのは情報の追加注文ともうひとつ、じっちゃんにとあることを確認するためだ。
ま、それはもう最初に聞いたから問題ないけどね。
「ではな」
廊下を出ていったじっちゃんを見送り、俺も帰る準備をする。
すると部屋にじっちゃんを呼びに来た人……じっちゃんの何人目だったか忘れたけど……息子さんがこっちに視線を向けた。
「白黒のブラック、だな?」
「はい」
「これ以上、父上に近付くな。貴様国を乗っとるつもりだろう」
え? 何言ってんの?
「国を乗っとる? そんなことなんの為にするんです?」
「富が目当てでここに来ているのによくそんな口がきけるものだな」
「富が目当てで?」
「あれほどの高額な情報料を請求しておいてよくいうものだな」
ああ、値段ね。確かに自分でもぼったくってると思うよ。
「それは違いますよ、王子様?」
俺があれほどまで高い情報料を貰っているのは金のためだけじゃない。
「自分達情報屋が仕事をする上で一番大切にしなければならないものはなんだと思います? いえ、情報屋に関わらず商売上欠かせないものですが」
「金だろう? いや、仲間か」
「仲間も大事ですが仲間がいなくとも最悪商売は成り立ちます。我々が最も無くしてはならないもの、それは信用です」
信用がなければ契約してもらえない。
物を売り買いするときも契約が発生する。どんなことでもお金を払うというのは契約が発生するものだ。
「信用で金は作れますが金で信用は作れません。金で作られた信用はいつか擦れて消えます。自分はその足りない信用を料金で補っているんです」
「……?」
あ、わかってないな。
「そうですね……『このお店のものは品質が確実だから少々高くても購入しよう』というのと似たようなものです。自分の場合『これだけ高い情報なら間違っている筈はない』という効果を期待してのお値段ですね」
情報を仕入れるだけのお金も勿論経費として必要だからその分とかもこまめに計算しているけどね。
「間違った情報は絶対に出すつもりはありません。もし間違えたら自分の目が悪くなったということです。その場合には情報屋を辞めます」
「……戯れ言を」
「そう思うなら王子様はそう思っているということでしょう。自分は自分の目的のひとつの段階としてこの仕事をやっているだけ。元々向いていない仕事なのは理解していますし」
俺はただの吟遊詩人。歌を歌い、人を励ますことを生業とするだけの職業だ。
俺の歌にそれほどの価値があるのかどうかも微妙なところだけど。
「ではこれで」
帰ってプリン食べよーっと♪




