九十日目 七騎士
スッと痛みと声が引いた。それと腹部に激しい痛み。
倒れたまま掌を見てみると線を引いたように真っ直ぐ裂けている。その奥には肉でも骨でもなく、ただ真っ暗な闇が見えるだけ。
「暴食が……勝手に発動してる……?」
なんで、突然。
飛び起きて相手との距離をとる。
「一体なにをした」
「本気を出せと言っただろう? 準備してやったのだ」
「なにを……!」
言い終わる前に飛びかかってきたので障壁で防ぐ。
ガキンと硬質な音が響いて爪は其処でとまった。
「なに?」
「はぁ、はぁ、はぁ……ダメだ……苦しい……」
障壁の効果が三倍になっている為に攻撃を防ぐのは難しくないが維持するだけでこの消耗。まずい、下手したら数分持たないぞ……
「流石はグリフ。効果も素晴らしいな」
「グリ、フ……⁉」
やっぱりウィルドーズで襲ってきたやつとこいつはグルだったか!
「お前は何者だ……お前らはなんなんだ」
「ククク……知らないのか」
「知るか」
土魔法で足場を崩し、リリスで攻撃しているのにうまく避けられる上にたまに断絶を使うようなそぶりを見せるから中々決定打が決められない。
障壁を足場にして上から踵落としをしてみるが躱すのがお得意なようでひらりと避けられる。そのまま片足を軸にして地面を這うくらいの体勢で突っ込んでリリスをぶつけ、ダメージ覚悟で爆発させる。
「ぐっ……!」
「っ」
パラパラと鱗が散った。中から血がポタポタと出てきている。
「く……今日は退くとしよう」
「はぁ、はぁ……待て、よ………! お前らはなんなんだよ! なんで俺を狙う!」
「継承者だからだ」
継承者ってなんだよ……ああ、喉が……
「我等は陰の七騎士。陽の七騎士と共にこの世を統べる資格のあるもの。そして、それは貴様もだ」
「ま、て……」
そう言ってとてつもない早さでどこかへ走り去っていった。
それを追うだけの余力は、もうない。
パキン、とガラスが割れるような音が響き、周りの景色が動き始める。多分術が解けたんだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
直ぐにリリスと月光を収納して節制をかけたものの、それは消費を減らすだけであって回復はしない。
ぐらり、と視界が大きく歪む。
「主⁉ どうされたのですか⁉」
「気付くの遅すぎ……」
「あ、主⁉」
そのまま耐えきれなくなって重力に身を任せた。
頭がガンガンする……
「っぁ……気持ち悪い……」
正直ちょっと吐きたい。首を動かして横を向くと木が見えた。どうやら公園か何かのベンチに寝かされているらしい。
起き上がって直ぐに血入りの水筒を煽って喉を潤す。
「ぷはぁ……ん?」
横を見ると、白い鳥がベンチの上に乗ってきていた。
「ピチチ?」
「なに、どうした? 俺今凄い怠いから遊んでやれないぞ」
「チチピッ!」
白い鳥が膝の上に乗ってきた。右手の上にすっぽり収まるくらいの大きさだ。
「パンくずくらいあったかな……ああ、あったあった」
これ食ってどっか行けよ、といいながらパンを千切って鳥にやる。旨そうに食うなぁ……
そもそもライトはどこ行った。多分あの時ライトが俺を支えたと思ったが。いや、地面にビターン、もあり得るな……。
水筒の残りをイッキ飲みしてようやく落ち着いた。頭痛も大分よくなっている。
「“shadow”に“sunrise”か……」
影と日の出……両方とも七騎士とついていたから恐らくは七人なのか。いや、勧誘していたということは俺を含め七人?
だとするとやっぱり大罪と美徳スキルがなにか関係して……
「主!」
「ああ、ライトか……」
「突然倒れられたのでとりあえずここに運んだのです」
「どれくらい寝てた?」
「10分ほどでしょうか」
「そうか」
寝たというより気絶したといった方が正しいな。
「血を極力飲まないようにしていたのですか?」
「いや、暴食を使った……いや、使わされたと言った方が正しいか」
掌にはもうなにもない。触れさえすればあの口からなんでもかんでも飲み込めてしまう。しかもあいつはそれを知っていた。
だから俺の掌には絶対に触らなかった。
あの動きは絶対に理解していただろう。その証拠に俺が羽根で攻撃したとき、ずっと俺の右手に目がいっていた。
このスキルの特徴を知っていたと思われる。
そしてあの魔法……本来あれほどの威力のある魔法なんてほぼ無詠唱で使うのは不可能だ。
だから恐らくあれはスキルだ。俺のスキルの効果がどんなものでも飲み込む力ならあいつはどんなものでも切断できる力。
言い方からして大罪、若しくは美徳スキルを持っているだろう。
そして気になるのが継承者という言葉。
スキルの継承者という意味ではなさそうだ。変にはぐらかす意味はない。
だとするともう一つのワード、グリフ。
あいつはグリフの力だと言っていた。同名の別人ってこともあり得るけどとりあえずそのグリフさんを守護神のグリフさんとしよう。
そうなると、グリフの力が暴食。それを使う俺は継承者。そしてその継承者を迎い入れる、その組織が七騎士。
ここまでの情報をくっつけるとこんな感じか。
「主?」
っと、思考に耽りすぎたな。
「ごめん、ちょっと気持ち悪くなってさ……買い物続けようか」
「お体は」
「もう大分楽になったから大丈夫………じゃないかもしれん」
ベンチから腰をあげることすらキツい。暴食を使うと身体中の魔力を一気に消費するから体のあらゆるところに魔力が回りきらずに暫くは意識すらも混濁する。
今回は使ったのも無理矢理だったしかなり負担がかかっているみたいだ。
「ちょっと俺足手まといになりそうだわ。買ってきてくれるか? ここで待ってるから」
「先に家に戻った方がよろしいのでは」
「いや、それだとお前が二往復することになるだろ。いいよ待ってるから」
俺は目を離したら即行で迷子になる子供じゃないんだから。
「ですが」
「ほら、行ってこいよ。俺なら大丈夫」
何度か振り返りながら走っていくライトを見送ってベンチの上でパンくずを啄む鳥を眺める。
可愛くて綺麗だな……羽艶が良い。
「ピッ」
「どうした? もうパンはないぞ。さっき食べちゃったからな」
眠くなってきたな……暴れすぎたのもあるけど、最近ぐっすりと寝れてないかもしれないな。
うとうとしているとまた一羽、また一羽と周囲には大量の鳥が集まっていた。
「なんだお前ら、俺の近くに寄ってきても良いことはないぞ?」
もうちょっと気を抜いたらパタリと寝てしまいそうだ。
寄ってくるやつを一羽ずつ撫でてやりながら軽く鼻歌を歌うと鳥たちも声を出し始めた。
「お前たちも歌うってか? 可愛いなぁ」
眠くてボーッとしてたのもあるんだと思うけど、俺は公園のど真ん中で鳥と一緒に歌っていた。
吟遊詩人の血が騒いだのかもしれない。
大きな声で歌っていたわけでもないしそれほど気合いを入れて歌ったわけでもないのに気付けば周囲には観客が集まっていた。




