八十八日目 どう見たって気持ち悪い
「私は悪魔ですがその前に執事であることを誇りに思っています」
「え、悪魔である前に執事なの?」
寧ろ執事が本職みたいに言っちゃってるけど君一応戦闘要員だからね?
「主に生涯お仕えすることが私の生き甲斐でございます」
「ああ、うん、ありがとう……?」
別にそこまで気合い入れんでも。
別に他人に乗り換えてもいいんだよ?
いや、使い魔として他人に乗り換えるってのは不味いか。
「主は帰り方さえわかってしまえばもとの世界に戻ってしまわれるのでしょう?」
「一応そのつもりだけど……」
まだ帰り方どころか俺の世界の手掛かりすら掴めてないんだけどね。
「ですから、なるべく長い時間お側につかせていただきたい」
「そういうもんなのか」
正直よくわからん。他人の下につくのが嫌いだからな、俺。
「そういうものなのです。どんな窮地でも使い魔である私がお側にいられないのがとても辛いのです……」
真面目すぎるからな、こいつは。背負いすぎだよ色々と。
【貴方も同じようなものだと思うのだけど?】
そうなのか? わからんな……
「お前の好きにすればいいさ。一緒にいたければいればいいし他の人につきたいってんならそうしてくれて構わん。ただ、個人的な意見として俺は一緒にいて欲しいとは思うけどな」
どうするか自分で決めることができるというのは人生の醍醐味だと思う。
勿論ある程度の制限はあるが、やろうと思えばそれを振り切ってやりたいことをやれる。そのチャンスは誰にでも平等にあるはずなんだ。
部下だからって行動を制限するようなことはしたくない。それがどれだけ辛いのか、俺には何となくわかるから。
「私でいいんですか?」
「勿論。っていうかお前じゃないと困る」
「主より弱いですよ?」
「俺の次に強いだろ? 十分じゃん」
「たまに主に性欲を感じることがありますがそれでもいいですか?」
「それは問題な………へ? なんつった?」
なんかとんでもない言葉をさらっと言われたような気が。
というよりそもそも悪魔に性欲あるのか⁉
【あるわよ?】
なんでお前が知ってるんだよ。
【なんででしょうね?】
………ぅわー。なんか馬鹿にされてるみたいでむかつく。
「主は私の事、嫌いなのですか?」
「いや、普通に好きだけどそういう話ではなくだな」
「皆さんへの好きと私への好きはなにが違うのでしょうか」
………なんかこう言われると返しが思い付かないのは何故だろう。
「……出過ぎたことを言って申し訳ありませんでした。もう言いませんので」
「いや、そういう訳じゃなくて。俺もよくわかってないっていうか、何て言うか」
そういえば高校の友達に『もしも異性の友達に彼女がいて嫌だと思うことがあったらそれは恋なんだよ』って言われたことがある。
ライトに彼女……っていうとなんか変な感じだな。俺じゃない別の召喚士に仕えてるってことにしよう。
「………なんか腹立つな」
「な、なにがでしょうか」
「いや、なんにも関係ない独り言だ」
ライトがそれでいいなら俺はそれでいいけど、なんか腹立つ。一発くらい殴らせてほしい。
それで溜飲が下がるかは別として。
【暴君ね……】
黙らっしゃい。
「ライト」
「なんでございましょうか」
「俺、お前の事好きかもしれないな」
「……え?」
店があったので中に入っていき、足りなくなってきたという胡椒と塩、七味唐辛子等をつかんで籠に入れていく。
メモにあったのはこれくらいかな。
「そ、それはどういう」
「口車に乗ってやるってことだよ。ニュアンスで判れ。俺の従者なんだろ?」
小さく笑いながらそう言うと、何故か後ろを向いて震えていた。
店員さんが怪訝な目をしてライトを見ている。すんませんね騒がしくて。
そそくさと金を払い、まだこっちに顔を向けないライトを引き摺るようにして外に出る。
「さてと……次はご飯の材料だな、って多いな⁉」
キロ単位で食材がメモしてある。俺の家はどこの定食屋だ。
まぁでもあれだけの人数いるんだからそれだけ食べ物も必要だわな。
空間魔法術師が毎回買い出しに行っているのも頷ける。
「おい、ライト? 何やってんだ行くぞ?」
「し、暫しお待ちを……!」
何やってんだあらぬ方向を向いて。しかもなんか人が集まってきたぞ、おい。
「修羅場か?」
「なにが起こったんだ?」
「喧嘩らしいぜ」
ちゃうわ!
寧ろ逆や‼
どうしろっちゅうねん。
「君達、喧嘩はよしなさいな」
「いや、喧嘩してる訳じゃないんですけど」
「あっちの男前は泣いてるよ?」
「俺が全ての元凶みたいな言い方やめてもらえます⁉」
っていうかなんでライトは泣いてるんだよ!
「これこれ、可愛いおなごがそのような言葉遣いは感心せんなぁ」
「そういわれましても……」
すげぇ! エルヴィン以外で一発で俺の事女だって当てたのはこのお婆さんだけだな。
ソウルは例外とする。あいつはもう次元が違う。
「ほれ、仲直りせい」
「仲直りもなにも今別に喧嘩してるわけでは……」
トン、と背中を押されたときに視界の端にあるログに一行言葉が追加された。咄嗟に縮地法という剣技の足技の一つで距離をとる。
「おやおや、突然どうしたのかね?」
「……呪い士、いや、その上位の呪術師だな?」
睨み付けるとお婆さんは小さく笑う。
いいや、お婆さんじゃない。その顔が大きく歪み、異形の人間が姿を現す。しかもそれを見ても周囲は動じない。何らかの認識阻害が働いているようだ。いや、動きがない所をみると時間すら止まっているか。
「くくく……流石は継承者だ」
くそ、呪術師に遅れをとると危険なのはわかっていたのに……完全に術中に嵌められた!
「継承者ってなんだ」
「それも知らされていないのか。あの人間め、大口を叩いていた割りには役に立っておらんではないか」
肌が灰色で鱗に覆われ、目が6つある。指の間には皮膜があり頭には二本の角が真っ直ぐ伸びている。
「竜人……? いや、それにしちゃ小柄すぎるしなにより……」
「我に恐れをなしたか?」
「気持ち悪っ!」
「なんだと、この美しいフォルムを見てなにも思わんのか貴様!」
気持ち悪いよとっても。爬虫類なら俺も好きだし別にそうは思わないんだろうけどこいつの場合まるでキメラだ。
爬虫類っぽいところもあればなんか虫っぽいところもある。
まぁでもあえて言わせてもらおう。これは、キモい。
「いや、グレートクローラーよかましやけど気持ち悪いんは同程度やわ」
グレートクローラーよりかはまだいいというのはでかさの問題で。これ以上でかくなれば気持ち悪過ぎる。つい方言が出るくらいには気持ち悪い。
「ライト、ライト‼ っち、やっぱり駄目か」
「無論。話しかけて通づるほど甘い結界を張った覚えはない」
リリスを収納から取り出して構え、月光を腰に挿しておく。
それと、瓶を一本取り出してポケットに突っ込んだ。
「それはなんだ」
「さぁ、なんだろうな」
「まぁよい。念のために訊くが、大人しくついてくる気は?」
「ない」
即答する。まぁ、その返しはちゃんと予想していたようだ。
「くくく……そう言うと思ったぞ。精々我の暇潰しになってくれればいいが」
「それはこっちの台詞だ。最近戦ってなくて鈍ってるからよ。加減とか苦手なんだわ。死んだらすまんな」
節制を解除し、ゴーグルをかける。隠れていた羽が出て、背中が重くなったのを感じながら小指でいつでもルーンをかけるように魔力を練りはじめた。




