八十六日目 存在しない家名
「えっと……自分そんなに凄い人じゃないので気にしなくていいですよ? 事実平民ですし」
「………」
あー。きまずい……
「「…………」」
この沈黙何とかしてくれ。誰か。
【え、嫌よ】
別にお前に言ってない。
謁見の間に通されそうだったので、
「あの、自分直接自室に来いっていつも言われてるんですよ……」
「………」
「あのー」
「………」
ダメだこりゃ。目が死んでる。
まぁいいや、一旦謁見の間に行けば……
コンコン、と巨大な扉を叩くと中から声が。
「白黒です」
「白黒殿。何故ここに?」
「いえ、その……色々とありましてですね」
「? 国王様なら自室に行かれたぞ」
「ですよね……」
この人おいていっていいよね? 置いてくよ?
「お、おい、まて……いや、お待ちください」
「いや、別に突然敬語にしなくてもいいですよ……自分そんなどうでもいいことで腹を立てるような性格じゃないですし」
「あんたは何者だ」
え、今その質問⁉
色々遅いよ新人君⁉
「自分は情報屋、白黒のブラックです」
「白黒のブラック……」
「ご存じありませんでしたか」
「初耳だ」
「そうですか……俺もまだまだだなぁ……」
いや、名前が広まってるよりはいいのか?
少なくとも面倒事は減る気がする。
もう今さら色々と遅いけど。
「で、国王様の自室に案内してもらっても?」
「なっ、国王様の自室だと⁉」
さっきから何度もその話してますよ新人君。
「我々近衛騎士団でも隊長以外は入ることは許されていないのだぞ⁉」
「そんなこと言われましても……」
知らんがな。
「そこにいたか、白黒の!」
「あ、じっ―――国王様!」
あっぶねぇ……この頭堅い新人君の前でじっちゃんなんて呼べないよ……。
「そんなところで何をやっているのじゃ?」
「いえ、その、まぁ、色々と……」
「? 早う中に入りなさい。お主も案内ご苦労じゃったな。職務に戻りなさい」
「はっ!」
なんか腑に落ちないって顔だったな……。
「直接会うのは久しぶりじゃのう」
「確か戦争以来だよな」
「うむ。あの時は武者震いがとまらんかったんで大変じゃったわい」
「武者震い………くくく……生まれたての小鹿みたいな動きだったよね」
「あ、あれが儂の武者震いじゃっ」
はいはい。あー、思い出したら笑えてくる。
「じっちゃんの国の方での変化は?」
「ブラックが一番知っているであろうに、意地悪な質問じゃな」
「答え合わせだよ」
「特に変わったところはないかのう。少しばかり他国とも付き合うようになっただけじゃな」
んー、やっぱり特にはないか。
「魔族との貿易はどう?」
「うまい具合にやらせてもらっておるよ。魔族領にしかないものも中々面白いしのう」
「そっか」
それで、本題だ。
「今回は何を知りたい?」
「そうじゃのう。市場変化は絶対として……以前ブラックが用意してきた水位と魔物の比率の資料。あれは中々興味深かった。あれも頼もう。それといつも通りじゃな」
一応言われたことをメモしておく。これくらいなら忘れないとは思うけど、念のためにね。
「おっと、それともうひとつ」
「なに?」
「レクス殿下との婚姻の件でじゃな……」
「こっちにまでその話は筒抜けかよ………」
本当にゴシップ大好きだよな王族って……
「儂の息子と結婚せぬか?」
「何言ってんだよ」
「何、どうせなら大国の王族を全員侍らせればよい」
「普通は男女逆だと思うんだがその辺の突っ込みはおいておくとして、俺は嫌だぞ。断る」
何が全員侍らせればよい、だ。おかしいでしょ色々と。
「お前らの感覚が俺にはわからん」
「フハハハ、その年でわかっていたら恐ろしいの一言じゃな」
そう言って頭を撫でられた。
「子供扱いするなよ」
「なに、まだまだ儂から見れば十分小童じゃ」
なんか急にこっ恥ずかしく思えてならん。
「小童は小童らしく笑顔で遊んでおるのが一番じゃ」
この豪快さがあるからこの人は王になっているんだと思う。
「ところで今回はどれ程の滞在を?」
「まだ決めてないけど俺も魔王の契約とかもあるから一ヶ月くらいかな」
「……すまぬな。儂らの事の筈なのじゃが全てブラックに背負わせてしまった」
「俺が決めて俺がやったことだからじっちゃんが謝ることはない。それにじっちゃん達は俺に命を任せてくれたんだし……」
そういうとまた頭を豪快に撫でられた。
「真面目すぎるのもたまに傷じゃな」
「わ、ちょ、撫ですぎっ」
「フハハハ!」
じっちゃんは俺のことを子供か孫みたいに思ってるんだろうな。扱いがそんな感じだし。
「それはそうと今日は一人で来たのか?」
「いや、ピネが一緒に……」
鞄のなかを見ると、すやすやと気持ち良さそうに寝ていた。
「寝てるし」
「精霊にこの話はつまらなかったかのう」
いやただ単にサボってるだけだと思うよ。
「ブラック。以前言っていた資料が見つかった」
「っ」
じっちゃんは戸棚の鍵のついているやつを開けて中から10センチはありそうな厚みの本を取り出した。
「これでよかったか?」
「ああ、バッチリだ。ありがとうじっちゃん」
「なに、お安いご用じゃよ。それは持ち出し厳禁なのでここで読んでもらえるかのう?」
「うん。大丈夫。探すのは数人だから」
黒いハードカバーの表紙には金色の文字で『星の名狩り犠牲者名簿』とかかれている。
見た目よりもずっと重く感じたその本を開くとありとあらゆる人の名前がそこに記されていた。
星の名を持つ人だけでなく、たとえ婿養子とかみたいに苗字が変わってもその家族全員が殺されていたりするから犠牲者は想像よりもずっと多い。
指でなぞりながら目当ての名前を探す。
「キース・エトワール、ライナー・エトワール、アマンダ・ワーカー、オルロ・フィデル……やっぱり無いな……」
エステレラ家はやっぱり無かった。
じゃあ俺達のファミリーネームって一体………?
じっちゃんに礼を言ってから城の外に出る。じっちゃんがお土産にくれた焼き菓子は後で皆で食べるとして。
今一番気にするべき事はエステレラとグリフ、エルメニア。
あの人はまた来ると言っていた。しかもどうやらお仲間を連れてらしい。
「俺は一体誰なんだ……?」
日本に住む女子高生でもなく、ゲームのプレイヤーアバターのセドリックでもなく。
もう今は人間ですらない。一体どれだけ運命様は俺を試そうとしているのだろうか。
俺はそれほど強くない。いつか擦りきれて千切れてしまうのは目に見えている。
だったらなんで俺を助けてはくれないのだろうか。




