七十六日目 グリフ?
飛んできた見えない攻撃をまたリリスで受け止める。が、受けきれなかったのか軽く頬の下の辺りが切り裂かれた。
自己回復で直ぐに治りはするが……乾きが心配だ。
けど、そんなこと言ってる暇もない。節制のスキルを解除し、代わりに暴食を発動させる。全部のステータスが三倍に上がったかわりに消耗が激しくなってしまう。
だから、さっさと終わらせるが吉だ。
リリスを顔の前と左の太もも辺りに持ってくるとまたギン、という音がする。
「こっちもただやられっぱなしは嫌ですので」
なるべく動きのパターンを読まれないように右左と重心を何度も変えながら走る。
嫌な予感。リリスで受け止める。魔法を打つ、避けられる。
「らちが明かないな……」
「お互い様に、ですよね?」
飛んできたさっきの不可視の攻撃を壁の出っ張りに指を突っ込んで蜘蛛みたいに動いて躱す。
俺が動いた壁に深々と線がついた。
「ひゃー、それ人に向ける攻撃じゃないですよね?」
「怖がっているようには聞こえないが?」
「怖いに決まってるじゃないですか!」
氷の弾丸を撃ったがさっきのよくわからん攻撃で全部弾かれる。
でかい魔法を使えないというのもあるけど、魔法じゃ対抗できないな……っと⁉
「これを使えばどんな相手も大抵は倒せたのだけれどね」
「ええ、自分だからなんとかなっているだけだと思いますよ?」
当たるまで全くわからないし予備動作も音もない。それに攻撃力も相当高い。俺が節制解いた状態で月光振ったらあれくらいの威力なんだと思う。
暴食のお陰で三倍にステータスが上がってるからなんとかなっているだけで、これ不意打ちに使われたら死ぬわ。
一か八か接近戦に持ち込んでみるか……? 懐にはいる前に不可視の攻撃でザクッとやられそうだけど。
森羅万象かけてるのに全然わからない。
大量に打ち込まれる攻撃は当たっても一切の音もない。俺のリリスみたいに弾くことのできる強度があれば別だが、周りの壁は音もなくまるで粘土か布のように易々と切り裂かれている。
「ふっ!」
リリスで防いだ直後魔法で相手の視界を一瞬奪い、懐から押し上げるようにリリスで殴る。
「グバッ……」
変な声を出しながら吹っ飛ぶ……と思ったんだが。
「気絶、しない……?」
その場でゲホゲホと咳き込みながらも気絶する様子はない。
顎も軽く殴って脳を揺らしたはずなのに……
俺並みのしぶとさに一瞬立ち竦んでしまった。
我に返って直ぐに左足で軽く蹴っ飛ばす。………股間を。
「ギャアアアア⁉ なにしやがる⁉」
「いや、だって一番狙いやすいし……」
「潰れるわ!」
「潰れて何が困るんだ?」
そもそもそれほどまでに痛がる理由がよくわからない。
俺には陰け……ゴホン、あれがついてないから察することもできん。
「んで、今の状況わかってる?」
股間を押さえて倒れ込んでいる間に結界で閉じ込めた。自分の身を守る魔法だけど、拘束にだって使える。
「……してやられたな」
「ま、そういうこと。衛兵につき出すけどいいよね?」
お前に拒否権はないけどな。ハッハッハ!
「先に言っておくけどさっきの攻撃じゃこれを破れないから。それだけの強度はちゃんとある」
「……流石は人族の英雄だな」
「英雄? やだよそんなの。俺は情報を売る商人。ただの一般人だ。英雄だなんだって言われるのは性に合わん」
「だろうな」
さっきのこいつの叫び声が響いてたからだろうか、衛兵の一団が来た。
「おい、お前ら一体ここでなに……⁉ 白黒のブラック殿⁉」
「ええまぁ。あ、その人の攻撃見えない上に相当強いんで注意してくださいね」
「ど、どれぐらいでしょう?」
「そうですね……威力はハイグラスウルフの風魔法以上で速さは多分魔砲くらいかと。ただし、見えないし音もしません。当たるまでわかりません」
そもそもこれ魔法なのかな。
飛んできてるってことは魔力を使ってるんだろうけどね。
「ではどうやって倒されたので?」
「勘で」
「え?」
「いや、自分も適当なんですよね。今ちょっとヤバイかもって思ったときに防御してって感じで戦ってたので」
捕まえれたのはラッキーだったし。
「それでよく……」
「男性共通の弱点をつついただけです」
「弱点?」
「股間を、こう、げしっと」
「「「ヒィッ⁉」」」
周り全員がひいた。
「え……そんなに痛いものなんですか?」
「痛いなんてものじゃないですよ」
「そうなのか……じゃあ俺今までどれだけの男の股間を蹴ってきたのか……覚えてないな」
しかも数人加減間違って大変なことになった。
「っていうか、さっきのあれって魔法なんですか」
「言うわけがないだろう」
「それもそうですよね」
自分の手を明かす冒険者などいない。
「ね、ランクB冒険者のジークさん? あ、いえ、これは偽名でしたっけ?」
「なっ……⁉」
「いやー、少々思い出すのに時間がかかってしまって。戦闘中にあ、この人そうじゃね? って思いだしたレベルですのであまり詳しいことは知りません」
そうだ。この人を調べてほしいという依頼を数ヵ月前に受けたんだ。
冒険者ギルドから、ね。
俺の調べたところによると突然失踪したという話だった。行方を追って一度は見つけてギルドに報告。そのあとは知らん。接触したらしいけどどうなったのかは聞いていない。
特に興味もないからな。
「知っているならば」
「え?」
「知っているならば何故出てこない、グリフ!」
………誰? 俺の後ろに人とかがいるのかと思ったけどそうでもないらしい。
「グリフって誰です?」
「お前に決まってるだろう!」
「いや、俺は……」
「グリフに言っている。白黒ではない」
………??? どういうこと?
「意味がわからん……」
「グリフ。こちらに来い。皆お前の帰りを待っている」
「????」
完全に俺の目を見て言っている。けど話しかけているのは俺じゃないってどういうこと?
この人目がおかしいんじゃ……ハッ!
そうか……そういうことなのか⁉
「俺に背後霊でもくっついてんのか⁉」
ならば納得がいく。俺の方を見ているのに俺にははなしかけてないってんなら、
【そんなわけないでしょ】
ですヨネー。
わかってますよ。こっちの世界じゃそういうのはマナのせいで霊感なくても見えるってことくらい。
正確には死霊と呼ばれるアンデッドになるんだけどな。
「答えを聞かせろ、グリフ!」
「………?」
「チッ、時間切れだ。次に会ったときにちゃんと隠れずに出てこいよ。皆も連れてくる」
えっそれ困るんですけど……⁉
「なんだあのルーン⁉」
「離れて‼」
男の足元に見たことのないルーンが描かれ、俺の結界内で爆発した。
光が辺りを包み込む中、最後に声が聞こえた。
「エルメニア、グリフ! 絶対に、絶対に連れて帰るからな!」
だから、グリフって誰だよ……それとなんか一人増えてんぞ。




