七十四日目 本当にそれでいいのか
「「く、クラーケン⁉」」
「……なんでイベルまで驚いてるんだ?」
「い、いや、べつに……」
まぁ、それは置いといて。
「特S級の魔物ではないか……」
「そ。だから隠してるって訳」
「なんでかくすの?」
んー、何て説明すりゃいいかな。
「要するに、自領の中で魔物が大量発生したりすると他国に下に見られるからな。特S級にもなると余計に。だからこっそり倒そうとするんだよ。貴族のよく判らん見栄だな」
「お主も貴族になるのだぞ?」
「ならねぇよ」
自領で魔物が発生するってことは瘴気の緩和を怠っていたということに他ならないし。
「とくえすきゅう?」
「あー、それも言ってなかったな。魔物にはランク付けされていて弱い魔物……そうだな、スライムとかか。ああいうほとんど戦闘能力の無い魔物をFとして初心者用の魔物のゴブリンがE、初心者に厳しいラインの魔物のウォーターウルフ辺りはDと設定されている」
因みに冒険者ランクは同じランクの魔物ならなんとか倒せないことはない、くらいので設定してある。
「んで、ランクは下からF、E、D、C、B、A、Sとなっていてその枠に当てはまらない災害級の魔物を特S級というんだ。有名な魔物はさっき言ったクラーケンやエンシェントドラゴン等の一匹で国ひとつひっくり返りそうな戦力の魔物だ」
「それを言ったらお主も例外ではあるまい?」
「……確かに国ひとつくらい落とすのは簡単だけど」
政治を引っ掻き回すのも出来るし、町一個くらいなら一瞬で塵に還せる。
「あれ? そう考えると……俺って結構ヤバイ?」
「結構どころではないぞ。少なくとも人族領では最強だろうな」
「あ、そうなんだ」
「お主程の戦力が数人いれば魔族領に攻めこんでいる」
まじすか。
「どらごん!」
「なんだ、ドラゴンに興味あるのか」
「えほんにあった」
「ああ、そういやそんな感じの本あったよな……でも亜竜でよければいつでも会えるぞ?」
「え?」
「レイジュって亜竜だぞ? モコモコしてるけど」
全然ドラゴンに見えないのは同感だ。
「いや、昔はドラゴン使役してたんだけど、あいつ他のやつを戦闘で呼び出すと嫉妬が酷くてな……」
あいつは面倒だった……
「あ、でも飛行スピードは速かったぞ」
「お主、一体どれだけの怪物を手懐けている?」
「手懐けるって言い方悪いな。でも召喚獣として契約していたのは4匹だけだぞ? まぁ、俺の器が小さいんだが」
あいつら元気にしてるかな……
「それで、クラーケンの件だが」
「ああ、そうだったそうだった。今は領軍がこっそりと海に出てことごとくやられてるって感じかな。幸い塩がとれるくらいの水が採取できる場所はそれなりにあるんだけど、領軍に金かけてるから他国からそれとなーくもらってるって感じだ」
ちゃんと海のなかに入ってまで確認してきました。ま、潜ったのはアニマルゴーレムの小魚ちゃんだけど。
「ふむ……ではひとつ聞くが」
「?」
「クラーケンを倒せるか?」
「何言ってんの?」
そんなの勿論、
「10分あれば余裕」
魔法をぶつければいいし、無理でも暴食で一気に飲み込めばいい。飲み込んだ瞬間に消化してしまえばダメージを受けることもない。
「やはり恐ろしいな、お主は」
「これでもそれなりに鍛えてるからな」
節制を解除してない状態では難しいが、普段の俺なら勝てるだろう。余程の事がなければ。
「では何故クラーケンが?」
「単に餌場を探しに来ただけだよ。だから数年放っておけば勝手にどっか行くよ、多分。その時には国周辺の魚は全部いなくなってるだろうけど」
手出しするもしないも自由。あっちは小国だからゼインには頭が上がらない筈だし。
「―――っと、こんなもんかな」
「休業中と言いながらかなりの情報を隠し持っていたな」
「ははは。部下が働き者なんだよ」
放っておけば情報が入ってくるんだから、本当に白黒ネットワークは有能だ。
ゼインはゆっくりと腰をあげて、よろける。
「おい、大丈夫か?」
「ああ、問題ない。それと、これにサインを」
「何の話……? しねーよ‼」
レクスの名前が入った婚姻届、まだあったのか!
「なに、心配せずとも屋敷の者を総動員して書いてきた。いくら破られても問題ないぞ」
「どこが問題ないんだよ!」
その時、部屋の隅のランプが灯る。
「あ、多分ソウルたちが帰ってきた」
「ならば早速証人になってもらわねば!」
「何が早速だこの野郎!」
扉に向かって走るゼインの手を引っ張って、あ。
身体能力の差を計算していなかった………
俺とゼイン、二人揃ってもみくちゃになって扉から吹っ飛ぶ。
「「痛い⁉」」
引っ張った状態のまま転んだのでゼインが俺に馬乗りをするような形で覆い被さっていた。
何て言うんだっけ……ああ、そう。床ドンだ。
「何やってるんだ……?」
「見損ないましたよブラン……」
しかもエルヴィンとソウルに見られた。
「いや、違! 誤解! マジで誤解だから!」
「おお、エルヴィン殿、ソウル殿! レクスとの結婚の証人になってはくれぬか⁉」
「ややこしくなるからお前は黙ってろよ‼」
やいのやいのやってるうちにソウル達が呆れた表情で、
「じゃあ寝てないで起きたらどうです?」
「「はい……」」
床に正座する俺とゼイン。
「いや、こうなったのは事故で……」
「はい、状況は何となくわかります」
「そうですか……」
ゼインも俺もソウルには敵わない。
「ギルマス。目を見てください?」
「さーせんっしたー!」
「それ本当に気持ちこもってます?」
「込めてる! めっちゃ込めてるから!」
ギルマスと呼んでるってことはそれなりに怒ってるな……
「はぁ……はい、どうぞ」
「む、これは……」
「僕らの証文です。ギルマス……ブランさんに破られないように持っていってください」
………?
ぇえええええええ⁉
「い、いいのか⁉」
「はい。僕らは大歓迎です」
「俺は歓迎してない‼」
「私達のなかに一人加わるだけならば問題ないだろう」
「いや、問題あるでしょ! っていうか皆俺の話聞かなさすぎじゃない⁉」
一応家主よ、俺⁉
「何、ブランは嫌なのか?」
「い、嫌っていうか……まず恋愛対象として見てないというか……年離れすぎててなんか違う気がするというか」
「私もブランとはかなり年が離れているが?」
「う……」
確かに、そうだけど。
「なに、年の差など微々たる問題だ。それに、好意を寄せられて悪い気はせんだろう?」
「悪い気はしないというか……お前ら二人ともそうだったよな?」
ソウルもエルヴィンも俺が意識していないうちに告白してきた。
っていうかなんなんだ? 予想外のモテ期というやつか、これは。
死んでからモテてもあんまり嬉しくないかな……
「……レクスはまだ子供だ。俺のことで盲目的になっていたら本来結ばれるはずの人とも結ばれないだろう。それにレクスは継承権が一位だし」
「なに、この国の王をやりながら夫になることくらい出来るだろう。それに………」
「それに?」
「私達もまだまだ子作りをするつもりだしな」
さいですか……最近病弱なのが改善されてきてるから別にいいけど。
「あの体の弱さで大丈夫なんですか?」
「最近は改善されてきてるから。定期的に様子見て……まぁ、それっぽいマッサージでもしとけば多分問題ない」
それっぽいマッサージってのはお察しだ。
「ならば……良いか? ブラックよ」
「はぁ……全く……後悔しても知らないからな」
「フハハハ、なに、この件を思い出して笑いはすれど後悔することは恐らく無いだろうさ」
俺達全員の名前が入った紙を持って裏口から出ていくゼインを見送る。最後にゼインはいい笑顔で振り返って、
「あ、私のことをお義父さんと呼んでも良いのだぞ‼」
「いや、呼ばんし」




