七十二日目 おじさんでいいのか
地下室で仕事をしていたら、呼び出しのランプが点いた。
上に来てくれという合図だ。
ランプの色は緑だからお客さんか。
呼び出しランプは色で状況がわかるようになっていて、緊急事態は赤、来客は緑、ただ普通の呼び出しは青となっている。
応接室に入ると、見知った顔が優雅に紅茶を飲んでいた。
「ゼイン⁉」
「おお、ブラック。中々いい茶葉を使っているな」
「それキリカが育てたやつで……じゃなくて。なんでこんなところに」
「なに、仕事の話と世間話をしに来たまでよ」
「一国の王がこんなんでいいのかよ」
「城の警備よりもこちらの方が頑丈だ。寧ろ安全だろう」
いやまぁそうかもしれんけど。
俺も向かいの椅子に座ってクッキーを摘まむ。
「お前なぁ、こういうのに毒入ってるかもしれないとかそういうのはないのか」
「お主の家でそれはないだろう」
「いや、もしかしたら侵入者がお前を殺すために」
「それこそこの家の警備に引っ掛かるだろう」
「そうだけどさ」
なにしろ俺のお手製ゴーレム達がうようよ潜んでるからな。それだけじゃなく普通にメイド達が武器もって巡回してるし。
いや、普通なのか?
普通になりすぎてて全然気づかなかったけど、この状況ってわりと異常だったりするのか?
「なぁ、メイドが槍もって門に立ってるのって普通だよな?」
「それが普通だと思うならお主の感覚がおかしいと思うぞ」
「ウグ………」
だって皆、「私共にお任せを‼」とか「侵入者は排除です」とか新人メイド講習会で「マスターこそ至高! 私共はマスターに群がるゴミを排除するのが役目なのです!」とか……いや、最後のはなんか違うけど。
「まぁ、それはいいとして。………ゴホン、前回の戦い、見事であった。人間国の王代表として礼を言わせてもらう」
お、スイッチが入った。ま、一年以上前の話だけどな。
「貴殿の戦果は数えきれぬが、大きくあげるならばやはり条約締結の文書を認めさせてきたことであろう」
まぁ、今回はそれが一番大変だったからな。拘束魔法も疲れたけど精神的なダメージが大きかったからな、魔王に会うのは。
「そこで、我等各国の王族から爵位と勲章を授ける」
「………いや、要らんし」
「最後まで聞け」
爵位と勲章とか俺にはあんまり役に立たないんだけど。特に勲章ってなに。なにそれ美味しいの?
甘いものしか興味がない俺からしたら正直どうでもいいっていうか。寧ろ邪魔?
「更に、貴殿に人族領総司令官に命じる」
「い、要らねー‼」
「要らないとはなんだ要らないとは。英雄になるためには必要だろう」
「別に英雄とかどうでもいい。寧ろ願い下げだ」
総司令官とかマジでやだ! 無理に決まってんじゃん⁉
「そう言われても返品も交換も受け付けてはいないからな」
「どうでもいい! っていうか俺を人間の戦争に巻き込むなよ!」
一応俺人間じゃないからね⁉
「人族領に住んでいるだろう。それに元は人間だったのだろう? なら問題あるまい」
「戦争に! 戦争に巻き込むなって言ってんの!」
それに、
「俺へのメリットないじゃん。寧ろデメリットだ」
「爵位は」
「自由に動けないのはゴメンだ」
「勲章は」
「それ、なにがいいのかわからん」
「総司令官は」
「戦争が嫌なの! わかる⁉ 俺まだ死にたくないからね⁉」
反論すると、目の前にひとつ、水筒がおかれた。
「請け負ってくれるなら、これを定期的に届けようと約束する」
蓋を開けて確認してみると、
「……これ、右大臣さんのも入ってる?」
「匂いでわかるとは……」
速攻でわかるよ。あの人の最高に旨いし。自然と喉が動く。
「フフフ……やはりあの白黒のブラックでさえ食欲には勝てんようだな」
「俺の場合市場じゃ手に入らないからな。でも断る。こんなものでつられる俺じゃないぞ」
水筒を突き返す。
「目が釘付けの癖によく言う」
「本能なんだよ。お前にはわからないと思うけどな」
それと、ひとつ重要なことがある。俺が扉に目をやるとゼインも反応した。
「なに、気づいてたのか」
「これでも王なのでね。気配を感じるのは得意なのだよ」
なるべく音を立てずに扉に近付いて一気に開く。
「うわっ⁉」
「盗み聞きとは度胸あることするなお前」
「え、えへへ……」
イベルがぴったりと扉に耳をくっつける形で中の話を聞いていた。
「いつからわかってたの?」
「んー、お前があっちの廊下から歩いてきたとき」
最初からわかってたし。
「なにはなしてるのかきになっちゃって」
「仕事だ。早く部屋に戻って―――」
「いいではないか、ブラック。その子供はあの時の赤子だろう? 私も話をしてみたくてな」
「はぁ……毎度毎度危機感無さすぎるだろう、お前」
イベルをつかんで俺の横に座らせる。
イベルはゼインの様子を確認してから小さく会釈をした。
「私はゼイン・アルト・ウィルドーズ。気軽にゼインおじさんと呼んでくれ」
「お前、呼び名はそれでいいのか」
「私などもう十分おじさんだ」
おじさんと呼ばれるのは抵抗があるもんじゃないのか。いや、ゼインはないのか。
「ゼインおじさんって……」
「この国の王陛下だ。縁あって友人関係になっている」
「うむ。作法は気にする必要はないぞ。ブラックがこんな感じなのでな」
「悪かったね不躾で」
お前がやめていいって言ったんじゃん。
「その子の処遇はどうするつもりだ? 後継者として育ててもらえればこちらとしては有り難いのだが」
「こんな仕事これから先も俺一人で十分だ。後継者なんて可哀想なことできるか」
「ブランのしごとって」
「なに、言っていないのか?」
だって俺が狙われてるから矛先が向かないようにしたかったし。残念ながら意味なかったけど。
「こんな馬鹿みたいな仕事を教える必要もないだろう」
「お主のお陰でこの国は助かったというのに、相変わらず自己評価が低いやつだ」
「そもそもこんな雲を掴むような仕事でよく生きてられるよな、俺」
「ここぞというときに値段を吹っ掛ける人の言い方ではないな」
「俺の仕事はケチればその分自分にツケが回ってくる。値段はギリギリまで譲歩しない」
守銭奴と言いたくば言えばいい!
この金で俺は信用を売り買いしているんだ。自分に不利益が被らないようにするにはと考え抜いてこれなんだぞ。
「えっと、けっきょくなんのおしごとなの?」
「ブラックは情報屋だ。世界一確実で世界一がめつい」
がめついは余計だ。
【貴方のような人をがめついと言わなくて誰をがめついというのかしら?】
………反論できねぇ。
「じょうほうや……」
「頼んだ情報は物によってはたった数秒で確実な情報が買えることで有名だな。人族領の中で白黒のブラックという名を知らんものは早々いないだろう」
「どうやってそんなにはやく?」
「手先がどの村にも配属されている。騎士団の中にも恐らく数名はいるな」
あいつらバレてんじゃん……
「さてと、イベル……だったかな?」
「はい」
「君の方からブラックに早く婚姻届に名前を書けと言ってくれないか?」
「聞こえてるし! 断ってるだろうが!」
なにが『さてと』だ。どうでもいいこと吹き込むな‼
「だがなぁ、そろそろレクスも許嫁を決める時期なのだ」
「俺には関係ない。そもそも俺には先約がいる」
「え、ブランってこいびといたの⁉」
「「え?」」
………はい?
「イベル……それはちょっと俺でもビビるレベルだぞ?」
「寧ろそれ以外に誰がいると……?」
俺達がひそひそと話をしていると本当に困惑した目でこっちを見てきた。
ガチでわかんないの?
「いや、ソウルだけど……あとついでにエルヴィン」
「お主、なんだかんだ言ってエルヴィンも好きだろう」
「煩いなぁ」
ゼインを睨んでからイベルを見ると、
「……え、そっちなの? ほんとうに?」
って呟いてる。いや、そっちってどっち?




