六十九日目 こんな適当で良いの?
「名前、ですか」
「そ」
夕飯の時間、そんな話題をふってみた。
「貴殿がつければいいのでは?」
「俺のセンス絶望的だぞ」
レイジュとか良い例だよな。霊獣だからレイジュです、みたいな。
「それもそうですね」
……俺としてはお世辞でも良いからそんなことないですよって言って欲しかったかな。まぁいいけどさ………
「皆で考えてくれれば良いんだけど……どうする?」
「和風なもので良いんじゃないでしょうか」
「変な名前って弄られるのも可哀想だろ……」
俺がそうだからな……変ではないが、似合わないと何度言われたことか。
「なにかこうしたいというイメージができれば良いのだがな」
「例えば?」
「貴殿の月光もその例であろう。月という自分の名前から引っ張ってきているからな」
成る程、ある程度方向性を決めてからの方がいいか。
「拾った場所は森、時間帯は昼、切っ掛けは俺の大魔法って感じにか」
「そういえば主の魔法、どんなものだったのですか?」
「氷のルーンをベースに時や空間のルーンなんかを混ぜたオリジナル魔法で、ある程度の範囲の敵を一斉に凍らせるってもんだ。ただ普通に凍らせるんじゃ芸がないから城っぽく加工してるけど」
特に城である意味はない。理由を作るなら俺の趣味。
「名前は?」
「そのまんま、氷の城」
下手に捻って変な名前になるよりは百倍良い。
「氷で連想される言葉……冬とかですかね?」
「冬……イヴェールとか?」
「なんですかそれ」
「仏語で冬」
ただちょっと女の子みたいだから……イベル、とか。
「イベルですか」
「いいんじゃないか?」
「え、こんな適当で良いの?」
イベルになりました。
一応俺達の養子だからイベル・エステレラが本名になる。
「お坊っちゃま……いえ、イベル様の乳母はお任せください」
「それはいいけど……まさか全員で?」
「「「なにか問題でも?」」」
「いや、ないです……」
俺が育てるって? ハッ、母乳なんて出るかよ。
【小さいものね】
小さい言うなし。掴めはするし。
まぁ、うちのメイド達に比べりゃないも同然なんだけど。っていうかなんであんなに皆でかいの? 何食べてんの?
イベルを拾って一年と少し。
イベルはちょっと………いや大分変わってる。
まず泣かないしあんまりデカイ声も出さない。後誰が誰だとわかっているような行動をする。
頭が良いの範疇を超えていると思うんだが……
恐らく生後八ヶ月ほどから歩き始めた。俺があるいたのもそれくらいらしいしちょっと成長が早いかな、くらいで済むんだが。
衝撃的なところを見てしまった。
本を読んでいた。
もう、唖然だよ。いや、眺めていただけかもしれないけど。
でもおかしな事にちゃんと一枚ずつじっくりと読み込んでいた。字なんて教えていない。寝る前に少しだけ絵本の読み聞かせをする程度。
普通に考えてみてくれ。まだゼロ歳の子供に本を渡してそれをちゃんと字を目で追うと思うか? 渡されて偶然それっぽく読んでいるように見えることはあるだろう。
だが、右から左へ、上から下へ。そんな文字の読みかた俺は教えていない。
これはちょっと人間じゃない確率が上がってきたぞ。もしくは俺と同じか。俺は大人の姿でこっちに来たが産まれ直すって人もいるかもしれない。
まぁ、これはかなり確率の低いことだからほぼないと思うけど。
イベルは凄い。メイド達を動かす術を知っている。何かを指差すように手を出してから三回床を叩き、にっと笑って見せる。
これでうちの女性陣はメロメロだ。俺は理解してるから引っ掛からないけど。
今も俺の後ろをまるで尾行するように着いてきている。
俺の仕事部屋は他人に入られると不味いので地下室に作ってある。俺特製のロックも大量にかかってるからここに入れるのはメイド長であるキリカとソウル達家族だけだ。
イベルは俺が地下室へ入っていくといつも諦めて戻っていく。家のなかで監視されているようでヒヤヒヤするよ。
「ふぁぁ……」
大量の書類に書き出された世界中の情報。それらを頭に叩き込み、買いたいやつに売り込むのが俺の仕事だ。
監視ゴーレムがいたるところに配置されているから情報が盗まれることも早々ないしな。それにもっとヤバイ情報は口で伝えられるようになっている。
今日も情報を頭のなかに詰め込んで地下室を出る。そろそろ仕事も面倒だ……ん?
………⁉ び、びびったぁ……イベルが廊下の端からこっちを見ていた。怖いわ。
気づかない振りをして自分の部屋に行き情報を忘れないように一度紙に書き出す。これが日課になっていた。書いた紙は勿論その場で燃やして棄てる。
膨大な量の情報を箇条書きにして、その詳細を頭のなかで呼び起こす。テスト勉強でもこうやっていた。世界史とか。
これでも世界史のテストはほぼ半々の確率で満点とってるんだぞ‼ ドヤァ。
【はいはい】
「俺の独り言に入ってこないでくれる⁉」
声すら出してないし。
コツコツ、と扉から音がする。イベルだな。
「はい、どうぞ」
「なにやってるのか、しりたくて……ダメ?」
「あー、知らない方がいいぞ。ってことにしておこう」
【適当すぎない?】
いいんだよ適当で。
「なんでダメなの?」
「俺の仕事に関係することだからだ」
「しごとにかんけいするのはなんでダメなの?」
「知らない方がいいぞ。ってこと」
本来子供にこんな言い方をするのはおかしいんだろうけどなーんか子供っぽくないと判ってるから接し方はいつもこうだ。
よし、書き終わった。魔力を使わない魔法具で切り刻んで燃やす。
「いつもじぶんでやらないよね」
「魔法のことか? まぁ、それも秘密だ」
「ひみつばっかりじゃん」
「慎重に慎重を重ねるくらいでないと俺の仕事はやってけないんだよ」
「………しごとってへいたいさん?」
……? なんで兵隊?
「なんで?」
「え、えっと、シシリーがへいたいさんはひみつがおおいのよって」
「子供になんて話してるんだあいつ……?」
シシリーはメイドの一人だ。っていうか一体何故そんな話になるんだろうか。
「兵隊……じゃないな。ま、有事の際には出ていくことはあるけどそもそも俺そんなに戦えないし」
血という制約がある時点で派手には動けない。血さえなんとかなればいいんだけど。
「でもみんなブランはつよいって」
「さぁ……どうだろうね?」
強いというのは限定的な話で。ある方面では俺も弱い。血がなくなってしまえばただの遭難者だ。喉の乾きがどうにもならない以上、そこをカバーしてもらわないと日常生活すら危うい。
「ブランってズルい」
「俺は狡賢さで世間と渡り合ってるんだ。これに関しては負ける気がしないね」
子供にも容赦はしない。とくにイベルにはな。




