六十八日目 黒目黒髪の子供
で、あの赤ん坊だ。
とりあえずはソウル達に預けておいたんだが……うちのメイド達が気に入ってしまって。
孤児院に連れていこうかと思っていたんだけど、
「育てないんですかっ⁉」
「いや、逆になんで育てることになってるんだ」
「私共が面倒を見ますよ?」
「でも」
「お仕事の手は抜きません」
「いや、その」
「………駄目ですか?」
「だ……ダメじゃないけど……皆が大変だろ?」
「「「いえ、全然!」」」
「そ、そう……」
なんか押しきられてしまった感が凄い。まるで魔法でも使われているかのような迫力だった。
メイド達はその言葉通りせっせと働いてくれている。お陰で俺の仕事がない。
本業のほうはちょっとだけ休業ってことにさせてもらった。じゃないと町で仕事しようとしても野次馬がとてつもなくてな……
なんで俺の名前で終戦したって言ったんだろうか、あの王族グループめ。どっかの国の手柄にしてくれればいいのに。
寧ろ面倒なことになっているし。
「………暇だな」
【今まで寝てたくせに】
「好きで寝てた訳じゃねーよ」
今は赤ん坊の様子を見ながら部屋でボケッとしている。暇だからな。武器のメンテナンスも終わったし。
「仕事しなくていいなんて最高かもしれない……暇って素晴らしいと思うよ俺は」
『何言ってんのよ。自分がどんな立場かわかって言ってる?』
「わかってるわかってる」
『……こんなちんちくりんに一家を任せるこっちの身にもなってみて欲しいわ』
「ちんちくりんとか言うなよ!」
背が低くて悪かったな!
『それよりその子の名前どうするの?』
「え?」
………名前? ああ、名前か。
「いや、なんにも考えてなかった……っていうかメイド勢が考えているんだとてっきり」
『拾ってきたあんたが何言ってるのよ』
「じゃあなんて呼ばれてるんだ?」
『坊ちゃん』
「ああ、そう……」
確かにそれなら名前決まってなくても問題はないわな。
でも俺の名付けセンス絶望的だぞ?
じゃあピネ……はダメだな。アレックスさんにあーちゃんとつけるこいつの感覚はちょっとおかしい。
『なんか失礼なこと考えなかった?』
「なんにも?」
目をそらす。名前はまた今度でいいだろう。飯の時間にでも皆にふってみるか。
こんこん、と扉が叩かれる。
「はい」
「マスター。ウィルドーズ陛下からの書状で御座います」
「ああ、入ってくれ」
メイドのエリトリアが部屋に入ってきてわざわざ跪いて筒を渡してくる。
「いつも思うけどなんで皆そんな畏まった渡し方するわけ?」
「当然で御座います」
「何が当然か俺にはわからないんだが……」
その問いには答える気はないようだ。彼女らからすれば寧ろこうやって渡すのが当然なんだろうけど。
魔法で封がしてあるので一旦ピネに渡して封筒を開けてもらう。魔力を少しでも使うことは避けたい。喉乾くからな。
だから基本こういう雑用の魔法でさえ俺は他人任せだ。
『仕方ないわね』
「はいはい、ごめんなさいね。俺だって喉さえ乾かなきゃちゃんと自分でやるよ」
「ご自分でやっていらっしゃらない時点でそれは言い訳になると思いますが……」
そんなこと言うなよ。
【負け惜しみね】
黙らっしゃい。
無駄に豪華な筒の中から出てきたのは数枚の紙だった。うち二枚が戦争の事後処理等の所謂事務連絡。まぁ、俺全部丸投げしたしな!
うち一枚がゼインの個人的な手紙とちょっとした仕事の依頼。半分くらいが愚痴なのは気のせいだろうか。
そしてもう一枚がレクス。これただのお手紙じゃねーか。近況報告ですらないわ。どんな魔法を覚えたか、どんな食べ物を食べたかとかそんな話が拙い字でつらつらと書いてある。
最後の方にまた母親に歌を聞かせてやってくれというお願いが書いてあった。
「ん? 裏もある……」
求婚の申し出が定型に則ったガッチガチの文章で綴られていた。しかも一番下には何故かレクスのサインすらある。
「あいつら………」
『愛されてるじゃないの』
「残念ながら俺はお子様にはそういう目を向けれない」
呆れるしかないよな、これ……
「まだ一枚入っております」
「え、まだあるの?」
筒を振って出てきたのは婚姻届。しかも俺以外の欄は記入済み。
「…………送り返すか」
「それがいいかと」
あいつらが本気でいってきてるのは判る。だが年の差婚はちょっと。流石に十歳以上離れた子はただのショタとしか認識できない。
『でも王族ってもうそろそろ許嫁を決める時期じゃない?』
「そんなもんなのか? まぁでも生まれる前から決まってる人も居るだろうけど」
「大半の貴族の第一子は最高でも10歳までには決まっているのが普通で御座います」
「うっわ……可哀相」
それでいいって人もいるかもしれないけど俺は無理だ。
「それはそうとマスター」
「ん?」
「縁談の話が山のように来ておりますが」
「全部断るって明言してるだろう……なんで送ってくるんだよ……」
「それほどの御方だということです」
「なんも嬉しくねぇ……」
貴族のしがらみなんて見たくねぇよ。見たくもないのに体験とか絶対したくない。
そもそも思ってたよりこの世界の貴族って平民と結婚するのに躊躇ないんだな?
って思ってたら、
「いえ、マスターが特殊なだけです」
「ああ、そう……」
もう色んな意味で面倒くさいぞ。
とりあえずゼインの方は適当に返事かいて婚姻届送り返して……ああ、財務大臣と話をつけておくようにとも書いとかないと。
それから右大臣への謝罪文。前正気を失って血を吸っちゃったもんな……もう何枚か送ってるけど。
「もう一回飲ませてもらえねぇかな……」
『うわっ、きもっ』
【きもっ】
「酷い」
だってあの人めっちゃ旨いからね⁉
「あれかな、鍛えてるのかな。それと体脂肪の管理とかしてるのかな。食事制限とか」
「マスター。その言葉だけを聞いたら誤解されそうですよ」
「いや、マジで旨いんだって」
「私にそれを言われましても」
「ごめん」
この話通じる人は誰もいない。当たり前か?
「それにしてもこいつ静かだなぁ……」
「そうですね。ここまで泣かない子は珍しいかと」
「拾ってきた経緯が経緯だからな。人間じゃなかったりして」
「え、そうなんですか」
「いや、知らんけど」
多分人間だと思う。多分。
「まぁ、元気があれば人間じゃなくても俺はいいけど」
「いいんですか?」
「それ駄目っていったらこの家にいる数人の存在全否定してることになるよ?」
俺含めてな。
「そうですが、黒目黒髪は珍しいですからね」
「あー、確かに」
日本じゃ普通だけど、この世界の人達どんな色素が入ってるのかわからんがかなりカラフルだよね。俺もそうだけど。
しかもそれで違和感がないのが凄い。
なんかこう、コスプレ感がない。
「お前本当に何者だ?」
ただ瞬きをするだけで、何も答えはしてくれなかった。




